エグジットには、フランス語圏支部とドイツ語圏支部があり、会員は合計約17万人。同団体のレポートによると、自殺幇助で亡くなった患者の数は、2020年の1年間で1282人に上る。年会費は、40スイスフラン(約6000円)で、これを払っていれば、自殺幇助には一切費用がかからない。
では実際、誰が安楽死できるのか。複数の医師による診断で、1:本人の明確な意思、2:耐え難い苦痛、3:改善の見込みがない、4:代替治療がない、という要件を持ち合わせていなければならない。
となると、ゴダール氏は、これらすべての要件を満たしていたのか。各国の医学界や法曹界、政界やメディア界が注目しているのは、この点だ。ヌーベル・バーグの巨匠は、2004年にフランス紙「リベラシオン」が行なったインタビューに対し、1968年以降、幾度かの自殺未遂を経験したことを明かしている。しかし毎回、恐怖に襲われ、断念してきた経緯があった。
安楽死は、自殺防止の「抑止力」になっているという考え方もある。だが、そのためには、既述の要件を満たしていなければならない。ゴダール氏のように、「病ではなく、疲労困憊だった」という理由だけで、安楽死を実現できるのは、本来、逸脱した行為であるはずなのだ。
ところが、安楽死法制化から20年あまりが経つオランダやベルギーでは、いわゆる「法の拡大解釈」に歯止めがかからなくなっている。癌、躁鬱、神経難病など、必ずしも余命が差し迫っていない患者に対する安楽死が増加傾向にある。中には、夫婦の一方が余命わずかな末期がんで、もう一方が健康であっても、一緒に死を遂げる「夫婦同時安楽死」というケースも珍しくなくなっている。
スイスでは、生きることに疲れ果てた患者が自殺幇助を受けることは、長らく禁じられてきた。しかし、2014年以来、エグジットのフランス語圏支部では、このような患者の安楽死も受容するようになっており、「法の拡大解釈」が止まらなくなっている。