藤井名人の最近の将棋を見て「『王道』のスタイルが、さらに盤石なものになってきたと思います」と松本氏は評す。
「藤井名人は2016年にデビューして以来、後手番であれば一貫して2手目には飛車先の歩を突いてきました。相手がどのような作戦であっても、すべて受けて立つという王道の姿勢です。それが今年3月の王将戦第5局で、キャリア8年目にして、初めて2手目で角筋を開ける指し方を見せた。これまでの不変不動のスタイルに変化が現われたのではないか、とも話題になりました。
しかし基本的にはこれまでと同様、やはり自然でオーソドックスな指し方をしています。その上で、戦いながら、深く広く読んで最善手を探し続ける。最後はおおむね、決め方が豪快というか、鮮烈ですね。将棋に華があって強いという点では、平成の王者・羽生善治九段のよき後継者といえるでしょう。
名人戦第2局では、藤井名人は珍しく詰み筋があるなかで“受けの歩”を打ちました。藤井名人は詰み筋があればだいたい、びっくりするぐらい短時間で見つけて、最短手順で詰ませるんです。しかし今回は、詰まさなくても勝てる順が先に浮かんだわけです。翌日のインタビューでも、あとで詰みに気づいたと苦笑しながら語っていましたね。藤井さんとしては珍しいですが、もちろん勝てばなんの問題もないわけです。
将棋は『逆転のゲーム』と言われ、終盤で勝ちを急いで負けてしまうこともよくある。時間がないなかで錯覚したり、読みきれないまま相手玉を詰ましにいって逆転負けというのは、一般的には珍しくありません。しかし藤井名人の場合、ほとんどそういうことがない。藤井さんの勝ち方はいつも華々しいですが、今回は確実に勝ったということ。これもひとつの『王道』のスタイルといえるんじゃないでしょうか」
快進撃はまだまだ続きそうだ。
※週刊ポスト2025年5月23日号