『未明の砦』は、4人の若者が都内のアパートの一室に集まろうとしたところを警視庁組織犯罪対策部が逮捕するべく動静をうかがう、緊迫した場面から始まる。間一髪のところで4人を取り逃がすが、彼らはいったいどんな罪を犯したのか──。
「市民運動や労働運動がターゲットになるんじゃないかというのは、当初から言われていました。運用する側からしたら、伝家の宝刀をどう抜くか悩んでいるはずです。使い方を誤るとものすごく反発を買うから、初舞台を踏ませるには、『市民を守る盾』としてでなくてはいけない。治安維持法と結びつく公安ではなく、警視庁の組織犯罪対策部を使って、『これは反社会的で暴力的な行為なんだ』と労働運動にレッテルを貼ることができれば一石二鳥です」
4人は巨大な自動車工場で期間工や派遣工として働く若者で、彼らの班長だった玄羽が勤務中に体調を崩し、手当ても受けられないまま亡くなっていたことも次第にわかってくる。労働問題も、実はこの小説の大きなテーマのひとつである。
「現実の社会問題を描くときにミスがあるとそこをつつかれるので、労働法制については腹をくくって徹底的に調べました。連載が終わってから本になるまで少し間が空いたので、その間に変化があった統計データを拾い直すのにも結構、時間がかかっています」
執筆開始が東京オリンピックの開催前だったこともあり、「ニッポンすごい」と自賛するテレビ番組が流れていた。「全然すごくない、お給料も下がっているし」と、ギャップを感じながらの仕事になったそうだ。
かつては壮年男性の過労死が問題になったが、いまは──
「非常に孤独を感じましたね(笑い)。日本の最高学府と言われる大学のひとつで、不況下で学生たちもアルバイトを余儀なくされているから必修の授業で労働法を教えようとしたら、親から『よけいな知恵をつけないでほしい』と横やりが入ったと聞いたときは、そう来るか、そう来るなら、って奮い立ちました」
過労死が社会問題になって四半世紀以上たつ。「KAROSHI」はそのまま英語でも通じる。日本発の、日本以外ではあまり見られない特異な状況ということだが、改善されるどころか事態はむしろ悪化の一途をたどるように見える。
「かつては壮年男性の過労死が問題になったんですが、2000年以降は若年労働者の過労自殺がものすごく増えてきます。20代30代の、これからの人生のほうがずっとずっと長い人たちが、過重労働で心を病んで自殺していく。2015年の電通女性社員の自殺はみなさんの記憶に残っていると思いますし、2010年には、キリンビバレッジの配送子会社で自販機の充填をしていた23歳の男性が、配送の制服のまま屋上から飛び降りました。
私が若いときにはこういう働き方はなかった。こういう社会になるのを許したのは、彼らより前に生まれた私たちの世代なんですよね。1970年代末以降に生まれた人たちは自己責任の考えを内面化していて、『もっと自分が頑張らないと』となかなか他者に助けも求めません。大人の責任を痛感するからこそ、いま、若い人を軸に、労働をテーマにした物語を書かなければ、と思いました」