渡邊真衣受刑者(YouTubeより)
ひとつの理由で事件は起きない
以来、彼女の好きそうなお菓子やグッズを見つけては差し入れし、接見に通うことに依存すらしていたという著者は、第3章で彼女のために生命保険まで解約し、4000万近い財産を詐取された50代の被害者に取材したあたりから、ガラリと事件の見方を変える。
「実際にお会いした彼は、とても気遣いのできる方で、自分のあまりの認識の甘さに憑き物がストンと落ちた、あの瞬間は忘れられません。
中でもハッとしたのが、彼女の借金や不仲な両親に請求されたという養育費を結婚を前提に肩代わりし、それが全部嘘だった自分のケースと、元々金目当てのパパ活では前提が違うという主張で、まさにその通りだと。その被害者をSNSで叩く人までいることに深く彼は傷ついていて、私も心から反省させられました」
被害者にすら向けられる処罰感情や、渡邊受刑者のマニュアル作りに力を貸した〈ナンパ界隈〉や〈貢がせ界隈〉。また女性達が溶かした金の行方など、何もかもがきな臭く、現代そのものだ。が、著者は事件の正解を時代性だけにも、個人の資質や背景だけにも、安易に求めようとしない。
「ある支援者が言っていました。仮に彼女が捕まらなくても他の誰かが捕まっただろうし、いろんな条件が運悪くマッチしてしまったと。それを時代の犠牲者と言えば彼女を美化することになるので言いませんが、ホストや推しという言葉がもしここまでカジュアル化していなければとか、いろんなifを考えてはしまう。ただ、どんな事件もひとつの理由で起きることはないので、見立てはしないこと、そしていろんな人の意見をたとえ齟齬はあろうと聞くことを、心がけてはいます」
印象深いのは〈何が“自己実現”と“破滅”を分かつのか〉という自問にも似た問いだ。
「私が長い作品を書きたいと思ったきっかけの1つが秋田の児童連続殺害事件で、近所の方が取材中に言ったんです。もし犯人が東京に出ていたら、自分の人生を上書きできたのにねって。確かに誰もがままならない事情を抱え、それでも生きていかなきゃならない以上、何かがちょっと違うだけで私が彼女だった可能性や、年齢的に加害者の親だった可能性もあるんですよね。
そうやってなぜその犯罪が生まれてしまったのか、背景を想像するクセをつけるだけでも何かが少しずつ変わっていくかもしれない。少なくとも『面白がっちゃいけないよね?』って」
合計23回もの接見を重ね、手紙も交わしてきた受刑者に著者は本書を送り、処罰感情に未だ囚われたままに思える彼女の変化を今後とも見届けるつもりだという。
【プロフィール】
宇都宮直子(うつのみや・なおこ)/1977年千葉県生まれ。多摩美術大学美術学部卒業後、出版社勤務等を経て、フリーの記者に。事件や芸能分野を中心に取材活動を行なう傍ら、今年本作で第31回小学館ノンフィクション大賞を受賞(受賞時の表題は「極彩色の牢獄」)。他の著書に『ホス狂い』。「記者になる前は誰に嫌われようが『別に』っていう、1人エリカ様状態だったんですけど(笑)。今は『人に好かれよう』が習い性になってしまいました。書いて食べていくために」。158cm、A型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年8月1日号