警察は抑圧システムにもなり得る

 結局、嶋は担当を外され、代わりについた〈「書ける」記者〉で元々生活部志望の〈岩尾麻里香〉や、各支局にちらばる同期達、32年前の失態を心の棘とし、今なお里香の写真を財布に入れて持ち歩く定年間近な所轄署刑事〈富島〉など、離散した浜島家の今に端を発した取材は、事件と直接的、間接的に関わった多くの人々の思いを呑み込み、高岡自身も〈取材から手を引け〉と脅迫されながら、驚きの真相へと読者を導く。

「この写真の話はもちろん創作です。年中事件に追われている彼ら警察官がそこまで引きずるのは物理的に無理ですし、せめて小説の中ではこんな刑事がいてもおかしくはないだろうと。でもそれは個人の話で、警察が素晴らしい組織だなんて言うつもりは毛頭ない。むしろ警察は抑圧システムにも十分なり得るわけで、昔の特高のようなシステムとしての悪を書くことが、今後の課題ではあります」

 警察には〈正義の組織〉であってほしいと望む高岡自身、その監視役としての存在意義をマスコミ全体が〈沈む船〉となりつつある今こそ、模索するかのよう。

「いまだに僕は、取材という手法を通じて表に出ていない事実を掘り起こすことはできるんじゃないかと、どこかで信じてるんですね。

 ただノウハウはあっても、それを乗せる船自体が沈んでしまっては元も子もなく、気持ちは非常に暗い。でもまだやりようはある気もするし、定年までまだ20年はある高岡達がどうなっていくのか、今回の富永や麻里香のように、気に入った登場人物を他の作品にも出したりしながら、現実と同時進行で見ていきたい気持ちがあるんですよ。だから1日に55枚書いても追いつかない。ちなみに麻里香は、さっきまで書いていた原稿では、長崎でトルコライスを食べていました(笑)」

 警察小説やスポーツ小説まで、積み重ねた作品数は年内に200作に届く予定。その194作目は、ペンを暴力で封じた何者かに対し、〈という話を書いてしまう手もあります〉と腹を括る高岡ら、書くことが唯一の抑止力だと信じて人に会い、前橋や新潟といった町々を自ら歩いては各地の美味をしばしの慰めとする、愛すべき記者達の意地の物語となった。

【プロフィール】
堂場瞬一(どうば・しゅんいち)/1963年茨城県生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒。新聞社在籍中の2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞。2001年の『雪虫』に始まる「鳴沢了」シリーズや「警視庁失踪課」シリーズ、「アナザーフェイス」シリーズなど数々の人気作品群をもち、2013年より作家専業に。今年も2010~2011作の新刊が予定され、200作突破を睨んだ『全国ツアーthe200』が版元の垣根を越えて開催中。175cm、体重は「ジム通いと併せて減量続行中です」。

構成/橋本紀子

※週刊ポスト2025年6月6・13日号

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