なんと、軍人の捕虜だけで無く民間の日本人もすべて皆殺しにし、さらにロシア系住民、中国系住民なども大虐殺したうえに、市街地に火をかけて焼亡させたというのである。織田信長の焼き討ちではあるまいし、この時代にこんなひどいことをやったのはヤーコフ・トリャピーツィンだけだ。さすがにのちにソビエトでもこの行為は問題視され死刑に処せられたが、それは同胞まで殺戮したからであって日本人を殺した罪によるものでは無かった。どうして彼はそこまでやったのか?

 その前に、別の百科事典がこの事件をどのように記述しているかを見ていただきたい。

〈尼港事件 にこうじけん
シベリア出兵中の紛争事件。1920年(大正9)2月、黒竜江のオホーツク海河口にあるニコラエフスク(尼港)を占領中の日本軍1個大隊と居留民700余名は、約4000のパルチザンに包囲され、休戦協定を受諾した。ところが3月12日、日本側が不法攻撃に出たため、パルチザンの反撃を受けて日本軍は全滅し、将兵、居留民122名が捕虜となった。5月日本の救援軍が尼港に向かうと、パルチザンは日本人捕虜と反革命派ロシア人を全員殺害し、市街を焼き払って撤退した。日本はこの事件を「過激派」の残虐性を示すものとして大々的に宣伝し、反ソ世論を高めた。(以下略)〉
(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』小学館刊 項目執筆者由井正臣 傍点引用者)

 両者を読みくらべて一番違うのはどこだろうか? もちろん傍点を振った「不法攻撃」というところで、これではこんな事態を招いた責任は日本側にある、「日本も悪いのだ」と読めてしまう。たしかに、日本軍の攻撃前に「休戦協定」が成立していたのは事実である。それを日本側が(通告せずに)破って奇襲攻撃をかけたのだから、「不法攻撃」という表現はまったく誤りとは言えない。しかし問題は、日本がなぜそんな無謀な攻撃に踏み切ったかであろう。そこのところがきちんと説明されていなければ、いかに簡潔を要とする百科事典の記述とは言え、適切とは言えない。

「乱妨取り」集団と化した赤軍

 シベリア出兵の当初の目的であったチェコ軍団救出が果たされた後、白軍の希望でもあったオムスクのコルチャーク政権が崩壊してしまったこともあり、白軍系市民は赤軍兵士の略奪・暴行の対象となっていた。

「乱妨取り(乱取り)」という言葉を覚えておられるだろうか。他国を侵略した兵士が勝利に乗じて住民から物資を略奪したり女性を強姦したりすることである。しかも多くの場合、それは虐殺にも繋がった。生かしておいては、あとでなにかと面倒なことになるかもしれないからだ。

 日本でも室町時代後半から始まり、戦国時代にはあたり前の常識となった。しかし、織田信長が一方で雑兵にも賃金を支給し占領地住民への略奪暴行を厳しく禁じたことによって、この悪しき習慣は根絶された。たしかにその後、豊臣家が滅亡した大坂夏の陣において「乱妨取り」は一時的に復活したが、それ以降はまったく無い。戊辰戦争でも調子に乗った官軍兵士がそういう行為に走ったケースは絶無とは言えないだろうか、少なくとも軍規においては厳しく禁じられていた。簡単に言えば、日本はそれだけ「文明国」だったということである。

 ところが、ロシア、中国(中華民国)、あるいは中国の影響を強く受けた朝鮮はそうでは無い。「朝鮮は当時日本だったではないか」と言われるかもしれないが、独立を望んで抗日ゲリラと化した朝鮮人は別枠だ。日本は左翼史観の悪影響で抗日ゲリラとかパルチザンというと「正義の軍隊」と美化する人間がいるが、日本から独立するということは当然日本のルールを守らないわけで、彼らは「伝統的な立場」に戻ったということだ。

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