「厳格主義者」となった理由
それでは習は同著のどの部分に感銘を受けたのだろうか。習が「私が不屈の強い人間になろうという目標を持った」と語るのが、ラフメトフという登場人物だ。
20代前半の青年で、文中に脈絡なくわずかに登場する脇役だ。主人公の女性の夫の仲間で、夫が自殺した後に自身が経営していた裁縫店の管理を別の女性に頼もうとする主人公に対し、「あなたを頼りにしてきた50人の人間(従業員)の運命をなりゆきにまかせようというんですね」と、経営者としての責任を追及する場面もある。
ラフメトフは禁欲的で意志が強い性格だ。肉体労働に従事しながら体を鍛え、休み時間は小説を読みふけった。自らの精神力と体力の限界を知ろうと、数百本の釘をむき出しにしたベッドの上に、一晩横たわり、血まみれになったこともあった。
自分を厳しく律して勤勉に働いて社会に献身するラフメトフは職業革命家の理想とされ、若者たちに大きな影響を与えた。おそらくチェルヌイシェフスキーは、冗長な恋愛小説の中に紛らせたラフメトフに自らの社会主義的理想論を説かせたのだろう。
ラフメトフの言動を読み進めるうちに、習近平との類似点が浮かんできた。ラフメトフの性格について同著では、次のように記されている。
「ラフメトフは『厳格主義者』というあだ名をつけられている。このあだ名を彼は満足のしるしとして、いつもの陰気な、かすかな微笑をうかべてうけいれていた」(岩波文庫、金子幸彦訳)
習は普段は仏頂面で、あまり表情を見せずに部下たちからは恐れられている。就任以来、「法治」の重要性を掲げ、法やルールによる支配を強めている。党内の反発を押し切って史上最大規模の反腐敗キャンペーンを展開したのも、「厳格主義者」だからこそ敢行できたのだろう。
ラフメトフの生活ぶりについては以下のように紹介されている。
「民衆にけっして手のとどかないようなものは、おれは食べるべきではない。このことは彼らの生活が、おれの生活にくらべて、どれほど苦しいものかということをすこしでも知るために、おれにとって必要なことなのだ」(同前)
習は就任してから「ぜいたく禁止令」を出して、政府や党の幹部らに徹底させている。演説でも「自らを厳しく律して国民のために奉仕せよ」と繰り返し、内陸部の農村を足しげく視察している。
政策面で掲げているのは、チェルヌイシェフスキーの書籍により影響を受けたマルクス主義だ。自らが掲げた「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」を「21世紀のマルクス主義」と位置付けてもいる。