「怪物・江川」を打ち砕いた1982年の興奮
先頭の打者は代打の豊田誠佑選手。江川キラーとして知られる豊田は明治大学の出身で、六大学時代は法政大学の江川を打ちまくった。
本人曰く、「江川に強かったからプロ野球選手になれた」と言うのだが、期待通りの仕事をする。江川のカーブをとらえて三遊間を破ったのだ。
ただ、そのときの印象は「へぇー、本当に江川に強いんだ」という程度。反撃の狼煙が上がったなんてこれっぽっちも思わなかった。
ただ、続く3番のケン・モッカ選手がライト前にヒット。4番の谷沢も出塁すると、テレビ画面越しにも球場の雰囲気が変わったのが伝わってきて、緊張で体が強張った。
ここで大島がホームランだったりしたら、同点? そんな都合の良い想像を始めたことに気づいて、慌てて打ち消した。
いや、ゲッツーだ。ゲッツーをイメージしろ。トリプルプレーよりましだから。1点でも入れば上出来じゃないか。欲張るとロクなことにならないからな。謙虚にお願いせんとな、と自分に言い聞かせる。
だが、5番大島はこの試合でソロホームランを打っている。期待するなってほうが無理だよな……なんて考えていると、センターにいい当たりが飛ぶ。
その打球はセンターのグラブに収まるのだが、3塁ランナーはタッチアップ。6対3だ。
1アウトを献上して1点というのは満点のディールではない。だが、ホームに返ってきた豊田が笑顔でチームメートたちに迎えられる姿を見ると、ベンチのムードが押せ押せになっているのが伝わってきた。
おやおや、ひょっとして? そう思わせる空気が満ち始めていたのだ。
だが、ここでふと我に返る。次に打席に立つのは我らがウーやんだと。
いつの間にかテレビの前に集まった家族が「次、宇野だにー」と私の背中を小突く。困ったぞ。ここで打てんかったら、笑いもんだがやー。