オーソドックスな文体で書くほうが逆に大胆なんじゃないか
小説もエッセイも、癖のない、端正な文章で書かれている。日本語を母語としない書き手だとわからない滑らかさで、そのことを賞賛されることもあれば、注文をつけられることもあるという。
「母語じゃないから大胆に書いてほしい、日本語の母語話者が思いつかない表現をつくってみてほしい、という声を聞くこともあります。わかるんですけど、そういう要求があるからこそ逆に迎合したくない気持ちもあって、オーソドックスな文体で書くほうが逆に大胆なんじゃないかと個人的には思います。
ぼくはナボコフが好きで、ナボコフはロシア出身で英語の母語話者ではないんですけど、若いときから英語を学んでいて、必要以上に滑らかな英語を使っています。ちょっと母語話者の読者を小馬鹿にしてるんじゃないかと思わせるぐらいで、あのぐらい日本語で書けたらと思うほど、ナボコフの文章は好きですね」
専門の研究対象である谷崎潤一郎は、もちろん読むと面白いが、自分でああいう文章を書こうと思う対象ではないそうだ。
「谷崎の初期作品はすごく好きなんですけど、結構、文章の主張が強くて、物事はこうである、とくり返しくり返し書くスタイルですね。谷崎の場合は面白く書けるからいいですけど、同じようなものを書きたいとは思わないかな」
平易な文章で、世界の複雑さを複雑なままに伝えようと試みるエッセイ集である。
「今は、わかりやすく伝えることがあまりにも重視されているから、逆の方向から考えたいと思うんです。わかると思いこむ状況のほうが自分にとっては怖いので。
だから大学の授業を学生が評価するアンケートで『わかりやすかった』と書いていると、不安になります(笑い)。自分自身が学部生のとき、授業を受けた後で教室に入る前よりわからなくなったと感じた授業のほうが、価値があったと思う。自分がどれだけ世界のことがわかっていないかを気づかせるような授業がいいなと思っています」
来年は別の媒体で新しくエッセイの連載が始まるそう。英語と日本語の間を行き来する、第二言語話者の思いといったテーマからいったん離れて書く予定という。
【プロフィール】
グレゴリー・ケズナジャット/1984年アメリカ合衆国サウスカロライナ州生まれ。2007年クレムソン大学を卒業後、外国語指導助手として来日。2017年、同志社大学大学院文学研究科国文学専攻博士後期課程修了。現在、法政大学グローバル教養学部准教授。2021年「鴨川ランナー」で京都文学賞を受賞しデビュー。同年、受賞作を収録した『鴨川ランナー』を刊行。2023年「開墾地」で芥川賞候補に。同年、早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。2025年「トラジェクトリー」で2度目の芥川賞候補になった。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2025年12月4日号