悪さをすれば、気がつかないうちに顔に出るという(写真提供/イメージマート)
悪さをすれば、気がつかないうちに顔に出る
では血走っていたというその目はいつ変わるのか。「取調べに最初から素直に応じる被疑者は少ない。最初は被害者が悪い、被害者のせいだと責任転嫁する者が多いものだ。容疑を否認している間は、イキがっている者も、だんまりを続ける者も目が血走り続け、顔に剣が出ている」とS氏。
それが変化するのは、罪を認めた時からだという。「罪を認めた者が大泣きしたりして、一気に秘密の暴露を話し始めた後は完全に顔が変わる。”完落ち”したホシは本当にスッキリした顔つきになる。改心すればスッキリした顔や瞳になり、充血はなくなる」(S氏)。
完落ちとは、被疑者が犯行や動機のすべてを供述する、すべてを自供するということだが、否認し続ける被疑者を落とすのは簡単ではない。「取調べに入るといつも思うのはこいつがホシでいいのか、落ちなかったら、黙秘されたらと色々考える。ドラマや映画では偉そうに横柄な態度を見せるような刑事役がいるが、こっちは正直なところいつも緊張感でいっぱいだった」。被疑者には余裕があるように見せていても、内心はドキドキしていたとS氏はいう。
黙秘するホシの口をどうやって割らせるのか、嘘を言っているホシをその気にさせるには、話をする気にさせるにはどうするのか。その鍵は「調べをする自分が信頼できる人間かとわかってもらうことだ」とS氏は頷く。「自分がどのような人物かわかってもらわなければ、殺しのホシは落ちない。ホシが凶悪犯だとしても、この人に話してみよう、聞いてもらおう、この人だと話してもいいやと思わせる誠実さが大事だ」。
人を殺した被疑者であっても、誠実に対応しなければホシは落ちないという。感情的に矛盾を感じそうだが、「話せば死刑になるかもしれないと考えれば言えるものも言えなくなる。そこを自供させるのが仕事になるので、最後はこっちの人間性になるだろう」(S氏)。
善人の顔、悪人の顔という表現があるが、元刑事が注意してきたのは顔の作りや人相ではなく表情の違いだ。「些細なことでも悪さをすれば、気がつかないうちに顔に出るものだ。刑事として沢山の顔を見てきたが、自分の顔を見ることはなかった」というS氏。取調べを行っていた自分が被疑者にどんな顔を見せていたのか、今になって気になるという。