北野武一覧

【北野武】に関するニュースを集めたページです。

安藤政信
監督デビューの安藤政信 「恩返しの連鎖」知った北野武の“言葉”
 オムニバス映画『MIRRORLIAR FILMS Season1』が9月17日より公開中だ。山下敦弘(45才)、安藤政信(46才)ら注目のクリエイターが監督を務めた9つの短編から成る映画制作プロジェクトである本作。この内の1つ『さくら、』で、俳優でありフォトグラファーとしても活動する安藤政信が映画監督デビューを果たした。安藤に、作品に込めた思いを聞いた。 1996年、北野武(74才)が監督を務めた映画『キッズ・リターン』で鮮烈なデビューを飾り、深作欣二監督(享年72)や三池崇史監督(61才)など数々の名匠の作品に出演してきた安藤。日本のみならず、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン、63才)や陳凱歌(チェン・カイコー、69才)といったアジアの名監督の作品でも存在感を放ってきた。そうした得がたい経験は、自らの監督としての自信にも繋がっているという。安藤が話す。「名だたる監督の下で仕事をした経験は、もちろん俺の血肉になってます。自分の経験を生かせば、俺も絶対に映画が撮れるっていう確信もありました。『MIRRORLIAR FILMS』はシーズン4まであって、最終的には36作品でコンペティションが行われるんです。俺はもちろん1位を獲るつもりで『さくら、』を作りました」(安藤、以下同) 安藤監督のこだわりは、カメラの長回しやシーンの大胆な省略など、緩急を付けた見せ方の随所にうかがえる。劇伴(劇中で流れる音楽)でもそのセンスは光っており、洗練されたビートが印象的だ。音楽を手掛けたのは、ビートメイカーとして活動するKM/Brodinski & Modulawだ。「打合せでKM/Brodinski & Modulawには、ラマ教のお経を聞いてもらったんですよ。人間関係のもつれのイメージを不協和音に託しつつ、ラマ教の女尊と男尊の合一のイメージというか、男女が絡み合って合体する感覚も表現してもらいました。『さくら、』は当初、映像同様に脚本に書かれたセリフもかなり強烈だったんですけど、修正していくなかで、柔らかくなっていったんですね。しかし、いざ、撮影した映像を観てみると、ちょっと違和感が残った。だったらいっそセリフは抑制しようということで、編集段階でセリフのあるカットをかなり削ったんです。その余白に劇伴がハマることで、作品のテーマが補強されましたね」 親しい表現者たちの助けもあって完成した『さくら、』。『MIRRORLIAR FILMS』への参加も、友人であり、このプロジェクトのプロデューサーを務める山田孝之(37才) に頼まれたことがきっかけだという。「俳優として、アーティストとして、何よりひとりの人間として、他者とのつながりを何よりも大切にしている」と安藤は話す。「若い頃は、自分の譲れない部分で頑なだったりして周りと衝突することもあったけど、この年齢になって柔軟になったかもしれない。でも、人と人との関わりは昔から大事にしていて、そこは変わってないはずです。人に敬意を持って接するってことは、ずっとやってますね。事務所を辞めてフリーになっても、ドラマに呼んでくれるスタッフがいる。未だに俺を必要としてくれる人たちには感謝しかないです」 次回作にも意欲を見せる安藤。映画監督としての目標は、「世界三大映画祭のコンペティション部門への出品」と言い切った。「映画人としてはやっぱりベルリン、ヴェネツィア、カンヌを目指したいですよ。台湾映画『セデック・バレ』でヴェネツィア国際映画祭のレッドカーペットを歩いた時、自分の国の名前を背負うことの誇りや重みを知りました。役者としても目指し続けたいけど、今後は監督として活動していきたいという気持ちが強い。日本映画の監督としてあの舞台に帰りたいんです。それになんか、俺行けそうな気がするんですよ(笑い)」 映画監督としてのキャリアはまだ始まったばかりだが、俳優業はもちろんのこと、フォトグラファーとしても活躍する安藤。さまざまな領域を軽やかに行き来し、表現し続けるそのバイタリティの源はなんなのか。「感謝の気持ちですよね。役者としては、今までお世話になったプロデューサーや監督たちに芝居で恩返しし続けたいし、映画監督としては、愛する友人たちがくれた感性と愛を作品に昇華することで、彼らに報いたい。『さくら、』も尊敬するキャストやスタッフたちのおかげで作れました。彼らへの感謝を示すためには、口で『ありがとう』って言うだけじゃ足りなくて、これからの活動で示すしかないんです」 これからの活動で報いる。そう思うようになったのは、人づてに聞いた北野武さんの言葉がきっかけだったという。「武さんが『俺が出したアイツ、最近売れてるな』とおっしゃってると“たけし軍団”の人から聞いたことがあって。その時、自分がその後の活動で結果を残したことが、わずかだけど恩返しになってたのかもしれない、と気付きました。 だから、映画監督としての俺も、『さくら、』を手伝ってくれた人たちのために、これからもっと成功しなきゃいけないんです。人生ってそういう恩返しの連鎖なのかもしれないですね」【プロフィール】安藤政信 (あんどう・まさのぶ)/1975年、神奈川県出身。1996年、北野武監督の『キッズ・リターン』で主演として俳優デビュー。主な映画出演作に『バトル・ロワイアル』(2000年)、『69 sixty nine』(2004年)、『46億年の恋』(2006年)など。海外での俳優としての評価も高く、『花の生涯~梅蘭芳~』(2009年)や『セデック・バレ』(2011年)、『無無眠』(2015年)などのアジア映画にも多数出演。ポートレイトやファッションカタログなどを手掛け、フォトグラファーとしても活躍する。◆取材・文/安里和哲、写真/木川将史
2021.10.05 07:00
NEWSポストセブン
映画やドラマの第一線で活躍し続けている(時事通信フォト)
西島秀俊が北野武監督の映画で再び主演か「北野さんは僕の恩人」
 50才になり、再び多忙を極めているのが西島秀俊だ。5月17日から放送が始まったNHKの連続テレビ小説『おかえりモネ』に主要キャストとして出演。ヒロインを気象予報士へと導くメンターとして、存在感ある演技を見せている。 5月31日からは、主演ドラマ『シェフは名探偵』(テレビ東京系)が始まり、8月からは村上春樹の短編小説を原作とした映画『ドライブ・マイ・カー』に主演する。多忙を極めるさなか、西島がビッグプロジェクトにも参加していたことが女性セブンの取材でわかった。「北野武監督の最新映画に出演予定だと聞いています。現在、撮影中なので、西島さんは他の撮影と重なりながら、挑んでいると思われます」(映画配給会社関係者) 北野監督が、2017年公開の映画『アウトレイジ最終章』以来、4年ぶりにメガホンを握るのは、自身が2019年に執筆した歴史小説『首』が原作の時代劇だと言われている。 舞台は戦国時代。織田信長が天下統一へ突き進む時期から、本能寺の変、そして豊臣秀吉が明智光秀を討ち取る山崎の戦いまでの物語だ。前出の映画配給会社関係者は「信長、秀吉、光秀から徳川家康まで登場するが、誰一人ヒーローとして扱われていない。まさに全員悪者だった『アウトレイジ』の戦国時代版といったテイスト。原作の主役は秀吉の下で働く農民出の家来で、冷たい笑いや残酷な描写が印象的です」と解説する。 さらに、「既にクランクインはしていると思われるのですが、情報管理が徹底されていて、なかなか概要が見えてきません。ただ、西島さんは主演級だと見られています」と前出の映画配給会社関係者は明かした。 コロナ禍ということもあり、映画撮影は長期間にわたるケースが増えている。NHKの朝ドラに出演している西島にとって、スケジュールのやりくりなど、ハードな日々を送っていることだろう。それでも「この映画に絶対に出たい」という思いが西島にはあったようだ。 6年前に西島は、主演映画『劇場版MOZU』で北野監督と初共演した際に、「(たけしさんは)僕を見出してくれた恩人。心の師匠と勝手に思っていました。その方と俳優として対峙できて、宝のような時間だった」と告白。そこまで敬愛された北野監督も「実力をつけて人気者になって、日本を代表する役者になったのに、一銭のお礼もなく理不尽な男だと思っています。10円でも20円でも病気でも、くれるものならなんでももらう男なのでよろしくお願いします」と、照れ隠しで冗談交じりに返して笑いを取っていた。 ある芸能リポーターは、「西島さんは学生時代から『ビートたけしのオールナイトニッポン』を欠かさず聴いていたほどの大ファン。そして何よりも、31才の2002年に北野監督の映画『Dolls』で主演に抜擢された。その恩をずっと感じているのです」と解説した。 西島は、21才で俳優デビューしたあと、アイドル路線を求める事務所との方向性の違いから、1996年に移籍。それに伴い、1997年から2002年まで民放ドラマに5年間も出ない時期があった。 そうした中で、北野監督が映画『Dolls』の主演に抜擢。この映画はヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門正式出品作にもなり話題に。再浮上のきっかけともなった。「北野監督は、今回の映画は“最後の作品になってもいい”という思いで、撮影に挑んでいると聞きます。西島さんをはじめ、多くの人が“たけしさんのために”という思いで一致しています。全員の士気が高く、最高傑作になる可能性は高いです」(前出の映画配給会社関係者) 映画の詳細が待ち遠しい。
2021.06.01 16:00
NEWSポストセブン
日本記者クラブで会見するポン・ジュノ監督(dpa/時事通信フォト)
ポン・ジュノ監督『ほえる犬は噛まない』何がすごいか【ミニシアター押しかけトーク隊第4回】
 コロナ禍で苦戦する全国の映画館を応援しようと、4人の映画人がオンライン・トークショーを行っている。『ミニシアター押しかけトーク隊「勝手にしゃべりやがれ」』と題したイベントでは、賛同した劇場で上映された作品について、荒井晴彦(脚本家、映画監督)、森達也(映画監督、作家)、白石和彌(映画監督)、井上淳一(脚本家、映画監督)の4氏がオンラインで縦横無尽に語る。その模様は、上映直後の映画館の観客が観覧できるほか、YouTubeでも公開されているが、ここではそれを活字化してお届けします。今回のテーマは、『ほえる犬は噛まない』ほか、ポン・ジュノ監督の作品群(白石和彌氏は今回欠席)。その後編をお届けします。どうやってこれをシナリオ段階で思いつくんだろう井上:この映画、お客さんもご存じかと思いますけど、原題は『フランダースの犬』ですからね。で、ちゃんと日本のアニメの『フランダースの犬』のテーマソングをカラオケで歌うし、ラストの音楽も『フランダースの犬』じゃないですか。森:そうなの? カラオケのシーンってあったっけ。井上:映画の始めのほうで、大学院生たちが集まってカラオケで歌うのが「フランダースの犬」でしょ。だからタイトル自体も「フランダースの犬」と同じように犬が可哀そうということを象徴させているんですよ。森:……ポン・ジュノは策に溺れすぎるよね。井上:こういうところは策士で、ほんとうにうまいと思うんですよね。最後のほうで大学院の青年の奥さんが教授に賄賂のお金を入れたケーキの箱にケーキを入れようとしたら、上のイチゴだけがひっかかってそれを一個だけ取るとか、よくこんなことを思いつくなあと思って。荒井:俺はトイレットペーパーのところは感心したなあ。奥さんと賭けをしてコンビニまで100メートルあるかどうか喧嘩して、旦那が100メートルのトイレットペーパーを転がすところはいいねえ。森:あそこは僕も唸った。ああいう細かいところはすごいですよね。井上:しかも、あのトイレットペーパーの結末は見せないんですよ。見せないで結果がわかる。あの表現の仕方っていうのはすごいですよ、ヤバいんじゃないかっていうぐらい。森:うん。そういうディテールは、確かにポン・ジュノはすごいと思います。でもそのディテールが、時おりディテールを超えてしまって、そうなると鼻につくときがある。この編集、このカット割りすごいなというのはあるんですけど、同時に、ぼくは原題が『フランダースの犬』っていうのは知らなかったけど、知っている人はすぐわかっちゃうわけでしょ。そのへんすごくベタで、それこそ『グエムル―漢江の怪物―』で最後に出てくる怪物退治のための武器というか薬剤が明らかな枯葉剤のパロディで、その意図はもちろんわかるけれど、でも同時になんでこんなにベタベタにしちゃうのって思ったりしちゃうんですよ。何だろうな。自分の表現についての含羞が足りないのかな。含羞とか言葉にしてしまうと、それはそれでちょっと違うのかな、という気がまたしてくるけれど。井上:俺がちりばめているアレを気づいてくれよみたいなことですね。しかも結構気づきやすいことをやっているという。森:間接話法やメタファーとして底が浅いからこそ、トイレットペーパーやイチゴのケーキはほんとうに見てて感心しますね。井上:どうやってこれをシナリオ段階で思いつくんだろうと思って。ちなみに今、『グエムル』の枯葉剤の話が出ましたけど、『ほえる犬は噛まない』も青年が犬を散歩中に見失うというのは、消毒の煙で見えなくなってしまうせいなんですよね。で、『パラサイト 半地下の家族』でもあそこの半地下に暮らしていて、町全体を消毒する薬が散布されるシーンで、ソン・ガンホが「窓を開けたままにしておけ。部屋を消毒してもらおう」と言う。で、『グエムル』でもあの怪物が出現する河川敷に消毒薬を散布するじゃないですか。荒井:コロナの時も韓国では消毒薬をまいてたよね。日本ではなんで消毒薬をまかないの? 手を洗えとかそんなことばっかり言ってて、なんで消毒薬、使わないのかね。井上:なんでなんですかね。そういう風習があったのか。荒井さんの子供の頃ってああいうのはあったんですか。荒井:シラミ駆除のDDTなんていうのは、俺やられた記憶ない。赤ん坊かまだ2、3歳か、その頃じゃない。井上:もしかしたら日本人は戦後、占領軍にDDTの白い粉をまかれたっていう恥辱の記憶があるからまかないんじゃないですか。 ところで森さんは『殺人の追憶』を見ていないんですよね。最近、見直したんですけど、すごい傑作で、「キネマ旬報」の2000年代の洋画ベストワンに選ばれたんですけど、ほんとうに犯人が捕まっていない実話の殺人事件を描いた映画なんです。で、犯人を捕まえずに映画を終わらせているんです。それがまたこういうオチしかないないというふうに見事に描くんですよ。だからぼくなんかは演出もだけど、シナリオの技として、よくこの題材を、韓国人ならだれでも知っている連続殺人事件、しかも戒厳令下で、一九八六年の話だから、翌年にあの一九八七年の民主化運動が起こるわけで、その前年じゃないですか。そういうところはあざといぐらいにうまいんですよ。森:もちろんポン・ジュノはそういうところはすごいですよ。それは彼だけじゃなくて韓国の映画を見ているとやっぱりホンの完成度が高いなと思いますね。ふとわが身を振り返って日本の映画と比べてみてもね。完成度がずいぶん違うなというのは実感しますね。井上:荒井さん、韓国映画のホンに対しては言いたいことがありますよね。荒井:森さんはどのへんの韓国映画のことを言っているのかわかんないけども。森:たとえば、今、ネットフリックスで『愛の不時着』を見ているんですけど、やっぱり見事ですよ。まだシーズン2回ぐらいしか見てないですけど、単純に北朝鮮の兵士と木に引っかかった南の財閥の令嬢が出会って、でも、そこから二転、三転するからね。『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2018)だって、政治的な触りづらいことにしっかりと手を突っ込む力だけではなく、まったくノンポリな主人公をソン・ガンホに演じさせることで、政治権力とインテリ学生の対立構造にもう一つ物語の軸を設定する。やっぱりストリーテリングの力が秀でていると感じます。でも荒井さんはそうでもないんですか。荒井:脚本に関しては、エンターテインメントにするためにけっこうラフな作り方をするなと思うな。明らかに権力から売られた喧嘩を買っている森:たとえば、例はありますか。井上:前に荒井さんは、『タクシー運転手』で主人公のソン・ガンホが一回、光州から出る。それはエンタメとして盛り上げるために、後半、戻ってカーチェイスをやるために人間を動かしているようにしか思えなかったと言っていましたね。ほんとうにあのキャラで、光州であれだけの経験をして、それでもドイツ人を置いて光州の外へ出るだろうか。テーマは見事だと思いつつ、やはり韓国映画のそういうことは僕も気になりますね。ドラマを盛り上げるために、敢えておざなりにしているとしか思えないところがたくさんある。娯楽のために人間を動かしている。荒井:『タクシー運転手』で言えば、検問、わざと見逃したとしか思えないし、事実に基づいた話ということになってるけど、カーチェイス、本当にあったのかと思ってしまうし、面白くするなら、俺は記者を女にするな。最近見た『君の誕生日』は、後説にするんだよ、ぜんぶ。修学旅行で船で死んだ子供と親の話なんだけど、お父さんがベトナムから帰ってくると家に入れてもらえないというファーストシーンから始まって。息子が死んで、その時にお父さんいなくて大変だったみたいなことでお母さんに拒絶されてんだけど、お父さんは会社のことで刑務所に入っていたみたいで、それならしょうがないだろうと思うんだけど、そういうのを全部、後、後に持ってくるのよ。サスペンス映画じゃないのに。井上:荒井さんはドラマの作り方としては、父親が刑務所に入っていましたという前提をちゃんと描いた上で、その後のすれ違いをやるべきだと言うわけですね。それがドラマだと。森:ぼくはその映画は未見ですけど、修学旅行で船で死んだというのは2014年のセウォル号の沈没事故の話を描いているわけでしょ。韓国映画は、光州事件を描いた『タクシー運転手』も、民主化闘争を描いた『1987、ある闘争の真実』(18)も非常にテーマとして硬派なものを選ぶじゃないですか。だってセウォル号みたいな事件が日本であったとしても、それにインスパイアされて亡くなった子供と母親のドラマを、それも事故から数年後に、日本ではなかなかつくれないと思うんです。その辺りのつくる業の深さが韓国のほうが深いのかなって思いますね。荒井:それは日本ではなかなかできない政治的な映画もそうだし、セウォル号もそうだし、たしかそのセウォル号のドキュメンタリーをやろうとして釜山映画祭がやばくなったんでしょ。井上:セウォル号の沈没事故をめぐって政府の対応の問題点を告発したドキュメンタリー『ダイビング・ベル(原題)』をやろうとして釜山市長が上映中止を要請してね。ちなみに映画祭の独立を支持する韓国の映画人が総決起したんです。そこからして日本とは違うわけですよ。たとえば東京国際映画祭で「桜を見る会」の映画を上映しようとして、政府と東京都が後援しませんとなったときに映画人がそんなことをやるかと。単純な話、『宮本から君へ』(2019)の助成金の問題(註・映画に出演したピエール瀧が麻薬取締法違反で有罪判決を受けたために文化庁が助成金1000万円の交付が取り消された)で、映画人みんな立ち上がるかみたいなことだと思いますよ。森:東京国際映画祭でいうと、去年、ぼくの『I 新聞記者ドキュメント』(2019)は賞をもらいました。コンペにエントリーすると河村光庸プロデューサーから聞いたとき、よりによって東京国際映画祭でこんな政治的で反権力的な映画が賞をとれるはずがないじゃないかと思ったけれど、結果的に受賞できてびっくりしました。初日のレッドカーペットを歩くときも、安倍晋三が来るという噂があったから望月衣塑子を隣で歩かせようとかみんなで真剣に話していて、結局、来なかったんだけど(笑)。でもそうした企みにも映画祭は加担してくれて。具体的には矢田部吉彦映画祭ディレクターの力は大きいのかな。ああ、ずいぶんイメージと違うなと思いました。東京国際映画祭ってそれまで全然縁がなかったから。 さっきの釜山映画祭の話ですけど、この上映に反対した釜山市長はパク・クネ大統領の側近で、この映画を上映するならば助成金をカットすると言い出した。そこで韓国の映画人が怒って総決起して、さらにカンヌ、ベルリンと世界の映画祭も連動して抗議の声をあげた。でもその前に、周辺だけではなく当局から標的にされた釜山映画祭も、政治的に偏向する作品があって当たり前だと宣言して、最終的には焦点になった『ダイビング・ベル』を、上映中止どころか映画祭オープニング作品にした。明らかに権力から売られた喧嘩を買っている。日本では無理だろうな。井上:『愛の不時着』は見事に北と南にしたけど、ぼくは韓国のラブ・ロマンス、男と女の話は北と南のメタファーだということをずっと言い続けていて、だから韓国映画では安易に結ばれないという作品が受け入れられる。『殺人の追憶』でも犯人を見つけられなくてもいい。線一本で自分のところの民族が分断されているのに、そんな簡単に人と人って分かり合えないよということを意外と作り手たちは自覚的にやっているという気がするんですよ。とくにポン・ジュノたちの世代って。荒井:それは未解決事件を扱うから?井上:それだけじゃないけど、少なくとも未解決事件を未解決事件のまま描く。世の中には解決しないことがあるぜ、と。荒井:デヴィット・フィンチャーも『ゾディアック』で未解決事件をやっていますけど。森:でも井上さんが、作り手たちがその辺をわかっていてと言うのは、まさに社会だよね。社会全体がそういう意識もあるだろうし、たしかに北と南で遠い親戚にもいまだに一度も会えない現実っていうところで暮らしているということは何か違う意識、違うタテ軸みたいなものが自分のなかに入ってきてもおかしくないんだろうなと思います。井上:だからもう一度『ほえる犬は噛まない』に戻ると、やはり犬を殺した主人公が断罪されないっていうことになんかあるんじゃないかと思うんでしょ。イ・チャンドンの『シークレット・サンシャイン』(2007)でもそんなラストで、と言いつつも忘れちゃったけど(笑)。荒井:ラストは水たまりに陽が差すんだよ。へええ、と思ったけど。井上:あ、そうか、自宅の庭でチョン・ドヨンが髪の毛を切っていて、髪の毛が飛ぶんだ。荒井さんて、なんちゅう記憶力がいいんですか!荒井:え、これで終わるの、それが芸術?と思ったからおぼえている。今の韓国映画を見ると昔の日本映画に似ている井上:ディテールの人なんだ。ところで、森さんにちょっと質問なんですけど、今度、ドキュメンタリーを離れて、劇映画を撮ろうとしているじゃないですか。その場合、ドキュメンタリーを撮っている時から、ああ、こうやって撮るんだとか、こういう演出なんだって思って映画をご覧になっているんでしょうか。どういう見方をしていますか。森:自ら選択してドキュメンタリーを撮っていたわけじゃないんです。気がついたらドキュメンタリーの現場にいたという感じで。その前は、自主映画時代も含めてずっと劇映画が前提でした。作ったこともなければほとんど観てもいない。別のジャンルだと思っていました。でも実際にやってみると、撮影後の作業、つまりポスト・プロダクションにおいてはドキュメンタリーとドラマはそれほど違わないし、もちろん台本があるかないかは大きな違いだけど、ドキュメンタリーの場合は現実という台本があって、題材や被写体によっては、その台本が自分のイメージをまったく凌駕するような展開になるから、これはドラマよりも面白いぞ、と思っていた時期もありました。でもやっぱりドキュメンタリーを撮りながらも劇映画はずっと頭の中にありましたから。だから映画を見るときも、ああ、このカットの後、こうしたかとかカメラアングルはこうしたのねとか、これな何の伏線なんだろうとか、その意味では普通に観ていますね。ドキュメンタリーの作り手だからって、観方は変わらないです。 今回、見た『ほえる犬は噛まない』のDVDにはポン・ジュノが描いた絵コンテが付録でついていて、それをみて、ああ、ポン・ジュノは絵がうまいんだなと思いました。井上:だってポン・ジュノはマンガ家になりたかったんですよね。森:エドワード・ヤンも見事な絵コンテを残しています。ぼくは絵が致命的に下手なので、劇映画の監督は無理だなって。井上:そんなことないですよ。荒井さんは、絵コンテなんて描いたことないですよ(笑)。荒井:俺、写生とかは、小中でいつも賞もらってた。祖父の血かとか言われたけど、写生じゃない絵は下手なの。森:だからいろいろ考えながら、もうすぐ撮るわけなんで、意識して見ていますね。井上:荒井さんはどうなんですか。韓国映画の脚本は粗いとか無理くりとか思いながらも、やっぱり韓国映画の力、テーマの選び方はどっかですごいなと思っているんですか。あるいは俺を直しで入れてくれればよかったのにとか思っているんですか。荒井:やっぱり韓国はずっと軍事独裁で来て、民主化をやって自分たちで民主主義を勝ち取ってきているから、そういう連中が政府に入ったり、映画の側に回ったりだから、日本とは違うんじゃないのかな。だからお客さんもわりあいそういう映画を見るしね。ただ、大統領じゃなくなるとみんな刑務所に入るっていうのは、どうなんだろう。昨日、ソウル市長が自殺したけどさ、なんか激しい国だなと思うよね。バッシングというか役者さんも、日本でこの間、ネットでディスられて自殺したけど、韓国もああいうのは多いじゃない。井上:森さんは、今の韓国社会をどう思っているんですか。森:東アジアって近似するというか共有するものがすごくあって、ひとつは集団力の強さ、言い換えると個が弱いんです。でもみんなで一緒になってなにかやろうとする力が非常に強い。これは見方を変えれば同調圧力であり、戦争や虐殺が普遍的に持つ構造だと思うので、ぼくはあまりポジティブにはとらえられない。でも日本の高度経済成長は、集団の結束する力が成長する企業として前面に出てきて成功したわけですよね。大勢が一糸乱れず演技するマスゲームって今は北朝鮮のお家芸みたいになっているけど、あれ一番得意だったのは、戦中の日本ですからね。要するにチームプレー。みんなで一緒に動く。個人プレーは許さない。日本を含めて東アジアは、この傾向がとても強い。 それは韓国も同じなんだけど、でも日本にくらべれば個が強いのかな、我が強いというのか、情念が濃いというか。泣くときは激しく泣くし、怒るときは激しく怒るというところが、ちょっと日本とは違うという気がしますけどね。いったん火が付いたらワッと燃え上がるみたいな、日本もそういうところはあるんだけど、韓国は日本以上に過剰かもしれない。でもたぶん、ヨーロッパとか個が強い国から見たら、同じように見えますよ。もちろん集団化は人類の本能だから、戦争や虐殺は欧米にもあるし、魔女狩りとか異端審問とか、集団の過ちは同じように犯しています。その意味では同じ。だからこそ大切なことは、意識的に個を屹立させるだけではなく、自分たちの過ちを含めての歴史認識を持つことです。僕たちがもくろんでいる映画が、その有効な補助線になれればいいけれど。井上:なるほど。ではそろそろこの辺で会場からの質問を受けたいと思います。──この『ほえる犬は噛まない』という映画はすごく面白かったんですが、こういう映画って日本にはなかったように思うんですが、どうでしょうか。井上:少なくとも今の日本映画にはないですけど、40年ぐらい前にはあったんじゃないですか。やくざ映画でも時代劇でも勧善懲悪じゃなくて、ある権力構造をやろうとしてたじゃないですか。どうですか、荒井さん?荒井:うーん、そうね、松竹ヌーヴェルヴァーグの大島渚以降、1960年代、1970年代は人によってはそういう感じの面白い映画をやっていたよ。だから今の韓国映画を見ると昔の日本映画に似ているよね。「影響を受けた監督は北野武と阪本順治」井上:森さんは映画青年だった時代も含めてどうですか。森:リアルタイムでは見ていないんですけど、学生時代は名画座に行って田中登特集とか若松(孝二)さんの特集を見たりして、ピンク映画でも予算を引っ張ってきて自分たちのやりたいものをつくっていた。ぼくが大学を卒業したあたりでディレカンが発足して、ディレカンの初期の作品なんかはいいですよね。今、ふっと思ったけど、山下敦弘の初期の作品って、極めてポン・ジュノと肌触りが近いですよ。ぜんぜんストーリーの持って行き方とかは違うんだけど、力の抜け方みたいなところが似ていますよ。今はたしかにないですけど、昔はいっぱいありました。井上:ぼくもまったく同じ意見ですけど、ちなみに荒井さん、森さんが山下敦弘の名前を出したらあれっという顔をしたけど。荒井:ええ、山下はむしろホン・サンスに近いんじゃないかと思って。森:それもあるかな。山下の『ばかのハコ船』(2003)って大好きなんですよ。井上:あれはすごい。荒井:でも、あれは、まさにホン・サンス的じゃない?森:うーん。二人にそう言われると、そうかもという気がしてきた。カウリスマキとかジャームッシュとかによく譬えられるけれど、確かにホン・サンスかも。井上:ちなみにポン・ジュノは知りませんけど、2000年代に出てきた韓国の映画監督たちがフィルメックスでアフタートークをやると、「影響を受けた監督は北野武と阪本順治」ってずっと言っていたんですよね。それも一人や二人ではなくて、かなりの監督がそうでした。これはとても興味深いと思いましたね。(了)◇構成/高崎俊夫 ◆劇場情報 このトークライブが行われたのは「高田世界館」です(於・2020年7月11日)。新潟県上越市本町6-4-21(http://takadasekaikan.com/)【プロフィール】●荒井晴彦/1947年、東京都出身。季刊誌『映画芸術』編集・発行人。若松プロの助監督を経て、1977年『新宿乱れ街 いくまで待って』で脚本家デビュー。以降、『赫い髪の女』(1979・神代辰巳監督)、『キャバレー日記』(1982・根岸吉太郎監督)など日活ロマンポルノの名作の脚本を一筆。以降、日本を代表する脚本家として活躍。『Wの悲劇』(1984・澤井信一郎監督)、『リボルバー』(1988・藤田敏八監督)、『ヴァイブレータ』(2003・廣木隆一監督)、『大鹿村騒動記』(2011・阪本順治監督)、『共喰い』(2013・青山真治監督)の5作品でキネマ旬報脚本賞受賞。他の脚本担当作品として『嗚呼!おんなたち猥歌』(1981・神代辰巳監督)、『遠雷』(1981・根岸吉太郎監督)、『探偵物語』(1983・根岸吉太郎監督)など多数。また監督・脚本作品として『身も心も』(1997)、『この国の空』(2015)、『火口のふたり』(2019・キネマ旬報ベストテン・日本映画第1位)がある。●森達也/1956年、広島県出身。立教大学在学中に映画サークルに所属し、テレビ番組制作会社を経てフリーに。地下鉄サリン事件と他のオウム信者たちを描いた『A』(1998)は、ベルリン国際映画祭など多数の海外映画祭でも上映され世界的に大きな話題となった。続く『A2』(2001)で山形国際ドキュメンタリー映画祭特別賞・市民賞を受賞。は東日本大震災後の被災地で撮影された『311』(2011)を綿井健陽、松林要樹、安岡卓治と共同監督。2016年にはゴーストライター騒動をテーマとする映画『Fake』を発表した。最新作は『新聞記者』(2019・キネマ旬報ベストテン・文化映画第1位)。●白石和彌/1974年、北海道出身。中村幻児監督主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督に師事し、『明日なき街角』(1997)、『完全なる飼育 赤い殺意』(2004)、『17歳の風景 少年は何を見たのか』(2005)などの若松作品で助監督を務める。2010年『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編デビュー。2013年、ノンフィクションベストセラーを原作とした映画『凶悪』が、第38回報知映画賞監督賞、第37回日本アカデミー賞優秀監督賞・脚本賞などを受賞。その他の主な監督作品に、『日本で一番悪い奴ら』(2016)、『牝猫たち』(2017)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)、『サニー/32』(2018)、『孤狼の血』(2018)、『止められるか、俺たちを』(2018)、『麻雀放浪記2020』(2019)、『凪待ち』(2019)など。●井上淳一/1965年、愛知県出身。大学入学と同時に若松孝二監督に師事し、若松プロ作品に助監督として参加。1990年、『パンツの穴・ムケそでムケないイチゴたち』で監督デビュー。その後、荒井晴彦氏に師事。脚本家として『くノ一忍法帖・柳生外伝』(1998・小沢仁志監督)『アジアの純真』(2011・片嶋一貴監督)『あいときぼうのまち』(2014・菅乃廣監督)などの脚本を執筆。『戦争と一人の女』(2013)で監督再デビュー。慶州国際映画祭、トリノ国際映画祭ほか、数々の海外映画祭に招待される。ドキュメンタリー『大地を受け継ぐ』(2016)を監督後、白石和彌監督の『止められるか、俺たちを』で脚本を執筆。昨年、監督作『誰がために憲法はある』を発表。
2020.11.03 16:00
NEWSポストセブン
北野武氏が「生き抜くヒント」を語った
北野武が語る「コロナ時代の閉塞感」との向き合い方
 バラエティから映画、アート、小説に至るまで幅広い活躍を続ける北野武氏(73)。そんな彼にも、人知れず満たされぬ思いを抱える悶々とした青春時代があった。コロナ禍でいまだ先の見えない状況が続く中、北野氏が語る「閉塞感との向き合い方」とは──。 * * * 新型コロナウイルスの感染が拡がってから、どうも社会全体がどんよりした空気に包まれてしまっているね。 そのせいか、不幸なニュースも続いている。国内の自殺者は7月から3か月連続で前年比増らしい。芸能界でも三浦春馬や竹内結子みたいな人気者が自ら命を絶ってしまった。 竹内さんとは7年くらい前、松本清張原作のドラマ『黒い福音』で共演したんだ。俺が主演の刑事役で、彼女は宗教にのめり込む女性信者という難しい役だった。現場でも感じがよくて、気遣いのできるさっぱりした人だった。「芸能界にこんなスレていない女の子がいるんだな」と感心したよ。 本当に惜しいことだし、世間が「こんなに綺麗で、幸せな家庭もあるのに何で……」って思うのは当然だ。だけど、忘れちゃいけないのは、それはあくまでも「客観的評価」だってことだよな。この人が、自分の仕事や生活をどう思っていたのかという「主観」の部分は結局誰にもわからない。ネットなんかじゃ「産後うつ」だとか推測されているらしいけど、人間の死ってのは、そんなに単純な理由で割り切れるもんじゃない。 きっと色々と複雑な要素が積み重なってのことなんで、本人ですら「○○が理由だった」なんて、言葉で簡単に説明できやしないんじゃないかな。 俺もバイク事故(1994年)で1回死んだようなもんだけど、あの時のことを振り返ろうとしても、正直よく思い出せない。なんでわざわざバイクに乗ったのかすらわからない。だけどその頃の俺が「何のために生きているのか」ってことばかり考えていたのは確かだ。 仕事は成功してるし、カネだってジャンジャン稼いでるんだけど、まだ映画もゼンゼン評価されていない時期でね。誰に何を言われたわけじゃないけど、「もう才能終わってんのかな」と鬱々としてさ。「どうでもいいや」なんて投げやりな感じは、どこかにあったのかもしれない。 俺自身、あれから30年近く経っても当時の自分の感情を把握しきれてないんだから、他人の死の理由を推し量ろうなんて無理な話だよ。 ただひとつ言えるのは、日本の芸能界は「余生」が長くて大変だってことだ。早いうちにスターになっちまうと、そのときの勢いだとか熱量みたいなものを、その後も維持し続けるのは難しい。ちょっとでも油断すると「この先の人生、もう大したことはできないんじゃないか」という恐怖が心を支配し始める。まさにそんな不安が、バイク事故の頃の俺にあったんじゃないかという気がしている。不完全燃焼の日々で出会った「新宿」 だけど、さらにさかのぼると、芸人として世に出るまでの俺には全く別の感覚があった。それは、「死ぬのが怖くて怖くてたまらない」という思い──言い換えれば、「何もやり遂げないうちに死んでたまるか」という焦りのようなものだった。 最近暇があったらいつも小説を書いているんだけど、このたび本になったのが『浅草迄』だ。俺が浅草にたどり着くまで、新宿あたりでブラブラしたり、タクシー運転手やらのアルバイトで食いつないでいた頃を書いている。 足立区の下町で過ごしたガキの頃や、フランス座で師匠の深見千三郎さんたちと過ごした浅草時代については、いろんなところで話したり書いたりしてきた。だけど、高校から大学にかけて、とくに浅草に行き着くまでの時代は、これまでしっかり話したことがなかった。 それはやっぱり人生で一番悶々としていた時期だったからだろう。さっき話したように「死ぬのが怖い」と考えていたのが、まさにこの頃だった。 高校生活は、自分のせいと言ってしまえばそれまでなんだけど、何も考えることなく、ただダラダラと学校に顔を出すだけの日々だった。 都立高校だからそんなに馬鹿でもないけれど、とはいえ東大京大など国立のいい大学に入った利口な奴は誰もいない。俺は相変わらず勉強そっちのけで遊んでばかりいた。 じゃあ大好きだった野球に打ち込んだかといえば、そっちも中途半端だった。野球少年の夢といえば甲子園を目指すことだけど、俺の高校の野球部は硬式ではなく軟式で、みんな下手だったし、たいした達成感も思い出もないまま終わってしまった。 で、その不完全燃焼は大学時代も続いた。 何とか入った明治の工学部は、俺の時代からお茶の水の駿河台ではなく、神奈川県の生田の新校舎に移っていて、足立区の実家から2時間かけて通わなければならなかった。毎日こんな思いをして学校に通うのかと、初めの一週間で嫌気が差した。 母ちゃんが「これからの時代はエンジニアだ」というから工学部に入ったけれど、自動車メーカー志望の同級生が教室で話している「○○が開発したエンジンはすごい」なんていう話にはまるで興味が持てなかった。 普通に仕事をして、給料をもらって、家庭を持って──高度経済成長のこの時代、日本中がみんなそういうステレオタイプな「幸せ」を目指していたし、俺自身も「おふくろ」というフィルターを通して、それを強要されていた。だけど、どうもその流れに馴染めずにいたんだよね。 そんなとき、何より魅力的に映ったのが「新宿」という街だった。ジャズだったり、寺山修司の天井桟敷や唐十郎の紅テントだったり、横尾忠則の絵だったり……。その時代の新しい文化みたいなものが芽生えてて、ガツンと洗礼を受けた。 大学に行くには新宿駅で小田急線に乗り換えなきゃいけないんだけど、1年生の夏休みが終わる頃には、ジャズ喫茶に入り浸って、もう新宿より先にはほとんど行かなくなっていた。そこで見聞きする色々な新しいことに影響されては、どこかで聞きかじった浅い知識を蓄える毎日だった。俺は勇気がなくて、逃げたんだ こう話すと、「北野武は新宿で感化されて芸の道を目指すようになった」──そう解釈されるかもしれない。でも、実態はそんなにカッコいいもんじゃなかった。 当時、ジャズ評論にかかわろうか、それとも映画関係に進もうか、なんて考えたこともあった。新しい文化に触れたいんだったら、唐十郎や寺山修司のところに行ったっていいはずだ。 結局のところ、俺にはその勇気がなくて、逃げたんだ。憧れだけはあるけれども、実際にアングラ芸術や文化的なものを自分でやれるのかというと話はまるで違う。その一歩を踏み出すことができなかった。 だけどなぜだろう、行き詰まったときに上野で落語を聴いたり、浅草で演芸を見たりすると、「これなら自分にもできるかもしれない」とイメージができた。それは新宿の文化と違って、自分が生きてきた下町の世界と地続きだって気がしたんだ。 俺はだいぶ後になって、「浅草」や「漫才」という自分にとって「第一志望じゃなかったもの」を根城にして、映画だとか芸術みたいな分野に攻め込んでいくことになる。あくまで結果論だから、それが正解だったのかはわからない。だけど「急がば回れ」ってことが人生にはあるんだよな。すぐに夢が実現するのが幸せだとは限らない。 若いときはとくにそうだけど、人間、「一番好きなことができないと、もうお先真っ暗」って考えちまうことも多い。 だけど仕事の成功っていうのは、あくまでも「他人の評価ありき」であって、一番好きなもの、自分がのめり込めるものでそれを得られるとは限らない。 もしかしたら「自分が一番好きなこと」じゃなくて、「二番目か三番目に好きなこと」くらいのほうが、自分を客観視できて成功する可能性も高いかもしれないんだよな。利かなくなったアドリブに、絶望している暇はない 最近俺はよくピアノを弾いている。もう小学生がやっているのと同じようなレベルでやっている。だけど心の中では、死ぬまでにちゃんとした交響曲を弾いてやろうとか、フジコ・ヘミングみたいな演奏をしてやろうとかそんな野望を持ってるわけ(笑)。 無理かもしれないことは自分が一番よくわかってるんだけど、それでもやるのが大事なんだよね。「他人からの評価」じゃなく、自分が決めたところに向かっていく。そう考えることができれば、どんな小さなことでも、それだけで「生きていく理由」になるんじゃないか。 もしかしたら、この歳になって小説を書き出したのも、そういうことなのかもしれない。 やっぱり歳を取ると、アドリブが利かなくなるんだよ。「このタイミングでコレを言えばウケる」って、自分じゃ「間」も「言うべきこと」も全部わかってるのに、言葉が出てこない。昔、ジャンジャン漫才やってるときは、考える前に言葉がスラスラあらゆる状況で出てきたんだけど、今はそうはいかない。 だけどそれに絶望している暇はない。文章なら、書き直したり、推敲もできるからね。小説は、そうやってひとつひとつ積み上げていくことができる。今はそれがとにかく楽しいね。どんなに小さなことだって構わない。そうやって「自分の中でコツコツ積み重ねていくこと」──もしかしたら、それがこんな時代を悲観せず、生き抜くヒントになるんじゃないだろうか。◆撮影/渡部孝弘
2020.10.26 07:00
NEWSポストセブン
高田文夫氏が最近読んで面白かった大衆芸能本の数々を紹介
高田文夫氏が最近読んで面白かった大衆芸能本の数々を紹介
 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫氏が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、大衆芸能がらみの書籍の数々についてお送りする。 * * * 三月も終わりだというのにコロナだらけの毎日。こんな時こそのんびり、ためにならない本ばかり読むのは如何。最近送ってきてもらった本やら書店でみつけた大衆芸能がらみの本を一気に紹介。 芸能に携わるということは、ほとんどカタギではないこと(「カタギの芸能」きいただけでつまらなそう)。 まずは北野武『大親分!』(河出新書)。新書で小説を読ませるという新パターンの悪知恵。若い頃からこの著者を知る私としては、なんたって昔からヤクザの話がバツグンに面白い。 喋って良し、書いて良し、映画化しても尚良しである。この男のこの節の量産ぶりには、目を見張って閉じる私である。 このDNAを色濃く受け継いだ玉袋筋太郎『大衆酒場の作法 煮込み編』(扶桑社)。この玉はBSのテレビでは「町中華」をやり、自身「スナック」をやり、こうして「大衆酒場」を紹介しまくる。二日酔いを中心とした芸能表現をひたすら追求する。近頃では珍しくなった破滅型芸人の健在を嬉しく思う。 関西へ目をやれば東野幸治『この素晴らしき世界』(新潮社)。テレビでみせる人でなしぶりとは逆に、裏へまわれば物凄いゴシップコレクター。とどのつまり人間が好きなのだろう。吉本の大ベテランから売れてない若手まで、その人間くささがたまらなくおかしい。 芸人の愛され方と同じように、テレビ局にも愛され方というのがあってこれは力作。「番外地」が最前線になるとき、と帯のコピーにもある。太田省一『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)。金が無いから知恵を出す、皆の心にうったえかけてくる放送局である。 少しマジメになると、東日本大震災をきっかけにして始まったラジオの『サンドウィッチマンの東北魂』(ニッポン放送)。東北のことを忘れずにと、ずっと活動を続ける二人には頭が下がる。 それにしても、突風で聖火が点かなくて、いきなり時間つなぎでコントをやらされてたのには笑ったなァ。“芸”に生きる本のトリは勿論これ。八木澤高明『花電車芸人 色街を彩った女たち』(角川新書)。花電車というのはその昔、何かめでたい事があると花で飾った路面電車を走らせた所から、女性器を使って芸をみせるストリップを“花電車”と呼んだ。その心は「見せるだけで乗せない」というみごとな洒落である。人間の欲望に直結した“芸”なのだ。■イラスト/佐野文二郎※週刊ポスト2020年4月10日号
2020.04.02 07:00
週刊ポスト
映画『新聞記者』の大ヒット御礼舞台挨拶に登場したシム・ウンギョンと松坂桃李
日本アカデミー賞 識者3人が注目する主演女優・主演男優は
 新型コロナウイルスの影響により、異例の無観客状態で開催することとなった第43回日本アカデミー賞の授賞式。6日、作品賞や監督賞など10部門以上で、1月に発表されたノミネート(優秀賞)作品および人物のなかから最優秀賞が決定される。 日本アカデミー賞は、世界的な映画祭として知られる米国のアカデミー賞の選考を行っている映画芸術科学アカデミー(Academy of Motion Picture Arts and Sciences、AMPAS)から正式な許諾を得て1978年に発足した。日本最大級の映画賞である一方、賛否両論が巻き起こってきたのも事実だ。 発足当初より、巨匠・黒澤明監督をはじめ、勝新太郎や石原裕次郎らの名優、さらに作曲家の武満徹などから「アメリカの真似事だ」と言われてきた。近年も、受賞作品が大手映画会社に偏りがちであることを北野武監督が批判したほか、テレビ放送時に視聴率が取れる作品ばかりノミネートされていると映画ライターから指摘されることもあった。 とはいえ、年に一度の映画の祭りであることもまた事実。トロフィーの行方を予想するのもいいが、映画好きの本音を言えば、自ら“最優秀賞”を選出したいところではないか。そこで今回、日本映画に詳しい3人の識者(小野寺系、寺脇研、LiLiCoの各氏)の意見をもとに、主演男優賞・女優賞にノミネートされた俳優のなかから“真に注目すべき人物”を選出することにした。すると、興味深いことに満場一致で2人の俳優の名前が挙がることとなった。 まず、主演女優として注目したいのは、韓国出身のシム・ウンギョン(25)である。1994年生まれの彼女は9歳のころより役者として活躍し、2011年に主演した韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』が大ヒットを記録、一躍世間に知られることとなった。 そんな彼女は藤井道人監督の映画『新聞記者』で、帰国子女の記者・吉岡エリカ役を演じた。真実を求めて権力に屈することのない役柄と相まって、多くの観客を魅了した彼女の演技力の高さを、映画評論家の小野寺系氏は次のように評する。「日本語の発音は不安定だが、韓国の第一線の俳優だけあって、表情だけでも十二分に役の感情が伝わってきて圧倒される。2019年公開の『ブルーアワーにぶっ飛ばす』では、全く異なる軽快な演技を見せ、日本映画というフィールドでも、強い印象を残している。すごい俳優」 CMディレクターの箱田優子が監督と脚本を務めた『ブルーアワーにぶっ飛ばす』で、女優の夏帆とともに主演を務めたシム・ウンギョンの役者としての実力については、元文部官僚で映画評論家の寺脇研氏も「政治的な要素が絡んだ社会派映画でシリアスな演技をする一方で、脱力系のコメディー映画でも役柄をまっとうしている。素晴らしい演技力の持ち主だ」と称賛。 さらに、映画コメンテーターとしても活躍するタレントのLiLiCo氏は、シム・ウンギョンに出会ったとき「身体中に電気が走った」ほど衝撃を受けたという。「どんな女性にでも染まれて、まだまだ日本での仕事の経験が短いのに日本語力もすごい。透明感溢れる自然な演技なのでこれからが楽しみ! クセのある意地悪な姉ちゃん役、男を騙したりするインパクトの役も見たいです。『ブルーアワーにぶっ飛ばす』の彼女は最高でした。難しい内容だったのに通訳通さず自分の言葉で一生懸命話してくれたシム・ウンギョンさんに惚れた!」(LiLiCo氏) 次に、主演男優のなかで最も優秀な活躍を見せた人物として、松坂桃李(31)の名前を挙げたい。やはり『新聞記者』でシム・ウンギョンとダブル主演を務めた松坂だが、その経歴から言うのであれば大きなリスクをともなう仕事でもあった。 1988年、神奈川県出身の松坂は、20歳のころよりモデルとして活動を開始。ほどなくいわゆる“戦隊モノ”で俳優デビューを飾り、ドラマや映画へと活躍の幅を広げていく。2011年の映画『アントキノイノチ』で複数の新人賞を受賞すると、翌2012年に主演を務めた映画『ツナグ』でも数々の賞を受賞し、その演技力の高さが評価されるとともに花形役者の地位を確立してきた。 人気俳優として活躍してきた彼にとって、現政権への批判を織り込んだ『新聞記者』で内閣情報調査室の官僚・杉原拓海役を演じたことは、ある意味では危険な試みでもあった。小野寺氏は「この映画に主演しようと思ったのがすごい」と驚きを示しながら、その理由を次のように語った。「いまの日本映画が韓国に追いつけるかというところで、最もウイークポイントになっているのが“政治的な問題を辛辣に描けない”ことなので、この作品は貴重。だが、人気のある俳優が出演しなければ注目は集まらない。その意味で、松坂桃李の出演には驚きがあった」 さらに小野寺氏は、「政権の不正に対して、告発するか忖度するか、悩みまくる官僚の役を、アツく繊細に演じている」と松坂の演技力の高さについても評価する。寺脇氏も、「人気俳優でありながら政権批判のメッセージを込めた映画に出ることはハードルが高い。よく出演を決意したと思う」と同様の見解を述べながら、その裏事情について次のように続ける。「最近、こういった映画への出演を事務所が忖度して拒否するという風潮が広まってきている。社会派映画だけじゃなくて、かっこ悪い悪役とかもそう。事務所が役者のイメージを守ろうとして、出させないようにしている。でも本当はそういう役柄のほうが、俳優として成長できるし、やりがいもあるものなんですよ」(寺脇氏) リスクをともなう役柄に挑戦してこそ優れた俳優へと成長する。LiLiCo氏は、まさにこうした挑戦によって松坂の魅力は発揮されるようになった、という。「松坂桃李さんはちょっと悪い役をやるようになってから一気に変わりましたよね。そこから役者魂の深堀りみたいなものの勢いが止まりません。ハンサムなのはみんな知っていること。その奥にある繊細な演技を見てほしい。役が松坂さんにまとわりつく様になりました。いい年の取り方をしていて、つい彼が出ているものを先に見に行きがち。あと松坂さん、手がとても綺麗です(笑)」(LiLiCo氏) 以上、本稿では、日本アカデミー賞にノミネートされた俳優のなかから“勝手に最優秀賞”として、『新聞記者』で主演を務めたシム・ウンギョンと松坂桃李に賛辞を捧げることとする。なお、『新聞記者』は独立系映画会社のスターサンズが制作・配給している作品だが、今後も大手映画会社のものだけではなく、より多様な作品が日本アカデミー賞の候補に挙がることを願ってやまない。●取材・文/細田成嗣(HEW)
2020.03.06 16:00
NEWSポストセブン
ヤクザ映画TOP20調査 その変遷と証人たちが語る逸話
ヤクザ映画TOP20調査 その変遷と証人たちが語る逸話
『孤狼の血』を始め、日本のヤクザ映画が近年盛り返しを見せている。そこで本誌・週刊ポストは「好きなヤクザ映画」のアンケートを実施。読者1000人が選んだ傑作の1位に輝いたのは、『仁義なき戦い』(1973年)だった(別掲のランキング表参照)。「こんなに血みどろのヤクザ映画は見たことがなかった」(63歳自営業)「主人公・広能(菅原文太)の最後の言葉『山守さん、弾はまだ残っとるがよう』は、映画史に残る名セリフ」(68歳無職) 戦後、実際にあった「広島抗争」の当事者のひとり、美能組初代組長・美能幸三(広能のモデル)の手記が原作。同作でプロデューサーを務めた日下部五朗氏が語る。「正義なんざくそくらえ。きれいごとじゃない、裏切り裏切られの濃密な人間関係が画面に噴出していました。それまでのヤクザ映画といえば、任侠世界の様式美を描いてきましたが、次第に飽きられてきましてね。実録路線に舵を切った最初の作品が、『仁義なき戦い』だったんです。 ヒットの要因は、笠原和夫さんの脚本に尽きます。速射砲のような広島弁の応酬に、どこか気高さがあった。千葉真一演じる大友勝利の『あれらはオメコの汁で飯食うとるんで!』(シリーズ第2作『広島死闘篇』)という台詞なんか、文字にすると卑しいですが、声で聞くと美しくさえ感じる」 ヤクザの様式美を描いた「仁義以前」の作品も根強い人気を誇る。高倉健主演のヤクザ映画がその代表だ。『網走番外地』(1965年・2位)を始め、『昭和残侠伝』(1965年・5位)、『日本侠客伝』(1964年・6位)と3作がベスト10入りしている。 のちに高倉の主演作『三代目襲名』で脚本を務めた高田宏治氏が、高倉出演作品の魅力を語る。「戦後まもない1950~1960年代前半のヤクザ映画は、鶴田浩二さんの作品に代表されるように、情念に突き動かされる主人公たちの物語でした。しかし、高倉作品ではそこに理性が加わった。殺した後の虚しさや後悔が描かれたわけです。その哀愁を高倉さんは全身で表現した。様式美の高倉作品もまた、それ以前のヤクザ映画と比べて画期的だった」 引き合いに出た鶴田主演の作品も『人生劇場 飛車角』(1963年)が10位に入った。◆「題名だけいただきます」 女性目線でヤクザの世界を描いた作品もランクインした。『鬼龍院花子の生涯』(1982年・8位)、『極道の妻たち』(1986年・4位)だ。『鬼龍院花子の生涯』といえば夏目雅子の代表作。「決めセリフ『なめたらいかんぜよ』には痺れた」(60歳会社員) 映画史・時代劇研究家の春日太一氏が解説する。「それまでのヤクザ映画とは大きな違いが2つあった。ひとつは添え物的な扱いをされていた、女性たちの存在がクローズアップされたこと。主人公の鬼政(仲代達矢)は正妻と妾を同居させていて、彼女たちの『女の戦い』がヤクザの抗争以上にドラマチックに描かれている。 もうひとつは、家族や父子の情に物語の主軸があること。鬼政の養女・松恵(夏目)の目を通して話が描かれて、彼女と鬼政の相克と和解が観る者の感動を呼ぶ。五社英雄監督が、それまで得意としてきたバイオレンス演出を封印し、情感を掘り下げたことも加わり、アウトローものが苦手の人も含めて幅広く支持される、普遍的な人間ドラマになりました」 この『鬼龍院花子の生涯』と『極道の妻たち』双方の脚本を手掛けたのが、前出の高田氏である。「女性が窮地に陥った“惚れた男”のために立ち上がり、戦う映画が作りたかったんです。極妻は家田荘子さんの同名ルポが原作ですが、亭主が浮気するとか、家に金を入れないといった、女が苦労する話。家田さんには申し訳ないけど『題名だけいただきます』という気持ちだった(笑い)。脚本をプロデューサーの日下部さんに見せたら、『自分が考えていたのとは違うけど、面白いからこれで行こう!』と乗ってきた」(高田氏) 岩下志麻主演の1作目は空前の大ヒット。以降、シリーズは10作を数えた。 現代のヤクザ映画を代表するのは、北野武作品だろう。『アウトレイジ』シリーズ3作品がすべてベスト20入りしている。「なによりも役者たちの顔面バトルがすごい。個性派俳優たちがドアップで怒りを爆発させる様は圧巻だった」(51歳会社員) 映画評論家の秋本鉄次氏が語る。「北野作品には、主人公が“どこでケジメをつけるか”を模索しながら、死に場所を求めて彷徨っている。それが観る者の心を揺り動かすんです」※週刊ポスト2019年12月13日号
2019.12.07 07:00
週刊ポスト
カメラに向かってポーズを取る山田邦子
独立・山田邦子が明かす「芸人のギャラ」と「月収1億円時代」
「辞めた理由なんてないのよ、飽きちゃったの」──40年間所属した太田プロダクションから独立した理由について、そう語るのはタレントの山田邦子(59)。今年7月に晴れてフリーの身となった。「サラリーマンのみなさんだって、たいていは40年くらい勤め上げたら会社を辞めるでしょ? 私も、いい加減もういいんじゃないって思っちゃったの。数年前に太田プロも社長が代わって、お笑い芸人以外にも、歌手の方やアイドルやら、いろんな人が入ってきた。もともとお笑いの事務所だったのが、だんだん芸事を重視しなくなってきて、そこに違和感はありましたね。だからここ20年くらい辞める、辞めないの話し合いをしてて、なんだかんだ先延ばしになっていたのが、ようやくまとまった形です」(山田・以下同) デビュー当時、素人参加型番組の常連だった彼女は、複数の事務所からの誘いを蹴って尊敬していたビートたけしが当時所属していた太田プロに「女性タレント第1号」として入社する。「最初、『(月収)20万円でどう?』って言われたんだけど、すでにフリーでそのくらいの金額いただいていたので、お断りしたの。そしたら『ちょっと待って!』と言われて、1時間後に『もう10万上乗せして、30万円でどう?』って提案されたんです。契約書もなく口約束で、当時どこの事務所もそうだったんじゃないかな? でも、本当は他にもやりたいこともあったし、1年頑張ったら辞めるつもりだったの。そしたら1年経たないうちにすぐ(月収が)100万円になって、辞めるきっかけがなくなっちゃった」 そんな彼女が今年の7月に独立。奇しくも時を同じくして、吉本興業では宮迫博之、田村亮らの契約を巡って騒動が起きているが、そんな彼らを彼女はどう見ているのか。「詳しい事情はちょっと分からないけど、辞めたいんだったら、辞めればいいのにね。吉本の芸人は可哀想よね、たぶんあまりお金もらってないんだろうし? それこそ『(オレたち)ひょうきん族』(フジテレビ系。1981~89年)の時代も、みんなでギャラの話になったときに、たけしさん(北野武)が、(明石家)さんまちゃんの給与明細を見て『おまえ、これ日払いか?』って聞いたの。でも、本当はそれで1か月分(笑)」 当時、明石家さんまのような人気タレントでも、吉本と、それ以外の事務所ではそれだけギャラに違いがあったのだ。「でも、それからは番組のクレジットに、さんまちゃんの本名の『杉本高文』って名前が入るようになって、作家料をもらえるようになったの。積極的にネタづくりをしていたから、それもたけしさんが口利きしてくれたんじゃないかな? もう笑い話だけどね」◆月収1億円以上あった その後『ひょうきん族』でも確固たるポジションを確立し、人気急上昇中だった8年目。転機が訪れる。「ある時、ひょうきん族の楽屋に当時の太田プロの社長と副社長がやってきて、いきなり『今までどうもありがとう』って土下座してきたのよ。わけもわからず、クビを覚悟したら『来月から歩合制になるから』って言われた。その時は『わかりました』って答えたけど、震えが止まらなくなっちゃって。すぐにたけしさんの楽屋に行って、『大変です! クビかもしれません』って言ったら、ちらっとこっち向いて『来月になったらわかるんじゃね?』って笑い飛ばされて相手にされなかった」 それから1か月後、彼女の給料は6倍になっていた。何をやっても月500万円が最大だったのが、歩合制に変わった途端、3000万円になっていたのだ。「そこからはバンバンバンって上がってね、当時は月収1億円もらっているなんて言われてね。大阪の番組でポロっと言ったのが広まっちゃって、なんで馬鹿正直に言っちゃたかって後悔しましたよ。まぁ、本当はもう少しもらっていました(笑)。そのかわり、気絶したまま歩くぐらい働いていましたけど」 自身の冠番組も持つなどタレントとして大成功を収めた彼女は、「唯一天下を取った女性ピン芸人」とも言われる。しかし実は、父親から芸能界入りを反対されていた。説得にあたったのは、あの大御所。「芸能界の仕事は1年で辞めるつもりだったし、25歳までに結婚するつもりだった。だから、父からは『おまえ、もうそろそろいいんじゃないか』と、常に言われていました。そもそも芸能界入りの時に相談に乗ってくれたのが関口宏さんで、父が立教大学の水泳部の選手だった時、関口さんのお父様が選手の面倒をみていてくれてね、家にも泊まり行かせていただく間柄だったの。それから今でも大切にお付き合いさせていただいているの。梅干しが大好きな方なので毎年、贈らせていただいているんですよ」 他人との付き合いを大切にする彼女は、自嘲気味に「私は古いタイプの芸人だから……」と語る。そんな彼女のもうひとつの転機となったのが2007年に乳がんの手術を行ったことだ。「ピン芸人って孤独で自分と向き合って仕事をしていて孤独を愛するって感じで、ちょっとした変態なんですよ(笑)。だから収録後にみんなで食事とか行くのが大嫌いだったんだけど、乳がんを患ってから、その考えが180度変わったの。病院の先生・スタッフにお世話になったことで『人間は一人では生き延びられない』ことに気づいた。 それでチャリティー団体“スター混声合唱団”をつくって仲間で活動をするようになったんです。今ではみんなで温泉行ったり、ディズニーランド行ったりしていますよ。これからもいろいろなご縁を大切にしていきたいと思っています」 現在、ラジオ番組『DNA先端医療presents 山田邦子のルーズベルトな夜』(渋谷クロスFM)出演や、ライフワークとなった長唄の会、演劇・舞台などに力を入れている。「ラジオ番組もそのひとつで独立前からお声がけいただいていたのを、今でも続けさせていただいています。ドラマや映画もしばらくやっていないから、代表作になるようなことを仕掛けて行きたいと思っているの。 有難いことに独立して、他のタレントさんたちから“山田邦子事務所”に入れてくださいって連絡がすごく多い(笑)。でも、せっかく40年ぶりに1人になって、さっぱりしたから『申し訳ないけど、みなさん少し待ってくださいね』ってお伝えしています」■取材・文/水口航太、撮影/渡辺秀之
2019.08.16 07:00
NEWSポストセブン
ボクシング連盟の山根明・元会長(時事通信フォト)
ボクシングジム併設暴力団、刺青の組員がサンドバッグ叩く
 東京五輪が来年に迫るなか、五輪競技団体をめぐるスキャンダルが次々と噴出している。そのなかに、ヤクザとの関係が取り沙汰される内容も含まれている。ヤクザ事情に詳しいノンフィクション作家の溝口敦氏と、フリーライターの鈴木智彦氏が、競技団体とヤクザとの繋がりについて語り合った。鈴木:東京五輪を控えて、五輪競技の団体トップとヤクザの関係が結構取り沙汰されています。たとえば日本ボクシング連盟の山根明・会長(当時)は、テレビで「暴力団幹部に引退しないと過去をばらすと脅迫を受けた」と発言して大問題になり、他の不正もあって辞任することになりました。が、ボクシングと暴力団との関係なんてあるのが当然という考えだったので、ようやく問題になったのかという感じでしたが。溝口:住吉会なんかに多いんだけど、もともと愚連隊上がりの大卒ヤクザには、ボクシングをはじめ、空手、相撲なんかの格闘技をやっている者が多かった。ヤクザの基本は、「ステゴロ(素手の喧嘩)で強くなくてはならない」ということなので、格闘技を習うのは恰好だったんです。つまり、大学で格闘技系の部活をやっていた人から、プロになる人、ヤクザになる人がいて、彼らはお互い顔が利くようになる。そこでヤクザとの関係が生まれるんですね。ついでに言うと、そこから警察官になる人も多い。鈴木:ヤクザ映画の『アウトレイジ』(北野武監督)でも、ヤクザのビートたけしと刑事の小日向文世は大学のボクシング部の先輩後輩という設定ですよね。 ヤクザになる前にボクシングを習う人は本当に多くて、ヤクザになった後も後輩ボクサーの面倒をよく見る。興行のチケットを買ったり、メシ食わせてやったり。だからボクサーの側も恩義を感じることが多い。住吉会系の会長の名前を取ったジムがいまだに都内にあるんだけど、関係者に聞くと「会長にはお世話になったから変える気はない」って言ってました。溝口:ボクサー出身といえば、元世界チャンピオンの渡辺二郎は山口組系極心連合会の相談役になっていましたね。鈴木:福岡にある大州会という組にはボクシングジムがあって、刺青の組員がサンドバッグ叩いている姿が絵になるって取材に行ったことがあります。週に1回、プロボクサーが教えに来ていると言ってました。溝口:京都の山口組系淡海一家の事務所には、でかい空手道場があって組員にやらせていました。鈴木:地方の荒っぽいとこなんかだと、ヤクザがカタギに喧嘩吹っかけられることも多くて、ヤクザが負けたら暴力団の威信に関わるからって、子分らを鍛えているっていう側面もある。溝口:同じ格闘技でも、柔道、剣道はヤクザとの関係を聞かない。恐らく、警察の領分になっているからでしょう。◆宴席に現役の大関が鈴木:なるほど、そうかもしれませんね。レスリングは多少ありますよね。プロレスの場合は、日本プロレス協会の副会長が田岡一雄・山口組三代目だったり、興行がシノギになっていましたが、その延長としてアマチュアレスリングもヤクザとの関係を持ちやすい。 数年前に、日本レスリング協会の福田富昭・会長に、山口組最高幹部だった大石誉夫・初代大石組組長との交際が発覚し、それが昨年のレスリング協会のゴタゴタの中で蒸し返されました。溝口:大石組長は金持ちで知られていて、17年に亡くなるまで銀座で豪遊している最後の生き残りだって言われていました。●みぞぐち・あつし/1942年東京浅草生まれ。早稲田大学政経学部卒。『食肉の帝王』で講談社ノンフィクション賞を受賞。『暴力団』、『山口組三国志 織田絆誠という男』など著書多数。●すずき・ともひこ/1966年北海道札幌生まれ。『実話時代』の編集を経てフリーへ。『潜入ルポ ヤクザの修羅場』など著書多数。近著に『サカナとヤクザ』、『昭和のヤバいヤクザ』。※週刊ポスト2019年5月3・10日号
2019.04.27 16:00
週刊ポスト
音楽界の破滅型スター 内田裕也と水原弘の豪快伝説
音楽界の破滅型スター 内田裕也と水原弘の豪快伝説
 不祥事があれば、即座に出演作品の流通が止まり、CMは差し替えられ、莫大な違約金を請求される。コンプライアンスの厳しい昨今、芸能人や芸能事務所が「品行方正であること」を強く意識するのは仕方ないかもしれない。しかし、かつての芸能界には社会ルールを逸脱し、その身を滅ぼしながらも芸に生きたスターたちがいた。音楽界の「破滅型スター」といえば、3月17日に亡くなった内田裕也(享年79)だろう。 ビートルズ日本公演の前座を務め、ザ・タイガースをプロデュース。脚本・主演した映画『コミック雑誌なんかいらない!』では北野武を役者として抜擢して“世界のキタノ”誕生のきっかけを作った。 だが、それ以上に彼の名を有名にしたのは、数々の“素行不良”エピソードだ。1977年に大麻所持で逮捕。1983年にも酔って音楽事務所に殴り込み、逮捕されている。「ルー・リードやレイ・チャールズといったアメリカの超有名歌手とも喧嘩しています。礼を失したとして矢沢永吉を殴ったり、オノ・ヨーコと酒を飲んで大喧嘩したり。『芸能人の10分の1は殴っている』と本人が豪語しているほど、すぐに手が出る」(音楽関係者) プロインタビュアーの吉田豪氏が語る。「内田さんの単行本の発売イベントでミュージシャンの近田春夫さん、作家のモブノリオさんとトークショーをやるはずだったんですが、内田さんが急に機嫌を悪くして出てこない。困った2人が客を相手に場をつないでいると、30分くらいしてから突然、『ジョニー・B・グッド』がかかって、会場につながるエスカレーターの上に裕也さんが登場。ツイストを踊りながら降りてきて、会場のみんなもノリノリに。終わってみるとちゃんとしたショーになっているんです。どんなに敵を作ろうとも、“内田裕也はこうあってほしい”と周囲が願う人物像を、最後まで貫き通しました」 音楽界の「破滅型スター」では、1959年に『黒い花びら』で第一回レコード大賞を受賞し、42歳の若さで亡くなった水原弘も外せない。 高校時代から不良で鳴らし、スターになってからも取り巻きを大勢引き連れて盛り場をのし歩き、“飲む、打つ、買う”を地で行った。 1965年に賭場への出入りが発覚し、芸能界を追放されるが、彼の歌唱力を惜しむ人たちのバックアップを得て、1967年に『君こそわが命』で復帰した。「それでも私生活は相変わらずで、高級クラブでの豪遊が原因で3億5000万円もの借金を背負った。最後は自宅のベッドまで差し押さえられましたが、“どうにかして返済するよ”と、本人は笑っていたそうです」(当時を知る芸能関係者) 1978年6月、巡業先のホテルで血を吐いて倒れ、その11日後に亡くなった。※週刊ポスト2019年4月19日号
2019.04.10 16:00
週刊ポスト
新井浩文
新井浩文以外にトラブルも、俳優仲間で人気の派遣型マッサージ
「新井は被害者に対して、もっと真摯に対応すべきだったと思う。彼は自分のやったことを軽く見すぎていたのではないか」 新井浩文容疑者(40才)の知人はため息交じりにこう語った。2月1日、新井が強制性交容疑で逮捕されると、芸能界はパニックに陥った。NHKは有料動画サービス「NHKオンデマンド」で大河ドラマ『真田丸』など10作品の配信を停止。6月公開予定だった草なぎ剛(44才)主演の映画『台風家族』に新井は主要キャストとして出演していたが、やはり公開延期を余儀なくされた。 新井は青森県出身で、19才の時に「有名になりたい」という思いで上京。大楠道代(72才)の付き人として下積み生活を送り、2001年、映画『GO』でデビュー。2002年には映画『青い春』で松田龍平(35才)とダブル主演を果たし、その後、北野武監督(72才)の『アウトレイジ ビヨンド』など、70本以上の映画、60本以上のテレビドラマに出演してきた。「近年は名バイプレーヤーとして出ずっぱりの状態だった。もし過去に出演した作品がNGとなれば、100作品以上が再放送中止やDVDの販売停止になり、損害額は10億円以上との声も聞かれる」(スポーツ紙記者) 新井は昨年7月、自宅マンションに派遣型エステ店の30代女性従業員を呼び、乱暴した疑いが持たれている。「抵抗する女性を力づくで押さえつけるなどして犯行に及んだとみられている。新井はこのエステ店を何度か利用していたが、被害女性は初めて指名されたようだ。女性は被害後すぐ警察に相談し、8月下旬に被害届を提出し受理された」(全国紙社会部記者) 気になるのは、逮捕がそれから半年も後になったこと。なぜこれほど時間がかかったのか。「有名人の事件は影響が大きく、裏付け捜査に慎重になるため時間がかかる」と捜査関係者は言うが、“別の事情”を指摘する声もある。「派遣型エステという特殊な業態も無関係ではない。性的サービスがない店ですが、エステティシャンは女性だけで、男性客の自宅で2人きりになって施術を行うため、トラブルが起こりやすい。今回、新井は『性的サービスの強要はしない』と事前にサインしていたとされていますが、逆に言えば、性的サービスを求められるケースが多いということです」(前出・社会部記者) 新井が利用したとされる店『A』は夕方から明朝まで営業しており、料金は90分1万4000円~で、これに交通費や指名料がかかる。同店ホームページを見ると、セラピストは全員20代か30代女性で、《厳選された技術と容姿》を持つ、日本人の女性セラピストが揃っていると紹介されている。「『A』以外にもこの手のエステは増えており、自宅やホテルに呼ぶ俳優も少なくない。20代の戦隊系俳優の中にはエステティシャンと交際に発展した人もいます。ドラマに引っ張りだこのアラサー俳優も“マッサージ”の常連で、女性従業員に手を出して業界全体で“要注意”とされている“危険人物”です。 自宅での“マッサージ”は口コミで俳優仲間に広がり、有名人の顧客も増えているようですが、こうしたトラブルも結構起きています。ただ“大ごとにしたくない”という女性が多く、店としては彼女たちをケアするためにも速やかに示談にするのが通例です」(都内エステ店関係者) 新井の場合は刑事事案であり、ただのトラブルでは済まされないが、当初は示談に向けて動いていたという。「警察側は被害届を受理してから逮捕に向けて、防犯カメラ捜査や従業員への聞き取りなどを進めていた。その一方で、新井は店側と話し合いを進めていたため、検察が“確実に起訴できるかどうかが読めない”ということで二の足を踏んでいたそうです。警察と検察で認識にズレが見られたことで、逮捕までに時間を要したのではないでしょうか」(前出・社会部記者)※女性セブン2019年2月21日号
2019.02.07 07:00
女性セブン
『いだてん』には構造改革が必要か
勘九郎、“いだてん走り”の陰に1日8kmランと妻による栄養管理
 6日にスタートし、宮藤官九郎氏の脚本で話題を集めているNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』。大雨の中、五輪予選のマラソン大会を、規則正しいフォームで、頭から血を流したような姿で疾走していく。顔面を真っ赤に染めながら、すさまじい形相でゴールする男の姿に、お茶の間の視聴者たちは息を呑んだ ――。 北野武(72才)に星野源(37才)、綾瀬はるか(33才)らスターたちの共演や時代をまたいだ脚本など、見どころ満載の同作だが、中でも「圧巻!」と注目を集めたのは歌舞伎俳優・中村勘九郎(37)演じる主人公・金栗四三の精悍な体つきと、走るときの美しいフォームだ。 以前は歌舞伎俳優らしく、ガッチリとしていた体が、本物のマラソンランナーと見まごうばかりの引き締まった体となっていたのだ。ドラマではプロ顔負けのランニングフォームを見せていた勘九郎だが、かつては走るどころか「歩くことすら大嫌い」だったという。 一家の知人が驚きのエピソードを明かす。「勘九郎くんは小学生の頃から“タクシー通学”をしていたんです。歌舞伎の名門に生まれた彼は、小学校高学年のころから多い時には30万円ものお年玉をもらっていた。それを全部タクシー代につぎ込むほどの“歩行嫌い”。高校もほぼタクシーで通っていて“電車に乗ったことは数えるほど”なんだそうです(笑い)」 だが大河の主演、しかも伝説のマラソン選手という大役の前にはそんなことも言ってはいられない。「日本初の五輪に出場したマラソン選手」という今回のオファーを受けた勘九郎は、役作りのため、マラソン指導者の金哲彦氏の下で徹底的な「肉体改造」を開始したという。 番組関係者が話す。「2017年夏ごろから、週に3日、1日8km走ることをノルマにしていた。さらには、マラソンランナーらしい体形にするために、エアロバイクを購入し、漕ぐことにより、太く逞しい“役者の脚”から、しなやかな“ランナーの脚”へと変えていった。体を絞るためにジムにも通い、有酸素運動のほか、大嫌いだったウォーキングにも取り組んだそうです」 その甲斐あって、勘九郎の体重は5kg落ち、22%あった体脂肪率も一時は9%にまで減ったという。 本人の努力はもちろん、妻で女優の前田愛(35)の“内助の功”もあった。前出の関係者が続ける。「撮影は昨年4月にスタートしましたが、歌舞伎の舞台が休みになる訳ではない“大変じゃないの?”と聞くと、“体調管理は、妻がしてくれていますから大丈夫です”とノロけていた(笑い)」 なかでも前田が力を入れていたのが、食事の栄養管理。「愛ちゃんは“体重を落とさず体脂肪を落とす”ことを心がけ、炭水化物を抜き、肉を中心としたメニューを作っていた。でも舞台があるときには“持久力が落ちちゃいけないから”と効率的に糖分が取れる食材を探したり、調理も食感を変えて食べ応えを出したりと、随所に工夫をこらしていたそうです。これには姑の好江さんも“愛ちゃんのおかげで雅行(※勘九郎の本名)の体ができている”と褒めていたほどです」(前出・知人) ドラマで見せた“いだてん走り”の秘密は、愛妻との二人三脚だったようだ。
2019.01.20 16:00
NEWSポストセブン
平手友梨奈、『カメ止め』上田慎一郎監督らのめでたい写真
平手友梨奈、『カメ止め』上田慎一郎監督らのめでたい写真
 第31回日刊スポーツ映画大賞の授賞式が行われ、『響 -HIBIKI-』の主演・欅坂46の平手友梨奈が新人賞を受賞、石原裕次郎賞は『カメラを止めるな!』(上田慎一郎監督)が受賞した。 岩田剛典や北野武らも登場した、この授賞式の華やかな様子をお届けします。■撮影/高柳茂
2019.01.13 16:00
NEWSポストセブン
大杉漣さんの思い出 「すべて行動で示す人だった」
大杉漣さんの思い出 「すべて行動で示す人だった」
 2018年も多くの人が旅立った。なかでも、話題の連続ドラマが放送中のタイミングで、突然、亡くなった大杉漣さん(俳優、享年66)の訃報に驚かされた人は多かっただろう。 1974年、演出家・太田省吾が創設した転形劇場に所属。舞台俳優として活動する一方、『緊縛いけにえ』(1980年)で映画デビュー。北野武監督の『ソナチネ』(1993年)出演を皮切りに数多くの作品に出演、名バイプレーヤーとして不動の地位を築いた。 ドラマやナレーションなどにも活躍の場を広げていたが、2月21日、ドラマ撮影中に腹痛を訴え病院に搬送され、そのまま息を引き取った。大杉さん最後の主演映画『教誨師』監督の佐向大氏が、思い出を語る。「決して偉ぶった態度をとらない人でした。映画『教誨師』の撮影では、俳優やスタッフ一人ひとりに声を掛け、冗談ばかり言って現場の一体感を作り上げていく。『こんな長い台詞覚えられないよ』と言いながらも、本番ではすさまじい集中力。知らず知らずのうちに、大杉さんが個々の力を引き出してくれていた。口ではなく、すべて行動で示す方でした」■写真/大杉隼平※週刊ポスト2018年12月21日号
2018.12.10 07:00
週刊ポスト
読書家・さとう珠緒がお勧めする夏の本は玉袋筋太郎の新書
読書家・さとう珠緒がお勧めする夏の本は玉袋筋太郎の新書
 各地で国内観測史上最高の暑さを記録し、まだまだ猛暑が続く今夏は、無理に外出するよりも自宅で読書が大人の過ごし方かも…? そこで、読書家として知られ自身の著書『超教養』(メディア・ファクトリー)などもあるさとう珠緒(45才)にオススメの本を聞いた。 1冊目は、玉袋筋太郎著の『粋な男たち』(角川新書 950円)だ。「壮絶な人生を送り、北野武さんはじめ多くの“粋”な人々と出会った著者(浅草キッドの玉袋筋太郎・51才)だからこそ語れる“粋な男”とは…? この夏、“粋”を初めて考えてみたくなりました」(さとう) 続いて、『戦争中の暮しの記録保存版』(暮しの手帖編集部 暮しの手帖社 2376円)。「一般公募で集めた戦時中の体験記録集。主に衣食住について書かれ、どんなものをどんな気持ちで食べ、どんな工夫をして暮らしていたのか、淡々と綴られているからこそ余計に戦争が色濃く感じられる。子供からご老人まで、たくさんの人に読んでほしい」(さとう)※女性セブン2018年8月9日号
2018.07.31 07:00
女性セブン

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