「宇都宮芳賀ライトレール線」の開業を祝賀するパレード。2023年8月26日(時事通信フォト)
みなみ寄居駅は、ホンダが新駅の設置費用を全額負担した。そうした経緯もあり、同駅にはホンダ寄居前との副駅名称が付されている。
同駅開業の経緯について広報部の担当者に質問すると、「地域に根差した事業運営のため、交通渋滞緩和施策のひとつとして東武への駅設置を請願しました」との短い説明があった。
当該地域やホンダの事情に明るくないと、広報担当者が口にした「地域に根差した事業運営のため」という言葉は理解しづらい。
これはホンダが埼玉県狭山市で操業していた工場を廃止して、その機能を寄居町へと集約したことを意味している。ホンダは2018年に狭山市の工場機能を寄居町の工場に集約することを発表。そこから、みなみ寄居駅の新設構想は動き出した。
工場機能を集約すれば、それだけ寄居町の工場で働く社員は増える。増えた社員全員がマイカー通勤するわけではないだろうが、マイカー通勤者が増えると周辺道路の渋滞は激化する。
道路の渋滞が起きれば、周辺住民との軋轢が生じかねない。そうした事態を回避・緩和するべく、ホンダは少しでも社員に電車通勤へとシフトさせようとした。その一環として、工場の隣接地に鉄道駅の開設を要望する。こうした経緯を経て、鉄道事業者の東武とホンダの思惑が一致。新駅が実現することになった。
みなみ寄居駅の新設にあたり、担当者が「特に緑豊かな周辺環境に配慮することには気を遣いました」と話すように、ホンダは同駅周辺に桜を植樹し、緑化も推進。新駅の開設による渋滞の緩和だけではなく、こうした周辺環境に配慮する取り組みが地域との交流を深め、地域と企業がともに発展していく素地を整えることにつながっていく。
企業活動は何よりも営利を求めることに主眼が置かれがちだが、だからと言って地域住民を無視することはできない。大気汚染や水質汚濁といった公害をはじめ工場が稼働することによる騒音や振動、そして道路の渋滞といった問題に企業は住民と向き合わなければいけない時代になっている。一言で表現するなら、それは企業の地域貢献ということになる。地域貢献の形はさまざまで、なにが最適解なのかは地域によるだろう。
宇都宮のライトラインは走り始めたばかりで、当然のことながら送迎バスからライトラインへの転換で渋滞が緩和したといった公式的な報告はまだ出ていない。また、東上線のみなみ寄居駅も今のところ周辺の環境整備がどのような効果をもたらしたのかは不明だ。
それでもマイカーから鉄道へと通勤手段が転換されることで、事故の低減やCO2の削減、といった副次的な効果は容易に想像できる。
いまだ地方都市はマイカー通勤が主流で、通勤ラッシュに伴う渋滞問題が各地に存在している。電車通勤は鉄道の利便性が高い大都市圏に限られるが、だからと言って地方都市でもマイカー通勤によって起きる社会問題はある。それらを放置すれば住環境は悪化し、住みづらい都市になってしまう。
昨今は地方の鉄道・バス路線の存廃議論が喧しいが、それでも地方都市でも県庁所在地をはじめ人口が多い都市では官民が連携して脱マイカーの取り組みを着実に進めている。