奈良の鹿は礼儀正しく道路を渡ることも。動物の行動様式の変化は、人間社会とひもづいている
同研究グループで実地調査を行った、奈良女子大大学院博士後期課程2年の上原春香さんが言う。
「鹿せんべいを販売する売店のある奈良公園内の3区域で鹿1頭当たりのおじぎの回数を計数したところ、パンデミック前の2016年9月〜2017年1月は10.2回でしたが、パンデミック期間中の2020年6月〜2021年の6月は6.4回。62%に減少していたのです」
研究の指導を行った奈良女子大教授で動物生態学が専門の遊佐陽一さんによれば、“おじぎの回数”は観光客の増減と関連しているという。
「この“おじぎ行動”は、奈良公園の鹿に特有のもので、せんべいを持った観光客と鹿の異種間コミュニケーション手段として、親から子へ伝播され、発達してきたものと考えられます。だから観光客が減って人との交流がなくなれば、鹿たちもおじぎという“伝統”を継承する必要がなくなり、減っていくのでしょう。実際、コロナ禍の間にも、Go Toトラベルなどによって観光客が増えた際はおじぎの回数も増えたことが明らかになっています」
遊佐さんによれば、パンデミック期間中は奈良公園の調査地を訪れる鹿の頭数自体も減少したという。
「これも観光客が減り、鹿せんべいをもらえる機会が少なくなったことが理由だと考えられます。その期間、鹿たちはより自然な環境で植物を食べて生きていたのではないか」(遊佐さん)
せんべい断ちで鹿の糞に異変
コロナ禍が動物の行動に影響を与えたケースは、奈良公園の鹿だけではない。
東京農工大の研究によると、タヌキやアライグマの食生活の時間帯も大きく変化しているという。コロナ禍以前は夜、真っ暗になった後に樹木から落ちた果実を取って食べていたが、コロナ禍を経て昼間にも果実を集めるようになったことがわかったのだ。
タヌキの生態もコロナ禍を経て変化が(写真/PIXTA)
生物学者で早稲田大学名誉教授の池田清彦さんが言う。
「これはおそらく、コロナ禍で外出自粛が行われたことによって昼間も人口密度が減った結果、人間たちに警戒する必要がなくなり、時間に関係なく食料を集められるようになり、その習慣が根づいたということでしょう。
動物たちの変化は、コロナによるわれわれの行動の変化に影響を受けたものだと考えられます」
動物と人間が共存する現代において、私たちの行動ひとつで彼らをとりまく環境は大きく変わるのだ。実際、コロナ禍の間、奈良の鹿たちにはもう1つ大きな変化があった。2020年6月に朝日新聞がこう報じている。《お腹の調子がよくなり、それまでゆるめだった糞が、黒くて丸い“黒豆”のように良好な状態になっている》。同記事はその理由を「鹿せんべい」の消費量が減ったことだと結論づけた。