独ソ戦での勝利へのこだわり
そのプーチンが始めたウクライナ侵攻は、収束のめどがたっていない。ロシア軍は攻勢を強める一方、ウクライナ軍も抵抗しており、泥沼化している。
ここで一つ疑問が湧く。プーチンの「レニングラードのトラウマ」はなぜ、戦争の抑止につながらなかったのだろうか。前出の米政府関係者に尋ねた。
「多大な犠牲を払ったからこそ独ソ戦での勝利へのこだわりが人一倍強いのでしょう。しかもプーチン本人は戦争を体験していない。父から聞いた英雄的な美談だけが記憶に残っているようです。プーチンの『トラウマ』は愛国心に昇華されたのでしょう」
プーチン自身も、トラウマや危険を恐れず、逆に第三者に対して攻撃的な対応をする性格であることを認めている。『第一人者』の中には次のような文言がある。
「恐怖とは、痛みに似ていて、感情の目安となる。危機的状況でうまく対応するには、熱狂的にならなければならない。こちらがビクビクすれば、相手は自分たちのほうが強いと思うようになる。そんな時に有効なのはただ1つ、攻めることだ。先手を打って、相手が立ち上がれないほどの打撃を与えねばならない」
欧米や日本が、ロシアに対して経済制裁を科しており、経済状況は急速に悪化している。世界銀行はロシアの今年の国内総生産(GDP)の成長率をマイナス11.2%と見込んでいる。だが、プーチンは追い込まれるほど、かえって強硬に出る可能性がある。
プーチンはどのような出口戦略を描いているのだろうか。この米政府関係者は続ける。
「独ソ戦は4年間にわたりました。プーチンは長期戦を覚悟しており、どれだけ犠牲を払っても戦争に勝利しなければならないと考えているはずです」
プーチンがウクライナへの侵攻を続けられるかどうかのカギを握るのが中国の存在だろう。経済制裁によってロシアが孤立する中、中国への依存は高まっている。仮にロシアが停戦をする場合でも仲介者としての中国の役割は欠かせないからだ。
今のところ盟友、習近平はプーチンを支える姿勢を崩していない。だが、足元の中国政府内では、習のプーチン寄りの姿勢に対して、不満の声がくすぶり始めている。
(第5回につづく)
【プロフィール】
峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年長野県生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業後、朝日新聞入社。北京・ワシントン特派員を計9年間務める。「LINE個人情報管理問題のスクープ」で2021年度新聞協会賞受賞。中国軍の空母建造計画のスクープで「ボーン・上田記念国際記者賞」(2010年度)受賞。2022年4月に退社後は青山学院大学客員教授などに就任。著書に『宿命 習近平闘争秘史』(文春文庫)、『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』(小学館)など。
※週刊ポスト2022年7月29日号