ところが、この会談の内容報告をベルリンで受け取ったビスマルクは、「わが国王ヴィルヘルム1世はフランスの理不尽な要求に応じたにもかかわらず、フランスは非礼にも(格下の)大使が静養先にも押しかけてきて、国王に対し『今後再びホーエンツォレルン家の人間がスペイン国王の候補になったとしても絶対に同意しない』という電報をパリに打つから、それを承認しろと要求してきた。国王は怒ってフランス大使に二度と謁見を許さなかった」という内容だったと公表した。

 実際には単なる結果報告で、しかもプロイセン側が譲歩したことを伝えるものであった電報を、「フランスが大使を送って非礼にも理不尽な要求をしてきたのに対し、国王は毅然とした態度で拒否した」と改竄して発表したのだ。

 これが「エムス電報事件」である。一八七〇年七月十三日のことだが、さすが謀略の天才ビスマルクだ。たったこれだけの「改変」で、プロイセン国民は「フランス許すまじ」で世論が一つになった。それに対し「勝っていたはず」のナポレオン3世は、「強硬な態度に出たにもかかわらず、プロイセンに鼻であしらわれた」と人気を地に落とす結果になった。こうなれば、伯父ナポレオン1世のようにプロイセンに戦争で勝つことによって挽回するしかない。そこでわずか六日後の七月十九日、ナポレオン3世はプロイセンに宣戦布告し両国は普仏戦争に突入することになった。

「待ってました」とほくそ笑んだのが、ビスマルクである。怒った勢いで戦争を始めたフランスにくらべて、プロイセンは周到に準備を重ねていた。詳しくは述べないが、兵器も用兵システムも改良されフランスを凌駕していた。動員できる兵力も約五十万人で、フランスの倍近くあった。

 戦争勃発とともにナポレオン3世は皇后ウージェニー(本名ウジェニー・ド・モンティジョ。スペイン貴族の出身)を摂政としてパリに残し、自らは最前線に出て指揮を執った。不退転の決意を示そうと思ったのだろう。そうしないと兵士の士気も上がらない、と考えたに違いない。しかし、ナポレオン3世は持病の膀胱炎が悪化して体調は万全では無く、もともと戦争が苦手なうえに準備不足や装備の差もあり緒戦から連戦連敗してしまった。

 普仏国境地帯にあり地下資源も豊富なため常に両国係争の地であったアルザス・ロレーヌ地方(ドイツ語ではエルザス・ロートリンゲン)も早々とプロイセン軍に占領され、ナポレオン3世は一度はパリへの撤退を決意した。しかし、パリのウージェニー皇后は反対した。「逃げ帰って来る」のでは政権への不満が高まり、暴動が起きる危険性があったからだという。

 この判断は、結果的には間違っていたと私は思う。いかに不満が高まろうとそれ以上に気に食わないプロイセンの有利になるようなことを、計算高いパリ市民がするとは思えないからだ。しかし、ナポレオン3世は最後の決戦を挑む決意を固めてしまった。そして戦争が始まって二か月もたたない九月二日、電光石火の動きを見せたプロイセン軍に自軍のセダン要塞を包囲されたナポレオン3世は、ついに降伏に追い込まれた。あろうことかフランス皇帝が捕虜となってしまったのである。その結果、民衆も堪忍袋の緒を切って暴動を起こし、ナポレオン3世は退位し皇后皇太子と共にイギリスに亡命せざるを得なかった。

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