父親と兄の復讐
ところがこの4年後、この米政府関係者の分析と予測は完全に外れることになった。
プーチンは今年2月24日、「特別軍事作戦」と称して、ウクライナ侵攻を始めた。多くの民間人を殺害し、ウクライナ南東部のマリウポリでは、ロシア軍が地域全体を包囲して、補給路を断ち、餓死による犠牲も出ている。さながらレニングラード包囲戦のようだ。
ソ連側の一員として同じくナチス・ドイツと戦ったウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキーは5月8日のビデオ演説で、ロシア側を厳しく批判した。
「悪が戻ってきた。別の軍服を着て、別のスローガンのもとに。だが目的は同じだ。ナチスと同じことをしている」
前出の米政府関係者はロシアに人脈を持っており、長年分析に携わっている。にもかかわらずなぜ、プーチンの思考と行動の分析を誤ったのだろうか。今年3月に改めて見解を尋ねた。
「全面侵攻は完全に予想外でした。クリミア侵攻のやり方とは大きく異なり、同じ人物による戦争とは思えないほどです。父親や兄の復讐をするかのように、ウクライナに対してあえて残虐な行為をしているようにすら感じます」
プーチンは開戦以来、ウクライナ側を「ネオナチ」と執拗に呼称して、攻撃を続けている。さらに、独ソ戦の犠牲者を現在のロシア・ウクライナ戦争と関連づけるような言動を始めた。
77年前にナチス・ドイツが降伏した「対独戦勝記念日」である5月9日。プーチンはモスクワの「赤の広場」で、父の遺影を持って現われた。軍服を着た若いころの白黒写真で、彫りが深い鋭い眼光は、プーチンと瓜二つだ。
第2次大戦に従軍した兵士らをたたえ、その遺族や家族が写真を掲げて行進する「不滅の連隊」と呼ばれる行事だ。2012年に不戦と和解を願って、市民団体が始めた小さなイベントだった。
ところが2015年にプーチンが初参加したことで様変わりする。政府がイベントを直接管理するようになり、政治色が強まった。ロシア全土で1000万人以上が参加する国威発揚のイベントへと変わった。