3人の成長譚と、刻々と変わりゆく織田対反織田の情勢が絶妙に絡み、さらには平助のもはや滑稽なほどの嫉妬深さや、その平助を物同然に信長に献上する果心の冷徹ぶりなど、多種多様な人間がいてこそ織りなされるひとつの時代を丸ごと読んだ気分にさせられる。
「平助はホント人間臭くて笑っちゃうし、僕は好きですよ。信長や果心も酷いは酷いけど、いっそ溌溂としていて、いいかなとも思う」
出色は時に敵、時に味方として戦場を渡り歩く彼らが各地で目にする風景だ。特に天正5年9月、程なく織田軍3万5000が上杉謙信軍8000に謎の惨敗を喫する加賀・手取川の畔に円四郎が佇み、空を仰ぐ終盤のシーンは圧巻。
〈暖かい洋上の大気が大陸からの西風によって無慈悲に冷やされ、水平線の向こうから嵩高い入道雲が無数に湧き上がっている〉〈他国では既に秋も深まっているが、この地では未だに夏の擬態が続いている〉〈おれたちの夏……〉〈そう〉〈蜻蛉の夏だ〉──。
「3年前に北陸を取材した時の空がこんな感じだったんです。もう10月末なのに入道雲がわんさか湧いて、まさに〈仮初の夏〉でした。
擬態とか仮初とか、登場人物の自己が揺らいでこそ、僕らはその心象風景を書くことができ、それを燃料に物語は加速する。特に止観対鉄砲など、価値観自体が揺らぐ過渡期なら尚更で、大抵勝つのは文明なんです。合理性の名の下に無くてもいいものから廃れていく。ただし消えゆく一方の文化にも意地はあるっていう、彼ら道士の姿は象徴ではあるかもしれません」
彼ら孤高の道士が暗躍した〈薄闇の時代〉が去り、いよいよ〈恐怖と強欲〉の論理が幅を利かせる今なお、私達は文字列の中に現われた幻の炎や激流に身を任せることはできる。なるほど。小説もまた一つの幻術なのだ。
【プロフィール】
垣根涼介(かきね・りょうすけ)/1966年長崎県諫早市生まれ。筑波大学第二学群人間学類卒業後、会社員等を経て、2000年に『午前三時のルースター』で第17回サントリーミステリー大賞と読者賞をW受賞。2004年『ワイルド・ソウル』で第6回大藪春彦賞と第25回吉川英治文学新人賞と第57回日本推理作家協会賞、2005年『君たちに明日はない』で第18回山本周五郎賞、2016年『室町無頼』で第6回本屋が選ぶ時代小説大賞、2023年『極楽征夷大将軍』で第169回直木賞を受賞。165cm、73kg、A型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年10月3日号