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宇都宮直子氏、小学館ノンフィクション大賞受賞作『渇愛』インタビュー「犯罪の背景を想像するクセをつけるだけで何かが少しずつ変わっていくかもしれない」

宇都宮直子氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

宇都宮直子氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

〈おぢ〉と呼ぶ複数の年上男性から約1億5000万円を詐取し、しかもその手口を〈「りりちゃんの魔法」〉として情報商材化。詐欺及び詐欺幇助容疑で逮捕され、今年1月に懲役8年6か月、罰金800万円の実刑判決が確定した、〈頂き女子りりちゃん〉こと、渡邊真衣受刑者。この2023年の流行語にすらなりかけた事件に関しては、より客観的で分析的なアプローチも可能だろう。

 しかし、本書『渇愛』で第31回小学館ノンフィクション大賞を受賞した宇都宮直子氏は、そうは書かない。一時は彼女に過度に共鳴し、公私を忘れてのめり込んだ自身の揺れをも含め、誠実かつ克明に活写するのだ。

 現在も歌舞伎町に住み、〈この街では、人があまりにも簡単に死んでしまう〉〈特に「ホス狂い」たちは、すぐに「居なくなって」しまう〉と本書に綴る著者は、渡邊受刑者に関してもまずは命の心配をし、拘置所の近くに部屋を借りてまで接見を重ねた。動機はただひとつ。〈彼女は本当は、何を思っていたのだろうか。また、自分が起こしたことを、どのように捉えていたのだろう〉──それがわからなかったからだ。

 前著『ホス狂い』でもそうだ。著者は2019年の「歌舞伎町ホスト刺殺未遂事件」で自分の推しを滅多刺しにし、〈好きで好きで仕方なかったから〉と供述した女性の心理が理解できず、自ら歌舞伎町の住民となった。

「もちろん今も余所者ではあるんですけど、せっかく打ち解けた相手の気持ちが歌舞伎町の外に一度出るとリセットされてしまうし、特に緊急事態宣言当時は、私も同じものを背負ってるよっていう仲間意識が大事だったこともあります。

 当然、渡邊さんの評判も聞いてはいて、個人的には他人のことも自分のこともあまり大事じゃないというか、『彼女、いつか死ぬな』という危うさを感じていた。逮捕された時は『助かった』『保護された』と、ホッとしてしまったくらいです」

 こうして著者は名古屋地裁での公判や接見に通い始め、会う度に二転三転する彼女の言葉やその度に翻弄される自身の姿を、まずは第1章「誰も知らない、私だけの物語」に綴っていく。

 20歳からホストにハマり、〈昼職やめて、風俗行って、“詐欺に”っていう流れです〉〈体売っても、何しても、お金を稼いで、担当に使うというのは素晴らしいことなんです。歌舞伎町ではそれが褒められる世界なんです〉と初接見でまくしたてた彼女は、当初は風俗店などの客から店に内緒で金を引く〈裏引き〉のコツをSNSで公開して注目を集め、2020年前後には〈頂き女子革命〉と称してこれをカジュアル化。そのマニュアルの購入者は500人とも1000人ともいわれ、裁判でも多くの〈りりヲタ〉が傍聴券を求めて列を成すなど、彼女は〈地獄の食物連鎖〉に搦めとられた被害者とも、それを逆手に取ったカリスマともいえた。

「彼女自身もマニュアルに〈わたしは今まではおぢ側の人間でした〉と書いているように、自分がホストからされたことを裏返したのが、頂き女子なんですね。

 彼女にすれば自分はおぢ達から正当な対価を頂いただけで、むしろ性的に搾取された被害者なんだという、社会に対する〈処罰心〉を強く感じた。でもそれに似た感情は私の中にもあるし、〈真衣と私はそっくりなんです〉という母親の言葉を借りれば、全ての行動の目的が〈人に好かれること〉にあって、それしかコミュニケーションの取り方を知らない彼女にシンパシーを覚えてしまったんです。

 私の本業は事件や芸能の記者で、特ダネを抜くにはネタ元に『最初にこの人に情報を渡したい』と思わせる必要がある。つまり人に好かれなきゃいけなくて、そうしないと私達、生きてこれなかったもんねって。その感情移入が今思えば、間違いだったんですけど」

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