堂場瞬一氏が新作について語る(撮影/国府田利光)
新聞記者とは「人と会う職業」なのだと改めて思う。堂場瞬一氏の新作『真実の幻影』で東日新聞社会部の遊軍記者〈高岡拓也〉が追うのは、既に時効が成立した未解決事件。それこそ社会部長〈富永〉肝煎りの連載企画「真実の幻影」を任された彼自身、こうした古い事件の調査を元々趣味とし、まして時効成立後となれば〈時効の壁で捜査できなくなる警察を出し抜いて、新聞が事件の真相に迫れるかもしれないのだ〉。
実際、1983年に川口市の河川敷で男性の遺体が発見された〈荒川事件〉を再検証した連載第1弾は、遺体発見者の元野球少年が後にプロで320本塁打を放った〈「あの」服部〉とあって反響を呼び、知人らの新たな証言で事件の意外な真相に迫ることもできた。富永は〈過程を書けよ。マスコミも、取材過程を透明化した方がいいんだ〉と言い、年々書けないことが増え、事件記事そのものが存在感を失う現状を寂しく思うのは、高岡も同じだ。
そして〈事件の東日〉の矜持がかかる第2弾として1992年5月に前橋市で起きた〈香ちゃん事件〉を書くべく準備を進めるのだが、取材開始早々、高岡はサブについた後輩〈嶋涼太〉の言動に手を焼き、俗に言う世代間ギャップに頭を痛めることになるのである。
「要は僕自身が読んでみたかったんですよ。こういう未解決事件だけを特集した大型連載って、意外とありそうでありませんから。
未解決事件自体は『警視庁追跡捜査係』シリーズでも既にモチーフにしていて、それをメディア側の人間に追わせるとどうなるのかを自分でも見てみたかった。今は重大事件の時効廃止で状況が多少変わったけど、時効の先は追えない警察と、書こうと思えばいつでも書ける新聞記者の違いや、捜査権のある警察と違ってお願いベースで話を訊くしかない取材の難しさなど、そのあたりの対比も書きたかったことの1つです」
件の「里香ちゃん事件」は、32年前、当時5歳の〈浜島里香〉が誘拐され、身代金2000万円を奪われた上に犯人確保にも失敗した、痛恨の未解決事件のこと。
「昔から誘拐は最も割りの悪い犯罪と言われるくらい、犯人はほぼ捕まるんです。その解決するはずの事件が解決せず、人質の生死もわからないままだとしたら、誰にどんな余波が及びうるかを書いてみました」
現在は高崎でIT企業を経営する父〈浜島隆平〉は当時中国企業相手の商社を営んでおり、スパイ絡みの犯行説も囁かれた本件を、そもそも連載で扱いたいと言い出したのは嶋だった。
が、その言い出しっぺが独断で行動するわ連絡は取れなくなるわで、取材の分担を相談しようにも食事の誘いすら断られる始末。むろん高岡も今時の29歳に酒席を強要するほど古くはないが、嶋はヤル気があるのかと思えば急に消極的になるなど、正直お手上げだ。
「僕自身には後輩も先輩もいないので、周囲に聞いて作ったキャラなんですけどね。コロナ禍以降は気軽に人を誘えなくなったとか、逆に断りやすくなったとか、組織を書く以上、そうした現代性は常に織り込むようにはしている。まして新聞記者は人と関わる仕事だけに、そこにコミュニケーションに難がある記者を置いたら何が起きるかなあと」