与えられた物語を信じてはいけない
そうした騒動の合間にも、あるはずもない民主主義の正解を巡って彼女達が悩み、自分の言葉で考える様子が心を打つ。初めての授業でリュウは言ったのだ。〈与えられた物語を信じちゃいけない〉〈民主主義の基本は、君たちが、自分自身で考えた物語を生きることです〉
すると日本はなぜ無謀な戦争を始めたのかと問われ、軍のせいだと答えたはずの孝子が、わざわざリュウを追いかけてきてこう言った。
〈うちも、だまされちゃったもんで。よく考えもせんで、信じちゃったもんで〉〈だから、賢くなりたいんです〉〈大事なものをちゃんと守れるように……〉
その瞬間、〈一緒に、探していきましょう。民主主義とは何なのか〉とリュウが4人の学びを気長に見守る覚悟を固めるように、森氏は〈待つ〉ことの大事さや、何かを知り、気づくことの辛さにも丁寧に目を凝らす。
「確かにかつて勤労動員で〈風船爆弾〉を作っていたクニは、何も学ばなければ自分の加害者性に気づかずに済んだとも言える。それでも人間は知ることでしか前に進めないし、その辛さを経て強くなっていくのは大事なことだと思います。
民主主義を書くに際して私がまずイメージしたのが、常に蚊帳の外に置かれてきた女性達のことで、マッカーサーが幾ら新しい婦人を作れと命じても、社会全体が変わらなければ逆に生きづらくなるだけ。今だって自由や平等や平和が本当にこの世界に根付いているかといったら嫌な予感しかしません。が、小説の中ではあくまでも、彼女達らしいそれぞれのゴールを、私なりに考えてみました」
何があろうと光を見失わないのが森作品の魅力。美央子が秘めるある企みや、リュウの不器用すぎる恋の行方など、とにかく先が気になって気になって、600頁があっという間だ。
「私は歴史というより、人間ドラマを書いたつもりですし、明るい話が基本的に好きなんです」
【プロフィール】
森絵都(もり・えと)/1968年東京生まれ。1991年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。1995年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞と産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、1998年『アーモンド入りチョコレートのワルツ』で路傍の石文学賞、『つきのふね』で野間児童文芸賞、1999年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、2006年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、2017年『みかづき』で中央公論文芸賞など受賞多数。153.3cm、O型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年10月17・24日号