「小さい物」をしっかりと見つめる

「小さい物」をしっかりと見つめる

「五感で受け取る旅ができるといい」

 中国の最南端の島、海南島の市場の小店で求めた、丸みを帯びた石のサイコロも、香港でコーディネーターの老人から譲り受けたという三本足のガマの置物も、いずれもごく小さくて、愛らしい。

「石のサイコロは、女の子が手でこうやって丸くしていくんですけど、石には芯があって、その違いで丸くなったり平べったくなったりして、丸と平らの微妙な加減でサイコロが止まる。長江の上流で拾った三峡石は、大きいのも小さいのも全部真ん中に、ネックレスみたいに白い輪が入っていて面白いんだ。

 小さいものはね、旅行鞄の隅に入れておけるのがいいんですよ。エルメスのでっかい箱なんて、飛行機に持って入るだけで恥ずかしいでしょ?(笑)こういうものを2つ3つ、仙台の家に並べておいたら、家内も自分で小さいものを探すようになりました」

 ケニアの小さな木製の椅子やキリンの置物は、夫人の篠ひろ子さんが選んだものだ。

 旅先から持ち帰った小さな宝物は本に収められた倍以上あるそうだが、展示に貸し出したりするうちになくなったものもあるとか。

「こういう小さなものっていうのは、なくなるんですよ。形あるものはいつか壊れます。そのぐらいでいい。あまりものに執着するのもよくないしね」

 ものにまつわる本だが、旅先で出会った小さなものを介して、その旅で出会った人との会話が引き出される。伊集院さんには、旅先で思いがけず人と出会う才能もあるようだ。

「人っていうのは一番難しいものでもあるけどね。まあ、『なぎさホテル』で書いたホテルの支配人も、なんでこんなに自分によくしてくれるんだろうと思いましたね」
 
 アイルランドに行くとき、作家の城山三郎さんは伊集院さんに「“無所属の時間”をおつくりなさい」という大切な言葉を贈った。

「城山さんは一緒に取材にも連れて行ってくださったりしましたね。まあ、ほっとけないというか、少し注意しておこうか、というぐらいの気持ちだったんじゃないかと思いますけど。

 旅って、人間を日常と違う位置に置くでしょう? 働くことや義務的なことから解放される時間だからね。旅をする生き物は人間だけなんです。これから旅に出る人は、五感で受け取る旅というのができればいいと思いますね」

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