『かくしごと』出演
何も持っていないから借金するしかなかった
そして2年後の50歳のとき、自身の映画製作会社『ゼロ・ピクチュアズ』を立ち上げ、『少女~an adolescent』で、監督デビューを果たした。それから現在まで、5本の監督作品を世に送り出してきた。
奇しくも『長い散歩』(2006年)という作品では、今作の『かくしごと』と同じく、虐待問題を描いている。妻を亡くし、教職を定年退職した男が、虐待を受けていた少女を連れて逃避行をする何日間かを、静謐な映像の中に描いた、魂の救済物語であった。
「念願の緒形拳さんが出てくださったんです。そのときと似た役を、今回、同じような年齢になった自分が演じているという、なんとも不思議な巡り合わせを感じましたね。ああいう先輩の素晴らしい演技は、しっかり焼きついているし、沁み込んでいて、今回に生かせたと思っています」
小さな会社が7本(うち2本は長女・安藤桃子監督作品)もの作品を作り出してきたというのは、たやすいことではない。大海で嵐にもまれる小船のごとくの年月だった。
「正直、全作が赤字です。『長い散歩』だけは、時間をかけてリクープ(回収)できましたけど、何億もの借金を抱えました。昔は、大監督の今村昌平さんですら、土地を担保にして製作資金を作っていらしたけど、僕は土地も何も持っていないんですよ。ずっと住んでいるのは、かみさんの家ですから、借金するしかないわけです。今の時代は皆さん、もうそういったバカなことはなさらないだろうけど……。返済のためには結局、俳優業の奥田くんが遮二無二に頑張るしかなかった。でもいちばん大変だったのは、かみさんだったはずです」
その頃の和津さんの著書には、母親の介護と並んで、夫が監督業も始めたことでの、苦難も書かれている。いわく、『最初の作品は海外ではグランプリ受賞など、高い評価を得たが、国内収益は大赤字。さらに知人から詐欺まがいの被害をこうむり、倒産寸前。娘たちは貯めたお年玉貯金をカンパ、私は金目の物はすべて売り払いましたが、焼け石に水でした』。
ずいぶんと前だが、若い頃の奥田を取材したことがある。そのとき『実は、あのひと(和津さん)が離婚届を、小さな金庫の中にしまっているのを知っているんです』と、苦笑しつつ話してくれるひと幕があった。破天荒で、ちらほらと艶聞もある夫に対して、妻は妻なりの思いを抱えていたのだろう。だが、この長い時間を共に歩いてきた。
「それでも会社を作って、今年で24年が経つんですよ。よくやってこられたよなと、我ながら思う。あの頃、名前だけはカッコイイいろんな製作会社がいっぱいできたけど、今はほとんど残っていないですからね」
【プロフィール】
奥田瑛二(おくだ・えいじ)/1950年生まれ。1979年、映画『もっとしなやかにもっとしたたかに』で初主演。熊井啓監督の『海と毒薬』(1986年)で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。『千利休・本覚坊遺文』(1989年)で日本アカデミー主演男優賞を受賞。『棒の哀しみ』(1994年)ではキネマ旬報など8つの主演男優賞を受賞。2001年『少女~an adolescent』で映画監督デビュー。『長い散歩』(2006年)でモントリオール世界映画祭グランプリを受賞。私生活では、1979年にエッセイストの安藤和津さんと結婚。長女・桃子は映画監督、次女・サクラは俳優。画家、俳人としての活躍も知られ、昨年、夏井いつきさんとの対談本『よもだ俳人 子規の艶』を発売。
◆映画『かくしごと』あらすじ
絵本作家の千紗子(杏)は、長年絶縁状態にあった父・孝蔵(奥田瑛二)が認知症を発症したため、田舎に戻ってしぶしぶ介護を始めることになった。他人のような父親との同居に辟易する日々を送っていたある日、事故で記憶を失ってしまった少年を助けた千紗子は、彼の身体に虐待の痕を見つける。少年を守るため、千紗子は自分が母親だと嘘をついて、一緒に暮らし始めるが……。
6月7日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
取材・文/水田静子 撮影/篠田英美 ヘアメイク/田中・エネルギー・けん
※女性セブン2024年6月13日号