では、なぜ義元はそうしなかったかと言えば、楽に勝てるという甘い見通し以外に理由がある。「植民地の兵士はいまひとつ信用できん」からである。NHK大河ドラマ『どうする家康』では、今川義元と松平元康の仲がよかったように描かれていた。ドラマだから仕方が無いが、歴史上の事実で言えばあれはあり得ない設定である。もし本当に二人の関係が良好だったとしたら、なぜ元康は「恩人」義元の仇を討とうともせず信長と手を握ったのか。

 結果的には奪還したが、あの時点では人質に取られている妻(築山殿)と嫡男竹千代(信康)が処刑される恐れもあった。にもかかわらず信長との同盟に踏み切ったのは、今川の横暴な「植民地支配」からなんとしても独立したかったからだろう。逆に義元から見れば、いつも収奪しているという後ろめたさがあるから、最強部隊を親衛隊として活用することはできなかったのである。いつ寝首をかかれるかわからないからだ。

 その点信長は家康を同盟者として絶対的に信頼していたからこそ、姉川の合戦において自陣の近くに徳川軍を置き、浅井軍を撃破することができた。寝首をかかれるかもしれないなどと少しでも考えていたら、あんな配置は絶対にしない。それが今川義元と織田信長の器の違いと言ってもいいだろう。

「死して護国の鬼」となる

 ところで、「植民地」という言葉にニヤリとした読者がいたかもしれない。先日、作家の百田尚樹氏が自身のX(旧ツイッター)で、テレビの「ニッポンで戦争が起きたら あなたはどうする?」というインタビューに、高校生が「植民地になってもいい」と答えた画像を提示し(この放送を私は実見していないが、こんなことを捏造するはずも無いので信用するとして)、「この高校生が悪いのではない。こんな高校生に育てた学校教育と家庭の責任。植民地がどんなものかも知らず、そこでの暮らしがどんなに悲惨で過酷なものかも知らずに育つと、こんな風になるという例」と嘆いている。

 民主主義社会には思想の自由があるから、意見の相異というものは必ず生じる。そうした場合、どちらが正しいか明確に定められるケースは少ない。むしろ双方の意見ともに一理あり、結論は出せないということもあり得るだろう。ところが、あくまでこの問題に関してだが、ここは百田氏の見解が一〇〇パーセント正しい。これは思想とかイデオロギーの問題では無く歴史的事実の認識の問題で、見解がわかれる問題では無く例えば「水とはH2Oである」というのと同じであるからだ。

 説明しよう。と言っても古くからの愛読者には自明のことだが、 十三世紀にモンゴルが攻めてきたとき、つまり元寇という侵略があったとき、日本に攻めてきた軍団の構成はどのようなものであったか? 一〇〇パーセントモンゴル兵だったわけでは無く、かなりの部分が高麗兵と旧南宋兵だった。念のためお断りしておくが、これは井沢新説などでは無く、どんな思想の立場の人間も認める歴史上の事実である。ではなぜそうした人々が元の侵略に加わったかと言えば、侵略を受けて「植民地」になったからだ。

 侵略軍に占領されるということは、国民全体あるいは家族全員が人質に取られるということである。だから侵略者のどんな命令でも従わなければいけなくなる。「私は平和主義者で、絶対に戦争には行かない」などと主張できるのは、言論の自由や思想の自由がある独立国だけの話だ。しかも侵略者という「悪人」も人間である以上、死にたくないしケガもしたくないから、もっとも戦死率の高い危険な最前線には「植民地の兵を行かせよう」ということになる。これが歴史の法則というより人類の常識であり、本来ならば誰もが知っているべきことなのである。

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