上村監督は語った

上村監督は「この子らに野球を自由にやらせて」と語った

この子らに、自由に野球をやらせてあげてくれ

 昨秋の東海大会の準決勝・至学館(愛知)戦で勝利した日、聖隷のナインはみな選抜出場を確信し、涙を流した。ところが、その後に落選。地元紙をはじめとするメディアは選考の是非についてはスルーを決め込む一方で、悲運の主人公としてナインに悲哀の籠もったコメントを求め続けた。

「もう、この子らに野球を自由にやらせてあげたって良いでしょ。勝とうが負けようが、この子らが一生懸命野球をやってくれたらそれで良し。そういう気持ちでこの夏は臨みたいですね」

 落選の悔しさは夏にぶつければいい。外野は簡単にそんな言葉を口にする。でも、当事者としてそんな単純に割り切れるものではない。

 上村監督の話を聞きながら、もしかしたらこの夏を最後に退任することを考えているのではないか――そんな気がしてならなかった。聖隷の監督に就任した段階で、野球の監督は65歳までと決めていた。もし、65になる直前に開催された今春の選抜に出場できていたのなら、一区切りできただろう。

 夏の静岡大会でキーマンになるのは、主将でエースの弓達に違いなかった。春の段階では昨秋の東海大会で負った右ヒジの骨折も癒え、投球練習を再開していた。だが、上村監督はこう嘆息した。

「夏も厳しいかも知れません。本人は『投げたい』と言っているけど、ここまで試合で投げられていない人間が、どうしてぶっつけ本番で投げられますか」

 骨折はくっついたとしても、別の部分に不調が襲っているのかもしれない。上村監督から聞いた話は内緒にしつつ、弓達にも話を聞いた。

「僕らは春、落選して、上村先生の野球が否定された。上村先生の野球で甲子園を決めて、上村先生の野球が正しいということを証明したいんです。右ヒジのケガは問題ありません、いつでもマウンドに上がる準備はできています」

 そうして開幕した静岡大会。弓達の代わりに主戦を任されたのは2年生の今久留主倭だった。直球は120キロ台前半ながら、スライダーを丁寧にコースに突いていく。毎試合、幾度となくランナーを背負いながらも猛攻をしのいでいく。

 聖隷は1回戦の静岡市立戦から苦しい試合展開が続いたものの、日替わりでヒーローが現れ、体調不良によって登録を外れる選手が出ても、代わりに入った選手が活躍。相次ぐ不測の事態にも、「個人の能力」に頼らない総力戦で、快進撃を見せていく。

 そうして、準決勝までたどり着いた。初の甲子園まであと2勝だった――。

第2回につづく

【著者プロフィール】柳川悠二(やながわ・ゆうじ)/1976年、宮崎県生まれ。2016年に『永遠のPL学園』で第23回小学館ノンフィクション大賞を受賞。新著『甲子園と令和の怪物』(小学館新書)では、ロッテ・佐々木朗希の大船渡高校時代の岩手大会決勝「登板回避」について、当時の國保陽平監督の独占証言をもとに詳細にレポートしている。

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