観光船「KAZU I」。「知床遊覧船」のホームページより
地元では有名な一族が経営
「知床遊覧船」は、地元では知られる有名一族が経営しているという。
「実質のオーナーは町議会議員を4期ほど務めた地元の名士で、不動産業やホテル経営、飲食業など手広くやっていました。『知床遊覧船』の社長はオーナーの息子さん。いまは58才ぐらいかな。若い頃は本州に出て神主を目指していたと聞いていましたが、どういうわけか陶芸家になって帰ってきました。2014年に父の後を継ぎ、地元でホテル経営などを任されるようになったのです」(商工会関係者)
「知床遊覧船」の経営に乗り出したのは、いまから6年ほど前のことだった。
「観光船を持つのはオーナーの夢でした。オーナーは経営していたホテル、飲食、そして観光船を合わせた『知床レジャーランド』の構想を持っていました。社長はその夢を実現させる形で、観光船の経営に乗り出したのです。有名コンサルタントからの助言を得て、言い値で買ったと話題になっていましたよ」(前出・商工会関係者)
当初はベテランの船長らを複数人抱え、運営に問題はなかったという。だが、次第に従業員たちから不満が漏れ始めた。
「社長は利益を重視するタイプで、ベテラン船長が天候を理由に出航を取りやめようとすると、“返金したくないから”と無理にでも出航させようとして、船長と言い争いになったことも。衝突が多かったこともあり、2年ほど前にベテラン船長を相次いで解雇。代わりに来たのが豊田さんだった。給料もかなり下げて募集したようで、社長はコストカットできて喜んでいたけど、安全面はおろそかになっていましたね。
最近では、コロナ禍で知床の観光業全体が下火でした。船首部分に入った亀裂のような傷を修理しなかったのも“倹約”ぶりのせいではないかといわれています」(前出・商工会関係者)
その経営姿勢が、経験不足の“ひとり船長”という事態を生んだのだろう。豊田さんも、社長の経営方針に疑問を抱いていたのか、自身のフェイスブックで勤務先を「ブラック企業」と表現していた。
懸命の捜索は続くが……
あの日、船には「特別な思い」を持つ男性の姿があった。交際中の女性に船上プロポーズをするため、人知れず指輪をバッグに忍ばせていた。事故後、男性の家族は報道陣の前で「もうダメなのは覚悟しているけど、2人一緒に見つかってほしい、それだけです」と言葉を絞り出した。
両親と弟の3人が船に乗っていたという男性もいる。知床旅行は、男性から3人へのプレゼントだった。旅行中の両親から届いた北海道の名産品に、お礼のメッセージを送っても返事は返ってこない。