現代文と古文の往還という冒険作。著者の読書歴が窺えるのも興味深い
5月中旬にもなれば、初夏の陽気を感じることも増え始める頃。梅雨の時期や真夏に比べてれば、幾分過ごしやすいこの季節にこそ、読書を楽しんでみては? おすすめの新刊4冊を紹介する。
『墳墓記』高村薫/新潮社/2090円
能楽師の家に生まれながら法廷速記官になった老齢の男。病院で、現代と藤原定家や源氏物語など古典の世界を往還する。その通い路を、能にちなんで夢の浮橋としてもいい所を「夢の廻廊」と循環型にした点が高村さんらしく、ダンテの『神曲』まで登場する。男の友人で若くして死んだ庭師の卵が語る庭論は日本美論でも。言葉を弔うようなラストシーンに題名の真意を感じる。
今年1月逝去。親愛の情を込めて言えば愛くるしいキャラの方でした(黙祷)
『読んではいけない 日本経済への不都合な遺言』森永卓郎/小学館/1870円
森永さんが20年以上前に『年収300万円時代を生き抜く経済学』を発売した時、同業者達は“そんなわけないだろう”と反発したらしい。でも今、そうなってる! 森永さんは正しかった。本書は余命宣告を受けて連載を始めたコラムで、日本経済の先行き(明るくありません)や、がん治療、本気の終活などを綴る。この20年の間に執筆したものから厳選した書評も読み応え十分。
「人が本を動かすんじゃない。本が人を動かすんだ」(作中より)
『本なら売るほど 2』児島青 KADOKAWA(HARTA COMIX) 836円
小さな古本屋さん「十月堂」を舞台に人と本が織りなすドラマ。帰路を変えて十月堂を発見、次からこのルートにしようとウキウキする中高年サラリーマン、大腸がん手術を前に、読み終わるまで絶対死ねないと思うくらい面白い本をくださいという若い女性、打ち合わせの帰り、衝動的にホテルに宿泊する女性漫画家など6編。十月堂の若き店主、なかなかのイケメンですよ。
2022年のすばる文学賞、受賞作。何も持たない女性達が今を生きる物語
『がらんどう』大谷朝子/集英社文庫/495円
ルームシェアし、互いを名字で呼び合う38歳の平井と42歳の菅沼。平井は男性そのものが苦手だが子を持つことには執着があり、菅沼は恋愛はしても結婚は忌避している。日常はそれなりに楽しくやっているが、平井はいわゆる世間並みの幸せへの願望も捨てきれない。身体的空洞、精神的空虚。読みながらこのイタさ、覚えがあるなと呟いていた。今を生きる私達の物語だ。
文/温水ゆかり
※女性セブン2025年5月22日号