元妻・リュドミラさんと2人の娘と撮影した家族写真(AFLO)
さて、2014年に関空で彼女に直接声をかけた際のやりとりである。一行は大韓航空のソウル行きの便に乗るためにカウンターで手続きを済ますと、手荷物検査場へと向かっていた。先頭を歩く彼女に名刺を示しながらロシア語で声をかけた。最初こそにこやかに対応していたが、記者だと名乗った途端に顔が曇り、「大使館を通してください」と言う。それでも質問を重ねようとすると、腕の太さが私の腿くらいあるのではないかという筋骨隆々としたボディーガードらに取り囲まれてしまった。
その様子を見て、彼女はスタスタと検査場へ向かおうとする。その彼女に向かって追いすがるように「一つだけ聞かせてください。あなたが大統領の娘だというのは本当でしょうか?」と投げかけた途端に、「ハハハハハ」と高笑いして去ってしまった。
予想外の反応に、ボディーガードたちに名刺を没収されながらも呆気に取られてしまったのを憶えている。
この時、彼女は右手の薬指に指輪をしていた。ロシアでは結婚指輪は右手にする。当時は相手が誰か分からなかったが、のちにロシアのオリガルヒ(新興財閥のオーナー)であるニコライ・シャマロフの息子・キリル氏と結婚したとロイターなどの西側のメディアが報道した。結婚は私が関空で彼女に取材を試みた前年のことだと見られる。
ニコライ氏はソ連崩壊後にKGBを辞めたプーチン氏が中央政界に出るまでにサンクトペテルブルグ市役所に勤務していた時代の部下で、サンクトペテルブルグに本店があるロシア銀行の大株主でもある。プーチン氏の取り巻きを構成するサンクトペテルブルグ人脈の一人である。カテリーナ氏は父親の長年の子分の息子と結婚したということだ。ただ、その後、2018年に離婚したと伝えられる。
現在はモスクワ大学で研究者としての立場にあるほか、若手科学者を支援するプロジェクトの運営にも関わっているという。娘を表に出したがらない父親の考え方を受けてか、彼女は政治の世界には関わらないできた。エリツィン政権時代にエリツィンの次女・タチアナ氏が大統領顧問に就任して国政に大きな影響力を持ったのとは対照的だ。
ウクライナへの軍事侵攻を決断するにあたってプーチン氏の周辺のイエスマンらが都合の良い情報ばかりを上げていたとの報道もある。彼女にこそ父親の暴挙を思い止まらせることを期待したいが、叶わぬことだろうか。
【プロフィール】
竹中明洋(たけなか・あきひろ)/ジャーナリスト。1973年山口県生まれ。北海道大学卒業。NHK記者、衆議院議員秘書、『週刊文春』記者などを経てフリーランスに。著書に『殺しの柳川』(小学館)など。