あべ静江一覧

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あべ静江
駆け落ちした両親を持つあべ静江 意志を貫いた情熱的な母への尊敬の念
 秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんの結婚が、日本中から注目を集めている。生まれて初めて家族と離れ、米ニューヨークの小室さんの元へ身ひとつで嫁いでいく――。皇籍離脱に伴う1億4000万円の一時金は辞退する方針で、周囲の猛反対にめげずにすべてを投げ捨て、純愛を貫く姿は「駆け落ち婚」とも言われている。 男女関係を幅広く取材するノンフィクションライターの亀山早苗さんは、駆け落ち後、反対していた親と和解できれば、夫婦関係にもいい影響があると話す。「そもそも、親への反発心だけで駆け落ちをすると、駆け落ちそのものが目的になってしまい、冷静さを失いやすいし、いざ新婚生活が始まると燃え尽き症候群のようになりやすい。反対に、長く添い遂げて親との関係も修復できる夫婦は、親に定期的に孫の写真や手紙を送っていたパターンが多い」 亀山さんによれば「許してもらう」「認めてもらおう」と親にすり寄るのではなく、淡々と現状を伝えておくと、あとは時間が解決してくれることがあるという。「実際、親に許してもらえず駆け落ちした後、子供の成長だけは知らせていたら、2人目が生まれたタイミングで突然『会いに来なさい』と親から連絡が来た夫婦もいました。その後は何事もなかったように親と交流しているそうです。家を出ても接点を完全になくすのではなく、夫婦に起きた出来事だけでも伝えておくことは、その後の“雪解け”のために大切です」(亀山さん) この夫婦のように、孫が生まれたことが和解を生むケースもある。「私が生まれたことで、“門戸”が開きました」 駆け落ちした両親のもとに生まれた立場からそう語るのは、歌手で女優のあべ静江(69才)だ。あべの母親は先祖に政治家や新聞創業者を持つ名家出身だったため、ミュージシャンの父との結婚を反対され、家を飛び出して駆け落ちした。しかし孫であるあべの誕生によって親子の確執がなくなり、両親と母方の祖父母が交流するようになったという。「特に結婚を大反対していたはずの祖父にはかわいがってもらったし、私も大好きでした。祖父は早稲田大学に通った“バンカラ”で、大学時代には三重県から東京まで海を泳いで渡ったほど。私も大きな影響を受けました。例えば何か相談したときに、『右と左、どっちに行ったらいいかな?』と聞いても答えてくれず、『右に進みたいけど、どう思うか』と自分の方向性を決めてから相談して初めて話を聞いてくれるような人。自分の頭で考える大切さを教えてもらいました」(あべ) あべの母が駆け落ち婚を貫き通し、両親と和解したのは父ゆずりの決断力と責任感ゆえだったのかもしれない。「駆け落ち婚した母のことは、情熱的ですごいなあと尊敬してしまう。人の意見に左右されることなく、反対されても押し切るほど人を好きになれたら素敵ですよね」(あべ)※女性セブン2021年10月28日号
2021.10.17 07:00
女性セブン
半田健人が選んだのは?(撮影/浅野剛)
昭和女性ポップス座談会・中編 ウィスパー系・和田アキ子の魅力
 現在、世界の音楽ファンから注目されているのが、1970~1980年代の日本のシティポップだ。竹内まりや『PLASTIC LOVE』(1984年)や松原みき『真夜中のドア~stay with me』(1979年)といった女性アーティストによる楽曲が、リバイバルブームにおいて特に人気となっている。 そこで、昭和ポップスをこよなく愛する、俳優・歌手の半田健人さん、昭和歌謡ライターの田中稲さん、ウェブサイト『昭和ポップスの世界』を運営するさにーさんに、「昭和女性ポップス・マイベスト10」をセレクトしてもらった。そのランキングを受けての座談会を開催。ここでは、5位から3位の楽曲について語り合う。■半田健人さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:伊東ゆかり『グリーン・ジンジャー・フライング』(作詞:ジェリー伊藤、作曲・編曲:東海林修/1971年)2位:弘田三枝子『マイ・メモリィ』(作詞・作曲:弘田三枝子、編曲:鈴木宏昌/1977年)3位:いしだあゆみ『バイ・バイ・ジェット』(作詞:橋本淳、作曲:細野晴臣、編曲:萩田光雄、細野晴臣/1977年)4位:和田アキ子『私夢を見るの』(作詞・作曲:石津善之、編曲:馬飼野俊一/1973年)5位:あべ静江『長距離電話』(作詞:藤公之介、作曲:佐藤健、編曲:林哲司/1977年)6位:小川知子『別れてよかった』(作詞 : なかにし礼、作曲・編曲 : 川口真/1972年)6位:由紀さおり『ヴァリーエ』(作詞:山上路夫、作曲:S・リタルド、編曲:渋谷毅/1971年)6位:麻生よう子『逃避行』(作詞:千家和也、作曲:都倉俊一、編曲:馬飼野俊一/1974年)6位:岡崎友紀『グッドラック・アンド・グッドバイ』(作詞・作曲:荒井由実、編曲:萩田光雄/1976年)6位:桑江知子『Mr.Cool』(作詞:佐藤奈々子、作曲・編曲:小林泉美/1980年)【プロフィール】半田健人さん/俳優・歌手。1984(昭和59)年生まれ。『仮面ライダー555』(テレビ朝日系)で初主演。2014年に『せんちめんたる』をCD&LP同時発売。2017年全曲自宅録音『HOMEMADE』リリース。作曲家、タレントとして活動。ラジオ『林哲司・半田健人 昭和音楽堂』(SBS静岡放送、日曜21時~21時30分)に出演中。■田中稲さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:岡田奈々『青春の坂道』(作詞原案:中司愛子、作詞:松本隆、作曲:森田公一、編曲:瀬尾一三/1976年)2位:和田アキ子『古い日記』(作詞:安井かずみ、作曲・編曲:馬飼野康二/1974年)3位:五輪真弓『恋人よ』(作詞・作曲:五輪真弓、編曲:船山基紀/1980年)4位:谷山浩子『まっくら森の歌』(作詞・作曲:谷山浩子、編曲:乾裕樹/1985年 NHK『みんなのうた』初出)5位:大貫妙子『黒のクレール』(作詞・作曲:大貫妙子、編曲:坂本龍一/1981年)6位:泰葉『フライディ・チャイナタウン』(作詞:荒木とよひさ、作曲:海老名泰葉、編曲:井上鑑/1981年)7位:山口百恵『絶体絶命』(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄/1978年)8位:大場久美子『エトセトラ』(作詞:小林和子、作曲・編曲:萩田光雄/1978年)9位:中島みゆき『ファイト!』(作詞・作曲:中島みゆき、編曲:井上堯之/1983年)10位:高田みづえ『硝子坂』(作詞:島武実、作曲:宇崎竜童、編曲:馬飼野康二/1977年)【プロフィール】田中稲さん/昭和歌謡ライター。1969(昭和44)年生まれ。大阪を拠点に活動する昭和歌謡ライター。ほかにも、ドラマ、NHK紅白歌合戦、懐かしブームなども得意テーマとしている。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)など。CREA WEBにて『田中稲の勝手に再ブーム』、DANROにて『いつも心にぼっち曲』を連載中。■さにーさんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:和田アキ子『あの鐘を鳴らすのはあなた』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:森田公一/1972年)2位:岩崎宏美『思秋期』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:三木たかし/1977年)3位:ペドロ&カプリシャス『ジョニィへの伝言』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:都倉俊一/1973年)4位:ちあきなおみ『夜へ急ぐ人』(作詞・作曲:友川かずき、編曲:宮川泰/1977年)5位:しばたはつみ『マイ・ラグジュアリー・ナイト』(作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:林哲司/1977年)6位:渡辺真知子『かもめが翔んだ日』(作詞:伊藤アキラ、作曲:渡辺真知子、編曲:船山基紀/1978年)7位:大橋純子『サファリ・ナイト』(作詞:竜真知子、作曲・編曲:佐藤健/1978年)8位:原田知世『天国にいちばん近い島』(作詞:康珍化、作曲:林哲司、編曲: 萩田光雄/1984年)9位:河合奈保子『ラブレター』(作詞:竜真知子、作曲:馬飼野康二、編曲:若草恵/1981年)10位:能瀬慶子『アテンション・プリーズ』(作詞:喜多條忠、作曲:浜田省吾、編曲:船山基紀/1979年)【プロフィール】さにーさん/1992(平成4)年生まれ。1970〜1980年代のヒット曲の情報サイト『あなたの知らない昭和ポップスの世界』を運営。昭和ポップスの魅力を伝えるため、ラジオやテレビにも出演。『らじるラボ』(NHKラジオ第1)で、『さにーのZOKKON!昭和ポップス』(毎月第2・第4金曜午前10時半~11時)を担当。──5位から3位までを見ていきましょう。半田:5位は、あべ静江さんの『長距離電話』(1977年)。フォーク路線のアルバム『TARGET』の翌年に出たシングル曲で、佐藤健さんと林哲司さんという、シティポップ派の2人がサウンド作りを担当しています。 4位は、和田アキ子さんの『私夢を見るの』(1973年)。アッコさんは日本におけるポップスの開拓者の1人で、R&B歌謡の歴史そのもの。ところがこの曲ではとてもアッコさんと思えない、ウイスパー系アッコの歌声が楽しめます。 3位がいしだあゆみさんの『バイ・バイ・ジェット』(1977年)。『アワー・コネクション』というアルバム収録曲。ティン・パン・アレイのサウンドとのマッチングを聴いてみてください。さにー:私の5位は、しばたはつみさんの『マイ・ラグジュアリー・ナイト』(1977年)。これはもう、映画音楽です。半田:来生たかおさんが認められた曲。この曲で売れてよかったと思いました。シティポップはイメージ的にはAOR(※)に近いと思いますが、作詞でAOR的なものといったら、日本では来生えつこさんの詞が、ちょっとそこに入るんじゃないかなと。【※/AORとは、1980年代の日本で用いられた音楽用語。Adult-Oriented Rock(アダルト・オリエンテッド・ロック=大人向けロック)の略語。ボズ・スキャッグスやスティーリー・ダン、クリストファー・クロスなどの楽曲がそれで、「ソフト&メロウ」「アダルト・コンテンポラリー」に近いニュアンスを持つ】さにー:来生えつこさんの小道具をピックアップするセンスがすごく好きです。4位は、ちあきなおみさんの『夜へ急ぐ人』(1977年)です。半田:これはまた、すごいのもってきたねー(笑い)。田中:実は私も入れようと思っていた曲です! 『NHK紅白歌合戦』で、この曲を歌ったときの映像を見ましたが、すごかったですよねー。さにー:女じゃなきゃ歌えない、妖気と情念ですよね。3位は、ペドロ&カプリシャスの『ジョニィへの伝言』(1973年)です。実は私、「登場人物が3人出てくる歌に佳曲多し!」っていう持論をもっていまして(笑い)。田中:おぉ! 『絶体絶命』(山口百恵)もそうだね(笑い)。さにー:いや~、伝言ソングって、どうしても登場人物は3人以上になると思うんですが、やっぱりいいですよね。結局、伝言する相手はいるけど、出てこないという……。半田:姿がないから伝わらない可能性も含んでいます。田中:そうなんです。それがまたロマンですね。私の5位は大貫妙子さんの『黒のクレール』(1981年)。サビを聴いて、子供ながらにびっくりした覚えがあるんです。「どこの国の曲だろ?」みたいな驚きというか……。さにー:何か神聖な感じがしますよね。田中:そう。お伽の国みたいなイメージがよかった。それは、4位に挙げた谷山浩子さんの『まっくら森の歌』(1985年)にも通じるんですよ。半田:大貫さんって、教授(坂本龍一)のプロデュースが入ってるから、垢抜けているイメージがありますね。田中:そうですね。谷山さんは私の神なんです。『オールナイトニッポン』(ニッポン放送、1982~1986年)をやっていたのですが、おしゃべりもとてもうまいんですよね。半田:そう。地声がかわいくて歌声もかわいいけど、曲は不思議っていうね(笑い)。田中:哲学的というか。なんかこう、穴にはまってグルグル落ちていくっていうか。この曲も『みんなのうた』(NHK)でハマり、アルバムを買いあさって、つらいときに聴きまくり、この曲をきっかけに、アルバムを1から10まで聴く喜びを知りました。 そして3位が五輪真弓さんの『恋人よ』(1980年)。これはもう『ザ・ベストテン』で初めて聴いたとき、家族全員止まった、みたいな(笑い)。さにー そうなんですか!半田:そういう感想っていうのが、やっぱり歌の持つ真実なんだろうと思いますね。田中:大失恋した気分を疑似体験させてくれる曲ですね。取材・文/北武司 撮影/浅野剛※女性セブン2021年5月20・28日号
2021.05.12 16:00
女性セブン
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昭和女性ポップス座談会・前編 半田健人が選んだ「先駆者的」名曲
 近年、海外の音楽ファンから注目されているのが、1970~1980年代に日本の音楽シーンを席巻した「シティポップ」だ。中でも、竹内まりや『PLASTIC LOVE』(1984年)や松原みき『真夜中のドア~stay with me』(1979年)といった女性アーティストによる楽曲の人気が高い。 そこで、昭和ポップスをこよなく愛する、俳優・歌手の半田健人さん、昭和歌謡ライターの田中稲さん、ウェブサイト『昭和ポップスの世界』を運営するさにーさんに、「昭和女性ポップス・マイベスト10」をセレクトしてもらった。そのランキングを受けての座談会を開催。まずはそれぞれの6位から10位を紹介する。■半田健人さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:伊東ゆかり『グリーン・ジンジャー・フライング』(作詞:ジェリー伊藤、作曲・編曲:東海林修/1971年)2位:弘田三枝子『マイ・メモリィ』(作詞・作曲:弘田三枝子、編曲:鈴木宏昌/1977年)3位:いしだあゆみ『バイ・バイ・ジェット』(作詞:橋本淳、作曲:細野晴臣、編曲:萩田光雄、細野晴臣/1977年)4位:和田アキ子『私夢を見るの』(作詞・作曲:石津善之、編曲:馬飼野俊一/1973年)5位:あべ静江『長距離電話』(作詞:藤公之介、作曲:佐藤健、編曲:林哲司/1977年)6位:小川知子『別れてよかった』(作詞 : なかにし礼、作曲・編曲 : 川口真/1972年)6位:由紀さおり『ヴァリーエ』(作詞:山上路夫、作曲:S・リタルド、編曲:渋谷毅/1971年)6位:麻生よう子『逃避行』(作詞:千家和也、作曲:都倉俊一、編曲:馬飼野俊一/1974年)6位:岡崎友紀『グッドラック・アンド・グッドバイ』(作詞・作曲:荒井由実、編曲:萩田光雄/1976年)6位:桑江知子『Mr.Cool』(作詞:佐藤奈々子、作曲・編曲:小林泉美/1980年)【プロフィール】半田健人さん/俳優・歌手。1984(昭和59)年生まれ。『仮面ライダー555』(テレビ朝日系)で初主演。2014年に『せんちめんたる』をCD&LP同時発売。2017年全曲自宅録音『HOMEMADE』リリース。作曲家、タレントとして活動。ラジオ『林哲司・半田健人 昭和音楽堂』(SBS静岡放送、日曜21時~21時30分)に出演中。■田中稲さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:岡田奈々『青春の坂道』(作詞原案:中司愛子、作詞:松本隆、作曲:森田公一、編曲:瀬尾一三/1976年)2位:和田アキ子『古い日記』(作詞:安井かずみ、作曲・編曲:馬飼野康二/1974年)3位:五輪真弓『恋人よ』(作詞・作曲:五輪真弓、編曲:船山基紀/1980年)4位:谷山浩子『まっくら森の歌』(作詞・作曲:谷山浩子、編曲:乾裕樹/1985年 NHK『みんなのうた』初出)5位:大貫妙子『黒のクレール』(作詞・作曲:大貫妙子、編曲:坂本龍一/1981年)6位:泰葉『フライディ・チャイナタウン』(作詞:荒木とよひさ、作曲:海老名泰葉、編曲:井上鑑/1981年)7位:山口百恵『絶体絶命』(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄/1978年)8位:大場久美子『エトセトラ』(作詞:小林和子、作曲・編曲:萩田光雄/1978年)9位:中島みゆき『ファイト!』(作詞・作曲:中島みゆき、編曲:井上堯之/1983年)10位:高田みづえ『硝子坂』(作詞:島武実、作曲:宇崎竜童、編曲:馬飼野康二/1977年)【プロフィール】田中稲さん/昭和歌謡ライター。1969(昭和44)年生まれ。大阪を拠点に活動する昭和歌謡ライター。ほかにも、ドラマ、NHK紅白歌合戦、懐かしブームなども得意テーマとしている。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)など。CREA WEBにて『田中稲の勝手に再ブーム』、DANROにて『いつも心にぼっち曲』を連載中。■さにーさんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:和田アキ子『あの鐘を鳴らすのはあなた』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:森田公一/1972年)2位:岩崎宏美『思秋期』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:三木たかし/1977年)3位:ペドロ&カプリシャス『ジョニィへの伝言』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:都倉俊一/1973年)4位:ちあきなおみ『夜へ急ぐ人』(作詞・作曲:友川かずき、編曲:宮川泰/1977年)5位:しばたはつみ『マイ・ラグジュアリー・ナイト』(作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:林哲司/1977年)6位:渡辺真知子『かもめが翔んだ日』(作詞:伊藤アキラ、作曲:渡辺真知子、編曲:船山基紀/1978年)7位:大橋純子『サファリ・ナイト』(作詞:竜真知子、作曲・編曲:佐藤健/1978年)8位:原田知世『天国にいちばん近い島』(作詞:康珍化、作曲:林哲司、編曲: 萩田光雄/1984年)9位:河合奈保子『ラブレター』(作詞:竜真知子、作曲:馬飼野康二、編曲:若草恵/1981年)10位:能瀬慶子『アテンション・プリーズ』(作詞:喜多條忠、作曲:浜田省吾、編曲:船山基紀/1979年)【プロフィール】さにーさん/1992(平成4)年生まれ。1970〜1980年代のヒット曲の情報サイト『あなたの知らない昭和ポップスの世界』を運営。昭和ポップスの魅力を伝えるため、ラジオやテレビにも出演。『らじるラボ』(NHKラジオ第1)で、『さにーのZOKKON!昭和ポップス』(毎月第2・第4金曜午前10時半~11時)を担当。──今回は赤い鳥『翼をください』が発売された「1971年以降の昭和女性ポップス」を条件に各自、ベスト10を選んでいただきました。まずはそこから……。半田:その前に、ぼくに1970年に発売された作詞家・安井かずみさんの『ZUZU』というLPをぜひ紹介させてください! これが、ハイパーアルバムなんですよ、ぼくの中で。おふたりは聴いたことはありますか?田中:いいえ。ただ、安井かずみさんは好きなのですごく興味あります!半田:このLP、安井さん自身が作詞と歌唱を、作曲や編曲は、かまやつひろしさん、沢田研二さん、日野皓正さんなど、安井さんの友達12人が手掛けたものです。1曲目からボサノバ調で力が抜けていてしゃれた歌。はっきり言って、このLPは“ユーミンよりも早いユーミン”。これこそシティポップ、日本のポップスの礎というべき隠れた名盤だと思うのです。──1970年にこんな隠れた名盤があったんですね。半田:隠れた名盤といえば、あべ静江さんの『TARGET』(1976年)や、いしだあゆみさんの『アワー・コネクション』(1977年)は、歌謡畑の人がポップスに挑戦したLPです。──昭和女性ポップスの世界は、シティポップ以外にもいろいろあって深いですね。早速、6~10位を見ていきましょう。半田:実は、今回はほかの人とかぶらぬよう「スタート地点は歌謡曲ながら、時代によってポップスにチャレンジした先駆者」という視点で選びました。そのため、6~10位の5曲は同率6位です。 まず、小川知子さんの『別れてよかった』(1972年)は、サウンド的にA&M音楽(※1)を志向した曲です。作曲・編曲の川口真さんは、ヨーロッパ系の要素を歌謡曲に取り入れた先駆者で、ウイスパー系で囁くように歌わせています。ジャンルレスと評価される金井克子さんの『他人の関係』(1973年)の下敷きになったのでは?と、ぼくは勝手に推察しています。【※1/A&Mレコード」は、アメリカのトランペット奏者で音楽プロデューサー 、ハーブ・アルパートらが設立したレコードレーベル。深夜ラジオ『オールナイトニッポン』のオープニング曲のような、アメリカ音楽とメキシコ音楽を合わせたような曲調が特徴】 由紀さおりさんの『ヴァリーエ』(1971年)では、すごくかわいらしい声が印象的。歌謡曲とは違う発声法をする点がさすがです。最近では斉藤和義さんの『歌うたいのバラッド』(1997年)もカバーしているほど、由紀さんはジャンルレスです。 麻生よう子さんの『逃避行』(1974年)は作曲の都倉俊一さんの存在が大きい。和製カーペンターズというか……カーペンターズの『Close to you(遥かなる影)』(1970年)をどこか彷彿させます。 桑江知子さんは好きな歌手の1人で、特に『Mr.Cool』(1980年)は本当にメロウ。いまのシティポップファンにも受け入れられるクオリティーです。 岡崎友紀さんの『グッドラック・アンド・グッドバイ』(1976年)は、言わずと知れたユーミン提供のオリジナル曲。彼女の手にかかるとすべてがポップスになる。ユーミンの天性の音楽性も大きいですね。田中:私の10位、高田みづえさんの『硝子坂』(1977年)は、よく行くバーの外国人客に大人気で、ジュークボックスでかかると、最高に盛り上がるそうで、とても興味深くて。半田:何が外国人ウケするか、わからないからね。田中:9位は中島みゆきさんの『ファイト!』(1983年)。この歌を聴いて号泣した人を近くで見たことがあって、そのとき、歌の力を見せつけられたのが選んだ理由です。半田:暗い歌い始めからの盛り上がりがすごい。ただ、ポップスの印象からはいちばん遠いかもしれませんね。──中島みゆきさんは、1975年に『時代』で「ポプコン」(※2)から出てきたので、ポップスと捉えていいと思います。半田:そうか、ポピュラーソングコンテスト出身ですね。【※2/「ポプコン」とは、『ヤマハポピュラーソングコンテスト』のことで、1969年から1986年まで行われた、ヤマハ音楽振興会主催のポピュラー音楽の作品コンテスト】田中:8位が大場久美子さんの『エトセトラ』(1978年)。歌唱力はともかく声がかわいい! 「出る音程を使って、素材の素晴らしさをおいしく料理しましょ!」と、プロの作家たちが全力を出したらこうなるという曲。タイトルも、ちょっと舌っ足らずな感じがアイドルとの相性抜群ですね。半田:マニアな視点ですね。田中:7位が山口百恵ちゃんの『絶体絶命』(1978年)。“歌ってドラマなんだな~”と思った曲。最初、女性のけんかから始まり、男性が来て、最後は主役が負ける(笑い)。さにー:その3人のドラマを2分50秒しかない中で作れるのがすごいです。田中:長男の三浦祐太朗さんに、男性を奪い取った方の女性のスピンオフ曲を歌ってほしいですね。 6位の泰葉さんの『フライディ・チャイナタウン』(1981年)は、出だしのインパクトだけで絶対売れると思った名曲です。半田:すごくいいイントロとアレンジで、井上鑑さんは、この年『ルビーの指環』も手がけていて、編曲者として脂が乗り切っていた時期ですね。さにー:では、私の10位は、能瀬慶子さんの『アテンション・プリーズ』(1979年)。これは編曲がすごい。後ろで細かい音がたくさん鳴っていて、キラキラしているところが好きなんです。半田:編曲家の中でも船山基紀さんは、物足りない歌に化粧させたら業界ナンバー1!田中:今回知ったんですが、作曲が“浜省”なんですか?半田:そう。浜田省吾さんって、自分が売れる前に楽曲提供が多かったですからね。さにー:“アイドル最高峰曲”を入れたくて思いついたのが、9位の河合奈保子さんの『ラブレター』(1981年)です。曲調も歌詞も、どストレートにアイドルソング。これを歌のうまい奈保子さんが歌うと完成され、無敵のアイドルポップスになる。 次の8位が、原田知世さんの『天国にいちばん近い島』(1984年)。これはカラオケで歌うと、サビで涙があふれる。好きな理由がいちばん説明しにくい曲です。半田:ぼくも似た経験をしたことがあります。サビにきた途端、グッとくるんだよね~。この曲はAメロがメジャーキーなんだけど、サビで転調してマイナーになる。さにー:なるほど。7位は大橋純子さんの『サファリ・ナイト』(1978年)。大橋さんはどうしても入れたくて、曲で悩みました。都会に生きる男女の悲哀を歌った中でも、この曲は、最先端の都会をサファリとしたところがものすごいなと思って。そして、6位が渡辺真知子さんの『かもめが翔んだ日』(1978年)。田中:いいよね、この曲。さにー:この曲って、真知子さんじゃなければ成立しないかなと思って選びました。天性の明るい真知子さんの声に、潮風を感じ、海を感じるんですよね。なぜか。田中:そう。まさに真知子さんならでは、ですよね。取材・文/北武司 撮影/浅野剛※女性セブン2021年5月20・28日号
2021.05.10 16:00
女性セブン
フィルムに刻まれた女優たちの美を振り返る(写真は十朱幸代)
十朱、池上、水沢、あべ、大原、香坂…日本カメラ財団の超貴重写真
 日本カメラ財団は一般財団法人。「日本カメラ博物館」やJCIIフォトサロンを東京・千代田区一番町で運営する。1989年の博物館開館以来、同財団は活動の一環として歴史的写真資料や写真家のフィルムを積極的に収集してきた。所蔵フィルムは数十万点に及び、本特集の写真は、今は亡き2人の写真家が遺したフィルムから発掘した。 一人は1980年代から小誌や『GORO』『週刊プレイボーイ』などでグラビア撮影をし、2005年に逝去した浅井鉄雄氏。もう一人はファッション、ポートレート、ドキュメントで活躍し、2015年に逝去した大倉舜二氏。 女優名が走り書きされた袋や雑誌名で整理されたファイルに収められた膨大なフィルムは、退色もなく非常に保存状態がよかった。丹念にルーペで覗いていくと、レンズに挑むかのような眼差し、架空の女を演じきる表情、心を許した一瞬から、女優たちの息遣いまでが聞こえてくるようだ。フィルムに刻まれたその美しさは、永遠に語り継がれていく。●十朱幸代(とあけ・ゆきよ)/1942年11月23日生まれ、東京都出身。1958年、NHKドラマ『バス通り裏』でデビュー。1980年、1985年ブルーリボン主演女優賞に輝く。2003年に紫綬褒章、2013年に旭日小綬章を受章。自叙伝『愛し続ける私』(集英社)が発売中。撮影/浅井鉄雄●池上季実子(いけがみ・きみこ)/1959年1月16日生まれ、ニューヨーク出身。1974年、NHKドラマ『まぼろしのペンフレンド』でデビュー。1984年に日本アカデミー賞優秀主演女優賞、1989年に助演女優賞を受賞。女優、ナレーターなど多方面で精力的に活動中。撮影/浅井鉄雄●水沢アキ(みずさわ・あき)/1954年12月5日生まれ、東京都出身。1972年、TBSドラマ『夏に来た娘』でデビュー。1975年からNHK『連想ゲーム』に出演し、人気を博した。篠山紀信撮影の写真集『AKI MIZUSAWA 1975-2020』(小学館)が発売中。撮影/浅井鉄雄●あべ静江(あべ・しずえ)/1951年11月28日生まれ、三重県出身。1973年『コーヒーショップで』で歌手デビューし、2枚目『みずいろの手紙』もヒット。1974年『NHK紅白歌合戦』に初出場。現在、コンサート『夢スター歌謡祭』で全国を回っている。撮影/浅井鉄雄●大原麗子(おおはら・れいこ)/1946年11月13日生まれ、東京都出身。1965年、東映入社。1989年、NHK大河ドラマ『春日局』に主演。CM『サントリーレッド』の「すこし愛して、なが~く愛して」というフレーズは流行語に。2009年8月逝去。撮影/大倉舜二●香坂みゆき(こうさか・みゆき)/1963年2月7日生まれ、神奈川県出身。1975年、『欽ちゃんのドンとやってみよう!』のマスコットガールとして人気者に。1984年、『ニュアンスしましょ』がヒット。現在、『なないろ日和!』(テレビ東京系)のMCを務める。撮影/浅井鉄雄※週刊ポスト2021年4月16・23日号
2021.04.13 19:00
週刊ポスト
最強の昭和ポップスを決めよう! 半田健人が選んだ1曲は?
最強の昭和ポップスを決めよう! 半田健人が選んだ1曲は?
 令和の時代になってもまだまだ愛され続けているのが、昭和のヒット曲たち。クラブでは“昭和歌謡ナイト”に若者たちが酔いしれ、上白石萌音がカバーした小坂明子『あなた』の動画も話題となっている。そこで昭和ポップスに詳しい俳優・歌手の半田健人さん、昭和歌謡ライターの田中稲さん、Webデザイナー&サイト運営するさにーさんの3人が、“最強の昭和ポップス”を決めるべく、鼎談を開催した。まずは、それぞれが“最強の楽曲”候補として事前に選出した「昭和ポップスMY BEST10」を紹介する。【半田健人さんのMY BEST10】第1位 バス・ストップ /平浩二(1972年)第2位 みずいろの手紙 /あべ静江(1973年)第3位 また逢う日まで/尾崎紀世彦(1971年)第4位 ひとりじゃないの/天地真理(1972年) 第5位 私はピアノ/高田みづえ(1980年)第6位 あなたの心に/中山千夏(1969年)第7位 君が美しすぎて/野口五郎(1973年)第8位 ふりむかないで/ハニーナイツ(1970年発表、レコード発売1972年)第9位 お座敷ロック/五月みどり(1958年)第10位 ルビーの指環/寺尾聰(1981年)【田中稲さんのMY BEST10】第1位 TVの国からキラキラ/松本伊代(1982年)第2位 青葉城恋唄/さとう宗幸(1978年)第3位 ギャランドゥ/西城秀樹(1983年)第4位 お嫁サンバ/郷ひろみ(1981年)第5位 熱き心に/小林旭(1985年)第6位 少女人形/伊藤つかさ(1981年)第7位 ラ・セゾン/アン・ルイス(1982年)第8位 疑問符/河合奈保子(1983年)第9位 色つきの女でいてくれよ/ザ・タイガース(1982年)第10位 前略、道の上より/一世風靡セピア(1984年)【さにーさんのMY BEST10】第1位 YOUNG MAN/西城秀樹(1979年)第2位 時代おくれ/河島英五(1986年)第3位 あんたのバラード/世良公則&ツイスト(1977年)第4位 S・O・S/ピンク・レディー(1976年)第5位 勝手にしやがれ/沢田研二(1977年)第6位 ハッとして!Good/田原俊彦(1980年)第7位 SEPTEMBER/竹内まりや(1979年)第8位 初恋/村下孝蔵(1983年)第9位 飾りじゃないのよ涙は/中森明菜(1984年)第10位 SWEET MEMORIES/松田聖子(1983年) 果たして最強の一曲は決まるのか。それぞれのトップ3について思いを聞く。 * * *──では、トップ3を見ていきましょう。半田:ぼくの3位は尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』。これはズー・ニー・ヴーの『ひとりの悲しみ』(1970年)が元歌ですが、これを改詩改題して成功した曲としても知られています。2位の『みずいろの手紙』は、小6以来、あべ静江さんがぼくの永遠のマドンナというのが大きな理由(笑い)。 そして1位が、同じく小6で心を持っていかれた平浩二さんの『バス・ストップ』。これはイントロのトランペットや平さんのハイトーンボイスが、洋楽の『オンリー・ユー』を彷彿とさせるとよくいわれていますが、演歌でもなく、バリバリのポップスでもなく、極めて日本人による日本人ポップスの1つの完成形じゃないかと思います。田中:私の3位は西城秀樹さんの『ギャランドゥ』。これは、ギャランドゥの意味が、へその下の毛になってきているのですが、それ抜きで聴いてほしい! 作詞・作曲のもんたよしのりさんによる語感がさえた詞のよさを、とにかく知ってほしいんです! そして、2位がさとう宗幸さんの『青葉城恋唄』。本当に美しいご当地ソングで、一時期着メロにしていました。半田:この曲はコードが3つしかないので、ギター初心者の入門曲にも最適なんですよ。田中:少ないコードで、こんなにきれいな曲ができるというのはいいですねえ。そして、私の第1位が松本伊代さんの『TVの国からキラキラ』。半田:これは意外な選曲!田中:これ、糸井重里さんが作詞した曲なんですが、カタカナの歌詞がキャッチーだし、せりふも振り付けもすごくかわいい。まさにキラキラした究極のアイドル歌謡の頂点じゃないかなと思って。半田:なるほど~。改めて聴いてみようかな。さにー:私の3位は『あんたのバラード』。世良公則&ツイストです。田中:やった~! 実は私『ザ・ベストテン』に1回だけ投票はがきを出したんですが、それがこの曲です!さにー:そんな思い出があるんですか!?(笑い) ゆっくりしたテンポの曲なのに、歌詞がすごく短いんです。この短さでこんな曲が書けることが驚きで……。半田:たしかに最近の曲には「え、ラップ?」ってくらい長い歌詞がついてるから、新鮮かもしれないですね(笑い)。さにー:はい。1位と2位はすごく迷った末、とりあえず『時代おくれ』を2位にしました。これは阿久悠さんの作詞が素晴らしくて、自分のテーマ曲にしたいくらいです。 この曲ができた1986年は景気のいい時代だったのに、あえて逆をいくかっこよさ。そして、タイガーマスクなど正体を隠す系のアニメのように、裏では努力しているのに表では何も言わないところが重要です。いまは「何で言わない、言わなきゃわかんない」みたいな感じがあって粋じゃない。半田:いわゆる、やせがまんの美学ですよね。さにー:まさにそうです! そして、1位は西城秀樹さんの『YOUNG MAN』です。亡くなった翌日に歌謡バーに行ったら、当然この曲も大音量で流れていて、もう涙が止まらなくなってしまった思い出があります。田中:私もヒデキ大好き!(と、立ち上がり、デザインを見せて)だから、今日も、ヒデキTシャツを着てみました!一同:お~~! 田中:私は追悼フィルムコンサートに行ったんですが、みんな画面に向かって手を振っていて、秀樹さんの引力を改めて感じました。亡くなってからあまりの喪失感の大きさに「なんなんだ、この寂しさは!?」と自分自身、驚いたくらいです。さにー:この曲っていまいちばん世の中にないタイプの曲ですよね。しかも、これが嫌みなく明るく歌えるのって、秀樹さん以外に誰も思い浮かばない。半田:あのジャンプスーツをかっこよく着こなし、元ネタのヴィレッジ・ピープルの曲を健康な青春歌謡に変えたのが最もすごい点でしょう。さにー:いまSNSでは、秀樹さんの没後に、また秀樹さんの曲を聴き始める“ブーメラン組”が増えているそうです。ヒデキ人気は永遠ですね。──お話をお聞きして、甲乙つけがたいのがわかりましたが、最強の一曲を……まずお互いのセレクトで心に残ったのはどの曲ですか?半田:ぼくは、田中さんのリストでは『色つきの女~』が断然好きですね。さにーさんリストでは断然『時代おくれ』!田中:私は半田さんの『みずいろの手紙』とさにーさんの『初恋』が心に残りました。さにー:私は半田さんの『バス・ストップ』と田中さんの『お嫁サンバ』かな。半田:おふたりの意見は参考になりますが、やっぱりぼくの1位は『バス・ストップ』だし、田中さんとさにーさんも、1位の曲がいいですよね?田中&さにー:はい!半田:それぞれの1位を、それぞれの「昭和の最強の曲」にしたら、どうでしょうか。──ということで、ぜひみなさんも秋の夜長に「最強の昭和ポップス」をご自身で選んでみてください。【プロフィール】半田健人/1984(昭和59)年生まれ。『仮面ライダー555』で初主演。2014年に自身初のオリジナル・フルアルバム『せんちめんたる』をCD&LP同時発売。2017年に全曲自宅録音のアルバム『HOMEMADE』をリリース。現在は作曲家やタレントとしても活動している。田中稲/1969(昭和44)年生まれ。大阪を拠点にライターとして活動中。昭和歌謡、ドラマ、懐かしブームなどを中心に執筆。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)など。CREA WEBにて『田中稲の勝手に再ブーム』を連載中。さにー/1992(平成4)年生まれ。Webデザイナーの傍ら、1970~1980年代のヒット曲の総合情報サイト『あなたの知らない昭和ポップスの世界』を運営。昭和ポップスの魅力を伝えるため、ラジオやテレビなどにも出演。※女性セブン2020年10月22日号
2020.10.14 16:00
女性セブン
動員150万人、昭和スター総出演コンサートを黒沢年雄が語る
動員150万人、昭和スター総出演コンサートを黒沢年雄が語る
 観客動員数150万人突破の人気イベント「夢コンサート」。年間140回以上行われるステージには、昭和のスターが次々に登場し、まさに“中高年のフェス”といった感じだ。その魅力を出演者である黒沢年雄さんに語ってもらいました!【夢コンサートとは…】 1960年代~1970年代のヒット曲…だれもが口ずさめる曲をずらりと並べた、昭和の香りがたっぷりのコンサート。次から次へと登場するスターが、聴く人を若かったあの頃に引き戻してくれる楽しい空間だ。客層は50代以上の主婦層が多い。 平日の午後3時──。会場に足を踏み入れると、たった今、昼の部のフィナーレでお客さんに来場の謝意を伝えたばかりの歌い手たちが、小走りにロビーに駆け込んできた。 50代のおしゃれな女性。仲の良いグループだろうか、60代と思しき5人組の女性。70代のご夫婦…熱気で顔を上気させた人たちが、お気に入りの歌い手たちが迎えるブースに三重、四重の輪を作り、CD、オリジナルグッズに手を伸ばす。その光景は、AKB48やジャニーズのコンサートの会場と少しも変わらない。「夢コンサートに来るとね、みんな若返って、青春時代に戻っちゃう。苦しいことも、悲しいことも、全部忘れて、みんな笑顔で帰ってくれるんだよね」 ありがとう、またね。ひとりひとりと握手をしながら、黒沢年雄が嬉しそうにつぶやいた。「もともとはぼくの友人が、同窓会コンサートを立ち上げたのがスタートで。尾藤イサオさん、あべ静江さん、山本リンダさん、黛ジュンさん…とかとね。それが、夢グループ(註:夢コンサートの主催者)と一緒になったことで一気に大きくなって、全国をまわれるようになったんだよね」 蒔いた種が次々と芽を出し、花を咲かせた。「小林旭さんを中心にした、夢コンサート。1960年~1970年代のヒット曲を集めた、同窓会コンサート。昭和歌謡の黄金期を築いた、夢をいつまでも。小林幸子さんのコンサート…いくつあるのかわかんないくらいですよ(苦笑)」 指を折りながら教えてくれた黒沢が、途中で教えるのをやめてしまうほど、企画も、コンサートも増えている。──その理由は?「みんな弾けたいんですよ。自分の年を忘れたいし、もっと、もっと笑いたい。おもいっきり若返って、青春時代に燃えた歌を一緒に歌いたいんですよ。真面目な歌ばかりじゃなくて、たまにはぼくの、『時には娼婦のように』とかね、エロスを感じるような歌も聴きたいんだよ」 日本全国をまわり、年間140本を超えるステージに立つ黒沢はその熱を肌で感じている。「おかげでぼくも元気になっちゃった。がんの手術を8回もして、おれの人生もここまでかな…と思ったこともあったけど、今は絶好調(笑い)。青春、真っ盛りですよ」 思えば、昭和の時代には、だれもが口ずさめるヒット曲がたくさんあった。「大人から子供までね。でも今、そういう曲ってないでしょう!? だからこそ、夢コンサートなんですよ」 比叡山延暦寺で逆永代供養を済ませ、すでに戒名(英勝院智俊慈道居士)を持っている黒沢の願いは、「だれにも迷惑をかけずに、ひとり静かに去っていくこと」。しかし、夢コンサートがあるかぎり、その願いは、まだまだ叶いそうにない。撮影■平野哲郎※女性セブン2017年1月5・12日号
2016.12.24 16:00
女性セブン
サンド伊達、あべ静江、なかだえりがヘビロテする海の幸駅弁
サンド伊達、あべ静江、なかだえりがヘビロテする海の幸駅弁
 今や全国に4000種類以上はあるといわれる駅弁。何を選んだらいいのか、目移りばかりしているあなたに、有名人が何度も食べているおすすめ駅弁を大公開。  みやぎ絆大使で移動の多いサンドウィッチマン伊達みきお(41才)、駅ごとにお気に入りがあるという歌手のあべ静江(64才)、『駅弁女子』(淡交社)の著者でイラストレーターのなかだえり(41才)の3人に、具だくさんが魅力の海の幸駅弁をおすすめしてもらった。【宮城県/仙台駅】『みやぎ石巻大漁宝船弁当』1150円(日本レストランエンタプライズ) 東北大震災で被災した石巻の業者が集まって作った駅弁。「石巻のおいしい海の幸がたっぷり詰まっています。ぼく自身、今までに30個以上は食べてますが、奥さんのお土産として買うこともありますよ」(サンドウィッチマン・伊達みきお)。 【東京都/新幹線品川駅】 『品川貝づくし』980円(ジェイアール東海パッセンジャーズ) 昔から海と密接な関係にある品川にちなみ、貝を主役にした駅弁。はまぐり、あさり、しじみ、貝柱、焼ほたてが茶飯の上にたっぷり。「品川駅で買うのはいつもコレ! 味がいいのも魅力だけど、貝の成分が体によさそう。980円と値段もお手頃で◎」(あべ静江)。 【岩手県/一関駅】 『平泉うにごはん』1200円(斎藤松月堂)「ヘビロテしちゃうのは地元の駅弁。あわびの殻にうにを入れて焼いて食べる郷土料理を思い出す味。実家に帰省してお腹いっぱいご飯を食べさせてもらった後でも、こっそりこの駅弁は買ってしまう」(なかだえり) 撮影/矢口和也※女性セブン2016年8月18・25日号
2016.08.13 07:00
女性セブン
実はゲーマーのあべ静江 「気絶するまでやっちゃう」
実はゲーマーのあべ静江 「気絶するまでやっちゃう」
 幼少の頃から少女歌手や子役として芸能活動をしていたあべ静江(64才)。6月末には初めての自叙伝『みずいろの手紙』(夕刊三重新聞社)を出版し、過去の恋愛や現在の「おひとりさま」生活を赤裸々に綴っている。 いくつかの恋愛を経てきたものの、結局ずっと「おひとりさま」のまま、4年前に還暦を迎えたあべは、こう語る。「『人生を大きく一回りして、60才からが人生の勝負』ってずっと思ってたんです。だから、50代に入ってからは、いつも還暦を意識してきたので、すごくゆっくりと時間が流れるようになりました。60才を超えてから、健康診断にも行くようになりました(苦笑)。今は60才で生まれ変わって4年です。4才の育ち盛りですから、食欲も旺盛で、どんどん育っています(笑い)。今は何事も楽しむことに貪欲なんです」 外で友人・知人と楽しいお酒を飲む機会も多いが、家にいる時は刻々と進化しているデジタル機器をさわるのに夢中。スマホのほか、ガラケー2台、iPad、タブレット、PC、ニンテンドーDSを駆使して、ブログやゲームに熱中している。「とにかく好奇心は旺盛なんです。おひとりさまが寂しいなんて思う暇はないですね。寝る時はほとんど気絶状態になるまで何かしているので。初めてパソコンに出合った時なんて、3日間くらい触り続けて、最後はマウスを持ったまま前のめりに倒れ、顔にキーボードの跡がついちゃった(笑い)。ゲームも気絶するまでやっちゃうし…。新しい機械が出たら、すぐに使いたくなっちゃうの。やっぱり、私、普通の結婚は無理かも(笑い)」 60才を過ぎての生活を楽しく過ごすには、経験に裏打ちされた「人生を楽しむ技術」が必要だ。「人間、『つまらない』と思うのはいとも簡単です。どんなにつまらないように見えることでも、見方の角度を変えれば『これは楽しい』、『おいしい』と思えるようになる。それには60年の経験値が必要なのね。あっ、ごめんなさい。私、ゲーマーだから、どうしても『経験値』って言葉を使っちゃうの(笑い)」※女性セブン2016年7月14日号
2016.07.06 07:00
女性セブン
男を見る目なかった… あべ静江が過去の恋愛を赤裸々告白
男を見る目なかった… あべ静江が過去の恋愛を赤裸々告白
 過去にいくつかの恋愛を経験してきたが、結局は独身のままでいるあべ静江(64才)。「おひとりさま」を選んだあべが、過去の恋愛について、赤裸々に語った。「初めてお話しますけど、実はデビュー当時、おつきあいしていた男性がいたんです。短大時代に知り合った大学生で、私にとっては初めての恋人でした。でも、歌手デビューが決まり、東京で暮らすことになった私は忙しくて寝る暇もない。しだいに歯車が合わなくなって、私のほうから一方的に別れを告げました。決して嫌いになったわけではなかったので、心身を切り裂くようなつらい別れでした。電話を切った後は一晩中泣き明かしました。当時はアイドルの恋愛はタブー。最近のアイドルが簡単に結婚したり離婚をしたりするのを見ると、ちょっとうらやましいかも(笑い)」(あべ、以下「」内同) あべは、幼少の頃から少女歌手や子役として活躍。名古屋の短大在学中にラジオのDJを始める。1973年、21才の時に『コーヒーショップで』で歌手デビュー。同年、日本レコード大賞新人賞に輝き、翌年、『みずいろの手紙』で紅白出場を果たす。 現在はコンサート活動のかたわら、出身地の三重県で「みえの国観光大使」「松阪市ブランド大使」を務め、AEDや骨髄バンクの普及活動、震災復興のチャリティー活動などにも尽力している。 この6月末に初めての自叙伝『みずいろの手紙』(夕刊三重新聞社)を上梓。過去の恋愛やスターダムの生活、未婚の“おひとりさま”生活について赤裸々に綴った。「今でも20代から年配まで幅広い世代の男性と楽しく食事をしますが、みなさんお友達ですね。正直、結婚したいとも、したくないとも思っていません。ただ、私は20代の頃から結婚するなら“別居結婚”がいいってずっと言ってきたんです。遠くで暮らすわけじゃなくて、マンションの廊下へだてた向かいの部屋とかね。今でこそそういう夫婦もいるでしょうけど、当時は『なにバカなこと言ってるんだ』とさっぱり受け入れられなかった。 あと、過去の恋愛で、もう男性関係が面倒くさくなっちゃったというのはあります(笑い)。30代前半の頃のことです。彼は私のアルバムに参加してくれたスタジオミュージシャンのギタリスト。ふたりで“交際会見”を開いたら『彼と婚約している』『交際している』という女性が次々と3人も現れて…。あげくに女性が持ち込んだ彼の全裸写真が写真週刊誌に掲載されて、前代未聞の大騒ぎになっちゃった」 その後、4股をかけた恋人は行方不明になって連絡が取れなくなったが、実は時間がたってから再会していたという。「彼はまるで別人のようにボロボロになっていたので、その時は『別れましょう』って言えなくて。立ち直るまで“別れるタイミング”を計って、おつきあいを続けていました。ある時、彼が『おれは加害者みたいに言われて、損しちゃった』なんて言ったんです。冗談じゃない。私は世の中から“男に騙されたバカな女”というレッテルを貼られたのに。その時はなんて自分は男を見る目がないんだろうって痛感しました。もちろんはっきり別れを告げましたよ。この話、ずっと内緒にしていたけど、もう時効ですよね(笑い)」※女性セブン2016年7月14日号
2016.06.30 16:00
女性セブン
内山信二 さんまとの初麻雀で緊張。いいボケできず叱られる
内山信二 さんまとの初麻雀で緊張。いいボケできず叱られる
『あっぱれさんま大先生』(フジテレビ系)で子役としてデビューを飾り、今や俳優から司会業まで、幅広く活躍しているタレント・内山信二(33才)。彼にとって、先生であり師匠であるのはやっぱり明石家さんま(60才)だという。さんまとの交流についてたっぷりと語ってもらった。――さんまさんとは今でもおつき合いがありますか?内山:16才から毎年のように、さんまさんプロデュースのライブに出させてもらっているので、会ってますよ。昨年初めて、一緒に麻雀したんです。さんまさんとぼくって不思議な関係で、師匠でもあるし、先生でもあるんです。だから麻雀をしていても、上がっていいのかわからなくって。さんまさんも、ぼくに勝ってほしいけど「お前、俺から上がるのか」という気持ちもあるだろうし。お互い不思議な感覚なんですよね。――結局、さんまさんから上がったんですか?内山:上がりました(笑い)。さんまさんもぼくから上がるときは気が引けるみたいで。この感覚って、そうそうないと思うんですよね。6才からずっと教えてもらっている先生っていないじゃないですか。――麻雀は、ピリピリした雰囲気で?内山:ふざけながらですよ。ゴミひとつ捨てるにも、何かしなきゃいけないみたいな。ぼくはさんまさんの正面に座っていて、ゴミ箱の近くだったんです。さんまさんに「これ捨てといて」ってティッシュを渡されたので、受け取って捨てたんです。そうしたら「お前なんでそういう時に、格好いいシュートせえへんねん!」って言われて。そうか、普通に捨てちゃいけないんだ、とか考えてたら、全然麻雀に集中できなかったんです(笑い)。 さんまさんは先生って感覚なので、20才をすぎて初めて女性のいる店に連れて行ってもらった時も、お互い不思議な感覚でした。さんまさんからすれば、教え子と飲んでるし、教え子に口説けよと言ってるのも変だし、みたいな。――いつごろの話ですか?内山:21、2才くらいのときですね。16才から出ているさんまさんの舞台終わりで、「飲み行こうと思うけど、みんなどうする?」とさんまさんが共演者に聞くわけです。未成年だったころはぼくはスルーだったんですけど、「内山行くか?」と初めて誘ってもらって、大阪の新地に行ったんです。高級クラブです。 お店は緊張しましたけど、それよりさんまさんが舞台と同じか、それ以上に頑張っているのが気になったというか(笑い)。さんまさん、ものすごいしゃべるんですよ。いろんな人に話を振って振って、3時間半のライブが終わった後に、翌日も2ステージあるのに大丈夫かなというくらいしゃべって。その後アフターでカラオケ行って朝まで歌って、他の人が歌ってると、隣でチャチャ入れて(笑い)。――パワフルですね。初めて会った時から、さんまさんは変わりませんか?内山:『あっぱれさんま大先生』で6才で会ったんですけど、ぼくは芸能界に興味がなかったんです。父があべ静江さんの熱狂的なファンで、子供をタレントにしたら会えるんじゃないかということで、5才のぼくを子役事務所に入れたんですね。それから1年くらい、まったく仕事がなく、初めてのオーディションが『あっぱれ』だったんです。 そのオーディションも、父から「おいしいハンバーグ食べさせてやる」って騙されて行ってるんです。オーディション会場に5、6人ずつ呼ばれるんですけど、その時にさんまさんがいたらしいんですね。あまり覚えてないんですけど、真ん中のやたらうるさい人が、さんまさんだったらしいです(笑い)。 そこで質問されるんですけど、ハンバーグが出てこないからぼくはふてくされているので、全然答えなかったんです。でも、それが良かったらしいんですよ。『あっぱれ』のオーディションは、ドアを開けて「おはようございます」とあいさつした時点で、不合格だったらしいんですね。――さんまさんの第一印象は、“うるさいお兄さん”だったわけですね。内山:そうです。その後もしばらく、さんまさんがすごいとは思っていないですからね。でも小学校3、4年生あたりから、近所の人たちがテレビを見てくれるようになってきて。普通だったら「テレビに出ていて、すごいね」と言われるじゃないですか。だけど、ぼくの場合は、「さんまさんと出ていて、すごいね」と言われたんです。それで、あの人ってすごい人なんだと思ったことは、よく覚えています。 それに、ぼくがテレビで見ている芸能人とかが、みんなあいさつに行ってるんですよ。たとえば、とんねるずさんとか、ダウンタウンさんとか。――トークであったり、回しかたでもすごさを感じましたか?内山:それは中学生になってからです。他の司会者の番組に出た時とか、振りかたが全然違ったり。サッカーでいえば、ゴール直前までさんまさんがボールを持ってきてくれて、ぼくらはポンと蹴るだけだったんです。でも他の番組で、自分でボールを取りに行かなきゃいけないときに、さんまさんってすごいんだって。 あとは20才を過ぎてから、自分が子供と絡んだ時に、あの人すごかったんだって。子供って難しいんですよ。打ち合わせで話していたことも、本番では話せないとか、違うこと言ってみたり、いろいろあって難しいなって。それを、十何人の子供をまとめて、個性を最大限まで引き出すって、改めてすごいんだなって。――トークやボケ、ツッコミを教わったそうですね。内山:楽屋に呼ばれて「こうだ」ではなくて、本番中に教えてくれるんです。『あっぱれ』はお笑い芸人養成所みたいなところだと思ってます。視聴者も含めた公開授業です。今でもさんまさんは、芸人さんへのダメ出しは番組中に言うじゃないですか。だから知らない間に、見ている人たちもどんどんレベルが上がっているんですよ。さんまさんの影響だと思います。 たとえば、ぼくが子供の頃に“天丼”を知ってる一般の人が何人いたか。天丼って被せる事ですね、同じ言葉を2回繰り返すボケのことですけど。“噛む”も実は、業界用語なんですよ。それから“ツェーマン”は業界用語で1万円って意味なんですけど。こういう言葉を、さんまさんが定着させたんじゃないかって思います。――最後に、将来の夢があったら教えてください。内山:次に自分の冠番組を持てたら、さんまさんを第1回目のゲストで呼びたいんです。それ以外の恩返しの方法はないですよね。ずっと先生ですもん。【内山信二】1981年9月25日生まれ。東京出身。6才で『あっぱれさんま大先生』(フジテレビ系)に出演し、人気を博す。 7年4か月の長期間レギュラーを経て、お笑いタレントになる。伊集院光、石塚英彦、松村邦洋らとともに”デブタレ四天王”と呼ばれる。バラエティー番組をはじめ、テレビ、CMなどで活躍中。撮影■林紘輝
2015.09.12 07:00
NEWSポストセブン
ものまねタレントが選ぶ「うまく歌えたらすごい名曲」ベスト10
ものまねタレントが選ぶ「うまく歌えたらすごい名曲」ベスト10
 つらい時に自分を支えてくれる音楽。また、楽しい時にそれをより一層盛り上げてくれたのも音楽だったりする。 そこで、第13回爆笑スターものまね王座決定戦スペシャルで優勝。美空ひばり、山口百恵など多数のレパートリーを持つものまねタレントの斉藤ルミ子さん(53才)に、女性が歌ったら上手に聞こえる「カラオケでうまく歌えたらすごい名曲」を選んでもらった。斉藤さんは1983年、原宿で松田聖子のものまねをしていたところをスカウトされた。「ものまねをやっているので、歌手と同じ高さのキーやリズムなどすべてを模倣して歌います。一見ポップで簡単そうに見える曲が難しかったりするんです。歌唱力が必要な名曲を選びました」(斉藤さん)1位『川の流れのように』美空ひばり「サビの部分のビブラートのかけ方や低音から高音への持っていき方、声の張りや強弱など、難しく深みのある名曲中の名曲です」2位『あなたに逢いたくて~Missing You~』松田聖子「聖子ちゃんが作詞作曲したということもあって、とても本人が大切にしている曲だと思います。淡々としながらも感情を込めないとうまく歌えません」3位『みずいろの手紙』あべ静江「あべさんの声と詞の内容がすごく清々しくて透明感あふれる名曲です。いかに素直に歌い上げるかに難しさがあります」4位『つばさ』本田美奈子.「間奏部分で28秒間も声を出し続けなければならないという歌い手を選ぶ名曲です。見事歌えたら拍手喝采間違いなし」5位『ハナミズキ』一青窈「幅広い年代で歌われている名曲。音程通りにうまく歌おうとすると下手になってしまう。気持ちを込めてソウルフルに歌いましょう」6位『涙そうそう』夏川りみ「サビのキーが高く、さらにビブラートまでかけなければいけないというプロの技が光る曲です」7位『赤いスイートピー』松田聖子「歌い出しが最大のポイントです。低音ですが、聖子ちゃんはキッチリ出しています。初恋の頃を思い出しつつ、キュンとする気持ちで歌いましょう」8位『レット・イット・ゴー~ありのままで~』松たか子「サビはキーが高い上に声量が求められる。腹筋を鍛えてないと歌えません。それほど難しい」9位『君をのせて』井上あずみ「ジブリ映画『天空の城ラピュタ』のエンディング曲です。サビは、ファルセットいわゆる裏声で力強く歌い上げる必要があります」10位『ペッパー警部』ピンク・レディー「誰かと一緒に歌う曲。ハモり部分をいかに上手に歌えるか。それに尽きます」※女性セブン2015年3月26日号
2015.03.16 07:00
女性セブン
トラック野郎出演・あべ静江 文太さんと他の役者の違い回顧
トラック野郎出演・あべ静江 文太さんと他の役者の違い回顧
『トラック野郎』や『仁義なき戦い』での武闘派イメージが強いゆえに誤解されがちだが、菅原文太さん(享年81)は「知性の人」であり続けた。俳優業も晩年の社会活動も、思索に思索を重ねた結果だった。『トラック野郎 爆走一番星』でマドンナを務めたあべ静江が振り返る。「『男はつらいよ』のオファーと同じタイミングだったことを覚えています。私は文太さんの出演する深作欣二作品の大ファンでしたから、何の迷いもなく『トラック野郎』を選んだんです。 やくざ映画全盛の時代で、私には出演者やスタッフがみんな“本物”に見えちゃって(笑い)。ちょっと怯えていたんですが、文太さんは違った。穏やかで優しい目をしていたんです。地方ロケの打ち上げでは、ずっと熱く演技論を語ってくれた。お芝居にかける真剣さを感じましたね」 もうひとつの代表作『仁義なき戦い』でも、一役者という枠にとどまらないアイディアを出し続けた。当時の菅原を知る、元東映宣伝部部長の福永邦昭氏がいう。「『仁義』は、文さんが企画段階から参加した作品でした。おそらく俳優がゼロから映画制作にかかわった最初の作品ではないでしょうか。文さんは宣伝広告の写真を撮影する際、カメラマンと2人で京都のホテルに1週間缶詰めになって“リアリティとは何か”をとことん話し合ったそうです。途中からは深作監督も加わって“虚構”ではなく“実際のやくざ”を作ることに情熱を持っていた」※週刊ポスト2014年12月19日号
2014.12.10 11:00
週刊ポスト
柏原芳恵、あべ静江ほか スターたちのビフォーアフター写真
柏原芳恵、あべ静江ほか スターたちのビフォーアフター写真
 数多のスターのプロマイドを発売してきたマルベル堂が、浅草公会堂で創業90周年の記念コンサートを開催。近著『キャンディーズ プロマイドから微笑がえし』(徳間書店刊)を監修した写真家の伴田良輔氏が、マルベル堂の華やかな軌跡を振り返った。 * * * マルベル堂プロマイドは、かつて旬の“生もの”だった。その時、その年に、人気のあるアイドルやスターの写真を撮影し販売した。好きなスターのポートレートを手元におき、すぐそばにいるように感じることのできる写真カードとして、時代の流れによりそっていた。だからこそ、人気がなくなったり引退したスターのプロマイドは、忘れられていく運命にあった。 しかしプロマイドはいま、時の荒波を超えて蘇り、写真として新たな面白さを帯び始めている。“マルベルスタイル”と呼ばれる独特の指をそえるポーズ。ニッコリ笑顔でカメラ目線。こうしたワンパターンであればあるほど、そこに、巨匠カメラマンたちが技をこらして撮影した写真にはない、定点観測のような面白みが生まれる。 マルベル堂プロマイドは被写体によって撮影方法を差別したりはしなかった。みな同じであるからこそ、限られた時間の中でどんな笑顔が出来るかの力量や資質の差がくっきりと出た。そうして生き残ったスターたちにとってプロマイドは「一時代を作った」という動かしがたい証人にもなっている。 かつてプロマイドに登場したアイドルたちが、その写真の横に並ぶとは、なんと勇気ある行動だろう。しかし、一時代を作ったという証言者とともにいるからこそ、彼らはその年月を笑って受け入れることができるのだ。見る者は、過去と現在、その二つの顔の時間の間にあったであろうさまざまな物語を読み取るだろう。 もう二度と、プロマイドの中の輝きが戻ってくることはない。その切なさこそ、スターであったことの証明なのだ。【写真説明】 浅草公会堂で開催された「同窓会コンサート」に参加した面々。上段左から、T・AKIRA(フィンガー5)、あいざき進也、三原綱木(ジャッキー吉川とブルーコメッツ)、加橋かつみ(ザ・タイガース)、加藤高道(狩人)。下段左から柏原芳恵、西口久美子(青い三角定規)、江木俊夫(フォーリーブス)、あべ静江、伊藤咲子。撮影■渡辺利博※週刊ポスト2011年10月14日号
2011.10.15 07:00
週刊ポスト

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紺色のお召し物だった紀子さま
紀子さま、悠仁さまに「悪夢の再来」 宮内庁17cm包丁送付事件、同封便箋には皇族批判
女性セブン
京都の街を歩く舞妓のイメージ(写真/イメージマート)
元舞妓の告発に有名歌舞伎役者たちが大慌て 関係が露見すれば廃業は必至か
女性セブン
逮捕された「RYO&YUU」
「バレないように森の中で」公然わいせつ逮捕「RYO&YUU」が語っていた野外動画撮影の“対策” 実際には公園、海岸でも裸に
NEWSポストセブン
よくぞ言った!江口のりこがぶっちゃけたテレビのタブー「番宣出演は意味がない」
よくぞ言った!江口のりこがぶっちゃけたテレビのタブー「番宣出演は意味がない」
NEWSポストセブン
ゴルフをする女性芸能人が増えている(左は小島、右は鷲見。ともに本人のインスタより)
タイトなウェア姿を投稿しまくりの小島瑠璃子と鷲見玲奈「ゴルフ女子」枠巡る熾烈な戦い
NEWSポストセブン
ポスト和久田麻由子アナに浮上 「元東大ミスコン」堀菜保子アナ(27)の“大きな武器”
ポスト和久田麻由子アナに浮上 「元東大ミスコン」堀菜保子アナ(27)の“大きな武器”
NEWSポストセブン
TBS・安住紳一郎アナウンサーの魅力の源は?(時事通信フォト)
「定年までTBSに」先輩・吉川美代子アナが期待する安住紳一郎アナのこれから
週刊ポスト
結婚を発表し、お相手を「建築会社」とした滝沢。「一般男性」とは言っていない
滝沢カレン結婚!「テラハ」出演“肉食系”ハーフモデルのどこに惹かれたのか
NEWSポストセブン
眞子さまの箱根旅行のお姿。耳には目立つイヤリングも(2018年)
小室圭さんの妻・眞子さん 華やかだった4年前の「箱根・女子旅ファッション」
NEWSポストセブン
逮捕された「RYO&YUU」
公然わいせつ逮捕「RYO&YUU」、性的動画アップは「親公認」だった 22歳の女は愛知・香嵐渓で全裸に
NEWSポストセブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン
高橋真麻
高橋真麻「おでんの卵8個食べても太らない」女性が憧れる美スタイルの理由
NEWSポストセブン