働きづめに働く若者たちは、毎日大過なく過ごすことでせいいっぱいだったが、ある年の夏休みに転機を迎える。家庭の事情を抱え、帰る家のない4人は、班長の玄羽に、亡き妻の実家へと招待される。海水浴や海の幸を堪能し、玄羽の亡妻の従姉にあたる朱鷺子と知り合う。朱鷺子は自宅の蔵に収めた本を彼らが自由に読めるように開放、徐々に現実を知って、自分たちが置かれた状況に疑問を持ち始める。
「比喩的に言うなら、はじめのうち4人は自分の部屋しか知りません。この部屋がどの家のどの場所にあるか知らないし、家がどの街にあるか、街がどの国のどういう地域にあるかも知らない。それが本を読んで歴史の縦軸と社会の横軸をつかみ、客観的に自分がいる場所の座標がわかって初めて、『これっておかしいんじゃないか』と感じられる」
若者4人を取り巻く群像劇には、玄羽や朱鷺子をはじめ、さまざまな個性あふれる人間が描かれる。警察の中にも政治に不満を持つエリート官僚もいれば、4人に関する捜査方法に疑問を抱いて独自に調べをすすめる叩き上げの刑事もいて大組織も一枚岩ではない。自分の場所で戦い続ける人間を描くとき、太田さんの筆はひときわ冴えわたる。
【プロフィール】
太田愛(おおた・あい)/香川県生まれ。『相棒』『TRICK2』などの刑事ドラマやサスペンスドラマの脚本を手がけ、2012年『犯罪者 クリミナル』で小説家デビュー。2013年に第2作『幻夏』を発表。日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)候補になった。2020年刊行の『彼らは世界にはなればなれに立っている』で第4回山中賞(TSUTAYA中万々店の書店員・山中由貴さんが選ぶ賞)受賞。ほかに『天上の葦』がある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2023年9月28日号