小川氏が持っていたライブハウスのフライヤー。なぜか職員はじっくり見ていたという
爪研ぎシートに悩む税関職員
質問には基本的に真摯に答えたが、旅の目的は「観光」と言い続けた。もちろん、私はジャーナリストを名乗っているし、普段の仕事は取材活動が中心なのだが、もし私がここで「取材」だと言った瞬間に「ビザなしの取材活動」として違法入国扱いとされたはずだからだ。
実際に、今回の香港行きは、完全にプライベートの観光旅行だった。どこかで記事にしてくれる媒体のアテもなかった。香港が国安法によって沈黙させられてから3年。香港のデモなどに関する記事や番組は減ってしまった。それどころか、現在は香港政府による観光キャンペーンについてだけは、盛んに報道されているありさまだ。この「ハロー香港」という政府肝入りのキャンペーンは、無料の航空券さえ配っている。
インタビューが終わっても、女性職員はあまり表情を出さなかった。どういう印象を持っているのか図りかねた。そして、次は税関だと言われた。香港に来る時には、いつも自己申告するものはなく、そのまま素通りなのだが、今回は違った。深夜だというのに、税関の職員が3人ほどつきっきりで私の荷物を細かく広げて調べていた。その間、入管の職員もずっと立ち会っている。深夜に申し訳ない気持ちもしてきた。
普段の取材で使っている書類などの類は日本に置いていたのだが、問題は、書類入れに無造作に入れていた、ライブハウスのフライヤーだった。ここでは一番立場が上らしい女性職員がじっとそれを見ていた。「REIWA RIOT」というライブ名に引っかかったのだろうのか。パンクバンドのライブだから、RIOT(暴動)もANARCHY(無政府)もCHAOS(混沌)も、ありふれたフレーズなのだが、女性職員は真剣に見ている。私が好きな日本のバンドのチラシだと説明したのだが、なぜかわざわざ写真まで撮っている。
さらに、私のアメニティポーチから出てきたものに対して、税関職員たちは真剣に悩んでいた。名刺より一回り小さな大きさだが、4ミリほどの厚さのものだ。美容室の店名が書かれているのだが、3人がかりで、「これは何だろうか」と議論していた。さすがに気の毒になって、「美容室のノベルティの爪研ぎシート」だと説明した。
この時、私の着替えに関しては、触るだけでひっくり返して調べなかった。その中のTシャツには「BEDTIME FOR DEMOCRACY」(民主主義の就寝時間)というプリントのものがあった。こちらもバンドTシャツなのだが、かつてあった民主主義の萌芽が摘み取られてしまったように見える香港の税関職員には、むしろこれだけはぜひ見てほしかった。
その後、個室で身体検査を受け、先ほどのインタビューと同じことを税関職員にも聞かれることになった。入管の職員より、税関の職員のほうが全員が制服をきちっと着ており、役人らしい雰囲気だった。実は、私はこの時まで呑気に構えていた。色々説教はされるが、このままホテルに行けるのかと思っていた。だが、そうではなかった──。