小学生の頃からフルスイング(写真提供/父・佳明氏)
「ダメ人間はしんどい」
そしてトッププロと肩を並べるようになったのが、東北福祉大学入学後だ。松山英樹らを輩出した超名門だが、佳明氏は当初、複雑な心境だった。
「高3の時にコーチが直接口説きに来てくれて、息子はその場で首を縦に振りました。僕は何も言いませんでしたが、強い大学では上級生になるまでレギュラーになれないんじゃないかと思ったんです。でも1年生から出してもらえた」(佳明氏)
そこには東北福祉大の独自のルールがある。前出・ゴルフ誌記者が語る。
「東北福祉大は団体戦のレギュラーを固定せず、直前の合宿の成績で決める。勤勉さも学年も関係なく実力主義で切磋琢磨している。加えて大学近くのゴルフ場を週に何日か自由にラウンドできる練習環境も魅力です」
蟬川を指導する東北福祉大の阿部靖彦監督が入学後の成長ぶりを語る。
「大学に入学してきた頃は思い切って振り切る魅力はあったものの、いまのような“上手さ”はなかった。今年、蟬川をキャプテンに指名しましたがそこから全体を見渡せるようになった。精神的、人間的に成長したと思います。タイプで言えば池田勇太や宮里優作に近い。松山や金谷拓実は“背中で語る”タイプですが、蟬川は言葉でチームをまとめるタイプです」
順調に実績を残してきた蟬川だが、その道程は決して平坦ではなかった。
「大学1年の時の大会で最終日に朝から手が震えてゴルフにならないことがあった。“俺には向いてない。ゴルフをやめて引きこもりになる”と部屋から出てこなかった。結局、翌日の昼には“ダメ人間はしんどい”と練習に行きましたが(笑)。フランスで5打差を逆転された時はサラリーマンになると言い出して、国際電話で真剣に愚痴をこぼしていた。
打ちのめされて、這い上がって、また打ちのめされる。そうやって階段を1つずつ上がってきた。日本オープンでいきなり飛躍したように見えるかもしれないが、親からすれば1段ずつ確実に上がってきています」(佳明氏)
蟬川は「野球やサッカーのようにゴルフを盛り上げたい」と30歳までは国内を主戦場にする意向を示し、佳明氏も「自然な形で海外を目指せばいい」と言うが、期待は高まる。阿部監督が言う。
「僕は少しでも早く米国に行ったほうがいいと思う。5年シードもあるんだから、スポット参戦ではなく腰を落ち着けてやればいい。それができる子だと信じています」
“日本のタイガー”が世界に羽ばたく日は近い。
※週刊ポスト2022年11月11日号