勝利かリタイアか。勝負には「賭け」に出なければいけないときがある
──マクラーレン・ホンダでは「掛け算」が成立しないと判断した山本さんは、違約金が発生しない「円満離婚」に持ち込みます。この決断が、レッドブル・ホンダの誕生につながりました。思い切った「決断」がリーダーには必要ですが、なかでも、レッドブル・ホンダが初優勝した2019年、オーストリアGPでの決断は大胆なものでした。
決勝レースで、PU(パワーユニット)の出力を最大限にしました。これはレースに勝つか、リタイアか、という非常にリスクの高い賭けでしたが、勝負の世界には、賭けに出なければいけないときがあります。
あのとき、FP2(フリー走行2回目)でマックスがクラッシュしているんですよ。それを見て、今回も厳しいかなって思ったんですが、マックスは、「クラッシュは突風のせいで、ホンダのアップデートはものすごくいいよ」って僕に言ってくれたんです。「すごくいいから、ホンダさん頼むね」って、顧問のマルコさんにも言われたし、チーム代表のクリスチャン・ホーナーさんにも言われた。それからマックスのパパのヨスにも、最後にはデザイナーのエイドリアン・ニューウェイさんまで僕のところにやってきて、「ヤマモト、今回のアップデートはいいから、ホームコースで勝ちたい」と。こんなこと初めてだったんです。とくにエイドリアンは、日ごろから僕に、頼みごとか文句しか言わなかったから(笑)。
こういう状況から、勝利の流れがきているな、と確信しました。ここで勝てなければ、今年は一勝もできないかもしれない。すぐに当時の社長の八郷さんに電話して、「優勝するかマシンが白煙をふくか、二つに一つのレースになるかもしれないけれど、僕に託してもらえませんか」と伝え、許可をもらいました。
──賭けに勝った勝因は何だと思いますか?
ポイントはいくつかあって、第一に、毎レース、サーキットに行き、チーム代表やドライバー、エンジニアたちとコミュニケーションを密にとっていたことで、勝利への流れをキャッチすることができたこと。次に、社長に電話できる関係であったこと。日本は深夜の時間だったけど、八郷さんは毎戦レースを見ていたからすぐに電話がつながった。最後に、社長に信頼してもらえたこと。F1に関わる前、国内最高峰の自動車レースでスーパーGTのGT500を優勝させるなど、これまでの仕事で結果を出していたから、ありがたいことに信頼してもらえたんだと思います。
──2021年の最終戦で、レッドブル・ホンダはドライバーズ・チャンピオンを獲得しますが、勝利を確信したのはいつですか?
「勝てる!」と思ったのは最終ラップですね。本当に奇跡でした。レースディレクターの判断も微妙だったと思います。ラスト1週、レースをさせてもらえたことは、僕たちレッドブル・ホンダにとってはありがたかったけど、メルセデスとルイス(・ハミルトン)にはかわいそうでしたよね。
──2021年でF1撤退を宣言していたホンダの「執念」が引き寄せた勝利のようにも感じました。一方で、そうしたルールの曖昧さや政治性は批判の対象にもなります。
かつて、F1のテストまでしたのに、F1の政治性に辟易して去っていった日本人ドライバーもいました。でも、そうしたものを超えて挑戦する価値のある世界だと僕は思っています。世界のトップ20人しか走れない、モータースポーツの頂点ですから。