記憶に残る名試合として安村と柴田さんが挙げたのが、1998年の横浜高校(時事通信フォト)

記憶に残る名試合として安村と柴田さんが挙げたのが、1998年の横浜高校(時事通信フォト)

 プロになるのは厳しくても、3年という短い期間にチームメートと全力を出し切れば、どうにか手が届くはずだ。多くの野球少年はそう信じて、甲子園をめざすのではないだろうか。 

 その先では、勝つこともあれば負けることもある。1999年7月26日、旭川実業は夏の地方大会の決勝で勝利した。その瞬間、安村は泣きながらベンチを飛び出し、グラウンドの仲間たちの歓喜の輪に加わった。 

「決勝の日が監督の誕生日だったんです。勝って甲子園に行けることになったので監督を胴上げして、仲間と一緒に泣きました。ぼくは試合に出てなくて全然疲れてなかったんで、監督をめちゃくちゃ胴上げしました(笑い)。みんなと一緒に甲子園に行けるのが本当にうれしかった」 

 難病のリハビリを続けていた柴田さんは3年生の頃から、試合に出るための最低限の練習ができるように。エースとしてチームを引っ張って難関の愛知県大会を勝ち抜いた。 

「それまで本当の病名は内緒にしていましたが、最後の夏の予選直前にチームメートに告げたんです。みんなは驚いて泣いてくれた子もいました。病気を隠してでも、どうしても甲子園に行きたいんだというぼくの覚悟が伝わり、準決勝と決勝は逆転勝ち。まさにチーム一丸で勝ち取った勝利でした」(柴田さん) 

 甲子園出場時、柴田さんは「全国でこの病気で苦しんでいる人を勇気づけたい」とメディアに語った。一方、はるかに多いのは夢破れる者たちだ。ライターで作家の菊地高弘さん(43才)は、友人のユニホーム姿に憧れて小3で野球を始め、高校は中央大附属高校に進学した。強豪校ではなかったが、「頑張れば報われる」と心で唱えて猛練習に励んだ。 

 高校3年生で迎えた夏の西東京大会4回戦。のちにメジャーリーガーとなるエースの岩隈久志を擁する堀越高校と対戦。ピッチングマシンを通常より打者に近づけるなどの“岩隈対策”を重ねて「おれたちなら勝てる」と信じて臨んだ試合の直前、菊地さんたちは言葉を失った。相手の先発メンバーに岩隈の名前がなかったのだ。 

「次戦以降のための温存でした。なめられていると思って一刻も早く岩隈を引きずり出そうと意気込みましたが、現実はそう甘くはなかった。結果は11対1の5回コールド負け。その瞬間、おれたちはこんなみじめな試合をやるために3年間頑張ってきたのかと、野球が大嫌いになりました」(菊地さん・以下同) 

 心を折られた敗戦から四半世紀が過ぎた現在に至るまで、菊地さんは「甲子園の呪縛」に悩まされている。 

「ぼくは甲子園に行けなかった側の人間で、いまだに高校野球を終わることができず、死に切れていません。特に甲子園の開会式は“あそこに立てなかった”と悔しくて自分の人生を呪ってしまう。毎年、新しい高校球児が出てくるのにぼくは浮遊霊のように、甲子園にずっととどまり続けています」 

 本気でめざしたゆえに、たどり着けなかったときの傷は深い。その思いは、寄り添う家族も同じだ。栃木県に住むYさん(49才/女性)が語る。 

「つい先日、息子が高校の野球部を引退しました。小1から野球を始めて、特にこの5年は野球漬けでしたが、甲子園には届きませんでした。私は地区予選には必ず足を運んでいましたが、毎回、勝てそうな試合展開なのに、なぜかあと少しで手が届かない。もっと前世で徳を積んでおけばよかったのかと真剣に思い悩み、泣いた夜もありました」 

 甲子園に棲む魔物とは、敗れ去った者たちの怨念なのかもしれない。 

(第3回へ続く) 

女性セブン202594日号 

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