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森バジル氏『探偵小石は恋しない』インタビュー 「新しい偏見が生まれたら、それを逆手に取ったトリックが生まれそうな予感はする」

森バジル氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

 福岡・西新駅の程近くに小さな探偵事務所を構える〈小石〉は、そもそも恋をしないし、興味すらない。ところが依頼の9割は浮気調査や〈色恋案件〉が占め、しかも彼女はある事情からそれらが〈病的に得意〉なだけに、憧れの密室殺人を本の中の名探偵さながらに解く夢は遠のくばかり──。

 2023年に第30回松本清張賞受賞作『ノウイットオール あなただけが知っている』で鮮烈なデビューを飾り、昨年刊行の『なんで死体がスタジオに!?』でも注目を集めた森バジル氏の最新刊『探偵小石は恋しない』は、そんな現代の探偵事情を逆手に取った設定や人を食った表題からして読む者をニヤリとさせ、それでいて私達の無意識に深く訴えかけもする、令和の今らしい探偵小説だ。

 物語はミステリー好きな小石と、少女漫画ファンで常識人なワトソン役〈蓮杖〉、さらに見た目はギャルだが事務処理能力は異様に高い現役大学院生〈雛未〉や、やたらと事務所に顔を出す生安課の〈片矢〉らを軸に基本は1話1依頼で進行。が、私達が小石の少々オーバースペック気味な推理力を堪能する間にも、街では正真正銘の難事件が人知れず起きていたのである。

「元々僕はトリックを思いつくのがあまり得意ではないし、犯人当てにも正直、そこまで興味がなくて(笑)。自分が推理小説を読む時も、自分の思い込みがグワッと覆される感覚とか、フーダニット以外を楽しみたいタイプではあります」(森氏・以下同)

 読書量こそ「他の方々に比べたら全然。少なすぎてコンプレックスなくらいです」と謙遜するが、自身が愛する名作ミステリーヘのオマージュやお笑いの要素もふんだんに盛り込まれ、独特の軽みやグルーヴ感も森作品の魅力のひとつだ。

「今回は小石をミステリー好きにしたので、少ないなりにも自分が本当に好きな作品の書名の力を作中でもお借りしています。架空の作品名を出したりするのは、あまり好みじゃないので。

 お笑いは子供が生まれてからは劇場にもあまり行けてないんですけど、事件が起きるまでの平坦な部分も、僕は素材やテーマが重い時ほど面白く読んでほしいと思っていて、影響はかなり受けていると思います」

 そう。本書は共に両親が離婚間近な高校生〈照屋〉と〈春風〉の〈苗字、変えたくないなぁ〉〈ねぇ。あたしたちは、卒業してからも、今の苗字のままで呼びあわん?〉という切ない会話で始まるプロローグから一転。〈もっとこう謎がほしいんだよわたしは〉〈刑事事件は普通に警察が解決するものなんです〉〈それ百回聞いた。聞き飽きた。正論きらーい〉など、本編では小石と蓮杖の凸凹コンビが日々軽妙なトークを繰り広げ、読者はすっかりそのペースに引き込まれてしまうのである。

 まず第1話の依頼人は、地元の名門公立高生〈佐藤澪〉18歳。父親が天神地下街を女性と歩くのを見たと友人から聞かされた彼女は父親の浮気調査を依頼し、料金はバイト代を貯めて必ず払うからと頭を下げる澪に同情した蓮杖は、小石共々父親を尾行することに。だがこの時、小石は依頼に隠された裏の裏まで、とうに見抜いていたのだ。

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