香港で入境拒否され強制送還された小川善照氏
答え合わせのような質問
そこで冒頭のシーンに戻る。私が入境審査場から連れて行かれたのは出入境管理局の部屋だった。オフィスの一角の椅子が並んでいる場所に待機しておくよう言われた。ここからが長かった。職員たちは、私のパスポートを何度もコピーをとって、各所に送っているようだった。そこにいたスタッフは7人程度だったが、3~4人が1つの端末を叩きながら色々と話をしている。広東語のために会話の内容は聞き取れないのだが、時々こちらをちらりと見ながら話すので、彼らの話の主題は私についてであることは間違いない。
2020年の5月に上梓した『香港デモ戦記』では、多くの民主活動家を取材した。日本でも有名な活動家もいたが、街の中で活動していた名もなき活動家も多数いた。しかし、現在、彼らの多くは、逮捕されるか、日本やイギリスなどの海外に移住している状態で、現地に残った香港人は、私との積極的な連絡を避けている状態だ。前述の国安法は「外国勢力との結託」という罪もある。海外のジャーナリストと接点を持つことは、それだけでもリスクがあるのだ。
職員に呼ばれて待機するように言われた場所で、「スマホを使っていいか?」と聞いたところ、「インタビュー(当局による面談)が終わってからなら」との答えだった。「私は香港に入れるのか?」と聞くと、「インタビューが終わってから決まる」と言われた。
ひと通り各所の情報参照が終わったのか、私は事務所の別の一角に呼ばれ、そこでインタビューが始まった。女性職員から、今回の滞在予定や、帰りの飛行機、滞在ホテルについて聞かれた。「目的は?」「観光です」、「どこを見る?」「コロナ禍以降の香港の街の様子を見に来た」──私の答えに、職員は煮え切らないものを感じていたようだった。その後も質問は続いた。「仕事は?」「フリーランスのライターだ」、「所属は?」「フリーランスなので所属はない」、「どんなことを書いている?」「日本の政治や事件などが多い」──。
所持金とクレジットカードなどを確認されたが、その名義などをメモされることはなかった。私のプロフィールについては、すでに完全に把握していたものと思われる。質問が、すでに向こうが把握していることについての答え合わせのようになっていたからだ。「香港人の友人の名前は?」と聞かれたときに、「もう日本に移住したり、海外に移住しているから香港にはいない」と答えると、「いや、いるでしょう?」と言われるやりとりがあった。
取材対象だった香港人でまだ香港にいる人間はいるが、彼らは友達とは言えない。だが、一人だけ、確実に香港の当局が私との関係を把握している人物がいる。私が前回の香港訪問で世話になった香港人の通訳だ。彼は、微罪だが、デモの現場で逮捕されてしまい、家宅捜索に入られたことがあった。その時に、私の名刺などを当局が押収しているはずなのだ。彼の名前を告げると、女性職員は、「ほらやっぱり」と、満足げな顔をした。
中国当局の尋問はこうした形を取るという。自分たちが把握している事実以上のことを言わせるつもりなのか、すでに把握済みの事実でさえも、相手に話をさせるような聞き方をするのだ。もちろん、私と交流があるような人間はすべて把握しているのだろう。私自身、過去には民主活動家の有名人たちともやり取りはあった。そのことを、わざと向こうは言ってこないようだった。
どうやら、私は最初から香港当局のブラックリストに名前が載っていたようだ。それは香港警察か、国安法で設置された中国本土の公安職員がいる国家安全維持公署なのか分からないが、入境審査場で、そのリストに私が該当したために、こうした取り調べを受けたようなのだ。