「さあ、教えてやるよ。アタシの座右の銘。いいか? 飲めば死ぬ、飲まなくても死ぬ。」
座右の銘は「飲めば死ぬ、飲まなくても死ぬ」
そもそも、仕事で出かけた旅先で、疲れているのに飲みに行くのは好きでないとできないことだ。東京にいても同じことがいえる。どこかの街で仕事が終わり、まっすぐ帰らず飲みに行くというのは、コスパ、タイパ、ワークライフバランスの時代にそぐわない行為だ。しかしなぎらさんは、およそコスパがいいとはいえない、ワークライフバランスといっても、そもそもワークとライフの区別がしにくい生き方を通してきた。それも見事なまでに。酒の飲み方に人生のありようが反映しているとするなら、なぎらさんの酒、人生とは何であるのか。
「さあ、教えてやるよ。アタシの座右の銘。いいか? 飲めば死ぬ、飲まなくても死ぬ。つまり、飲めたほうが、いや、飲んだほうが、幸せじゃないかなと思ってる。飲まない人からは、あんたにそんなこと言われる筋合いはないよ、私は十分に幸せですよと言われるかもしれない。けれども、飲まない人は、そこにプラスαがあることをわかっていない。逆に言うと、飲むことを好む人は、プラスα分、人生を謳歌していると思いますね。まあ、酒に限った話ではなくて、プラスαをもった人生のほうがおもしろい。たまたまアタシたち飲み助は酒をプラスαにしている。その分、謳歌している。人生、楽しくしているんじゃないの?」
酒を飲む時間を、無為な時間と思う人がいるかもしれない。無為とは何もしないでぶらぶらしていることを言うのだから、それは正解だ。しかし、無為とはつまり、作為がない、ということだ。何かをするために、酒を飲むのではない。何のためにでもなく飲んで、あるときはひとり考え、あるときは周囲に耳を傾け、あるときは交わし合う言葉に憩う。酔いが手助けしてくれることで、じわりと深まっていく時間は無為なる時間だ。そして、酒場の無為なる時間は、実に長い。膨大な時間が、酒とともに吸収され、排出される。そのことに、なんの悔いもない。なぎらさんの言葉が沁みる。
「飲まなくても人生は楽しい。でも、飲めば人生はもっと楽しい」
なぎらさんは昨今、夜の散歩をしているという。1時間半くらいで7000歩から8000歩。暑くて仕方がなくて、飲み屋へ入っちゃったり、コンビニで缶チューハイを買って公園で飲むこともあると笑う。それでも、毎日歩き、歌詞の推敲をし、ギターを弾き、酒を飲む。大いに飲む。
齢70を超えて、自分より若くして亡くなった人もいる。そんな飲兵衛たちをどう見送って来られたのだろうか。
「50代で亡くなった人は、もう少し飲みたかっただろうなと思う。60代まで飲ませてあげたかった。それだけだな」
高田渡さんの享年は56。そんなことが私の頭をよぎった。
なぎらさんはこの日、夕刻から、私の終電前まで、6時間の酒を一緒に飲んでくれた。量は、私より多い。途中、お好み焼きを焼いてくれたのだが、これが抜群にうまくて、粉もんをあまり得意としなかった私は感激した。この連載のタイトルはどんなふうになるという問いに「酒と人生」ですと答えたら、なぎらさんは言ったのだった。
「飲兵衛の哲学。そんなものはない。アタシが言ってるんじゃなくて、酒が言わしてるんだ。だって、本人が覚えてねえんだから」
酒が言わす、とはいかなることか。今夜はこれを肴に、大いに飲むことにしよう。
(了。前編を読む)
【プロフィール】なぎら健壱(なぎら・けんいち)/1952年東京生まれ。父は宝石箱の職人で、京橋小3年で葛飾へ転居。都立本所工業高校在学中の1970年、全日本フォークジャンボリーに『怪盗ゴールデンバットの唄』で飛び入り参加。同曲はライブ盤にも収録され、1972年『万年床』でアルバムデビュー。翌年の2ndアルバムに収録された『悲惨な戦い』は大反響を呼ぶ一方、放送禁止歌に。その後も文筆家、俳優等で幅広く活躍する一方、ライブ活動も続行中。10月11日大岡山Goodstock Tokyo、10月25日 吉祥寺マンダラ2など、詳しいライブ情報はこちらから。 http://roots-rec.s2.weblife.me/index.html
◆取材・文 大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京都生まれ。出版社、広告会社、編集プロダクション勤務などを経てフリーライターに。酒好きに絶大な人気を誇った伝説のミニコミ誌「酒とつまみ」創刊編集長。『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『愛と追憶のレモンサワー』『五〇年酒場へ行こう』『酒場とコロナ』など著書多数。マネーポストWEBにて「昼酒御免!」が好評連載中。