ライフ

【書評】『真の人間になる』舞台は台湾・中央山脈の山間部 多様な生命が息づく山に重なる多民族多言語社会

『真の人間になる』/甘耀明・著 白水紀子・訳

『真の人間になる』/甘耀明・著 白水紀子・訳

【書評】『真の人間になる』/甘耀明・著 白水紀子・訳/白水社/2640円
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)

 壮大な叙事詩である本作には、ポリフォニー(多声音楽)が響きわたる。第二次世界大戦前後を中心に、史実を織り交ぜた物語の舞台は台湾・中央山脈の山間部だ。繊細な自然描写が胸を打つ。

 緑濃い森。秋になれば〈木の葉は標高に従ってますます血の色が濃くなり、タイワンモクゲンジの実は鮮やかな赤色をして、森林の肝臓になっている〉。陽の光に輝く小川、色が際立つ花々、たくましい動物たち、鳥の鳴き声、星空、月を映す透き通った湖……。

 主人公は山地に暮らした原住民族、ブヌン族の少年ハルムト。ブヌンは「人」という意味があり、彼の名は森に恵みをもたらす樹木からとられた。ハルムトは祖父ガガランから祖霊が宿る山への畏敬の念、伝承の神話を教えられて育つ。祖父は原住民族に対する日本の統治政策に抵抗した過去を持つ。〈わしが山の中に入るのは、実は自分の心の中に入っておるのだ、そこに本当の自分を見つけることができる〉と孫に語りかける。

 ハルムトは親友ハイヌナンとともに海に面した都会の中学校に進学し野球に夢中になった。彼はさまざまな人と出会い、ほかの原住民族の言葉、中国語、日本語などに接し、米国人牧師にも会う。異なる原語で紡がれた詩などが随所にはさまれ、多民族多言語社会を物語る。それは多様な生命が息づく「山」の世界にも重なった。

 多く登場する日本人の造形も一様ではなく、個々の姿や内面が浮かび上がる。やがてハルムトはブヌン族としての自覚を強めるのだが、秘めた恋の相手でもあったハイヌナンは米軍の空襲により死んだ。一九四五年九月、沖縄からフィリピンに向かう米軍の輸送機(日本軍に捕えられ解放された元捕虜が搭乗)が台湾の山中に墜落。ハルムトは捜索隊に加わり、負傷した米兵を発見する……。

 ブヌン語の「ミホミサン」は、相手の生命力が旺盛であり続けることを願い、いつの日か再会を約す言葉だという。すべての「人」に捧げられる祈り、生き抜くことを支える希望の言葉だ。

※週刊ポスト2023年9月15・22日号

関連記事

トピックス

球種構成に明らかな変化が(時事通信フォト)
大谷翔平の前半戦の投球「直球が6割超」で見えた“最強の進化”、しかしメジャーでは“フォーシームが決め球”の選手はおらず、組み立てを試行錯誤している段階か
週刊ポスト
参議院選挙に向けてある動きが起こっている(時事通信フォト)
《“参政党ブーム”で割れる歌舞伎町》「俺は彼らに賭けますよ」(ホスト)vs.「トー横の希望と参政党は真逆の存在」(トー横キッズ)取材で見えた若者のリアルな政治意識とは
NEWSポストセブン
ベビーシッターに加えてチャイルドマインダーの資格も取得(横澤夏子公式インスタグラムより)
芸人・横澤夏子の「婚活」で学んだ“ママの人間関係構築術”「スーパー&パークを話のタネに」「LINE IDは減るもんじゃない」
NEWSポストセブン
LINEヤフー現役社員の木村絵里子さん
LINEヤフー現役社員がグラビア挑戦で美しいカラダを披露「上司や同僚も応援してくれています」
NEWSポストセブン
モンゴル滞在を終えて帰国された雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、戦後80年の“かつてないほどの公務の連続”で体調は極限に近い状態か 夏の3度の静養に愛子さまが同行、スケジュールは美智子さまへの配慮も 
女性セブン
場所前には苦悩も明かしていた新横綱・大の里
新横綱・大の里、場所前に明かしていた苦悩と覚悟 苦手の名古屋場所は「唯一無二の横綱」への起点場所となるか
週刊ポスト
医療的ケア児の娘を殺害した母親の公判が行われた(左はイメージ/Getty、右は福岡地裁)
24時間介護が必要な「医療的ケア児の娘」を殺害…無理心中を計った母親の“心の線”を切った「夫の何気ない言葉」【判決・執行猶予付き懲役3年】
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
渡邊渚さんが綴る自身の「健康状態」の変化 PTSD発症から2年が経ち「生きることを選択できるようになってきた」
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン
レッドカーペットを彩った真美子さんのピアス(時事通信)
《価格は6万9300円》真美子さんがレッドカーペットで披露した“個性的なピアス”はLAデザイナーのハンドメイド品! セレクトショップ店員が驚きの声「どこで見つけてくれたのか…」【大谷翔平と手繋ぎ登壇】
NEWSポストセブン
竹内朋香さん(左)と山下市郎容疑者(左写真は飲食店紹介サイトより。現在は削除済み)
《浜松ガールズバー殺人》被害者・竹内朋香さん(27)の夫の慟哭「妻はとばっちりを受けただけ」「常連の客に自分の家族が殺されるなんて思うかよ」
週刊ポスト
真美子さん着用のピアスを製作したジュエリー工房の経営者が語った「驚きと喜び」
《真美子さん着用で話題》“個性的なピアス”を手がけたLAデザイナーの共同経営者が語った“驚きと興奮”「子どもの頃からドジャースファンで…」【大谷翔平と手繋ぎでレッドカーペット】
NEWSポストセブン