国内

サンデル教授の対話型講義は日本の大学にも適応できるのだ

【書評】『マイケル・サンデルが誘う「日本の白熱教室」へようこそ』(SAPIO編集部・編/小林正弥・協力/小学館/1050円)

【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)

 * * *
「正義の戦争」はあるか――。神奈川大学で「国際政治学」を教える石積勝副学長が、半円状に着席した約一五〇人の受講生を前に、こう投げかける。その後「ある」、「ない」、「意見が固まっていない」、三つの考えで席替えをし、授業は開始される。

 おそるおそる口火を切るのは「ない」と考える学生。「人を幸せにするのが正義と考えると納得できる。戦争は人を不幸にする。だから正義の戦争はないと答えたい」。そこに「ある」と主張する学生が挙手。独自の正義をかかげてナチスを立ち上げたヒトラーを例にとり、「正義は主観によって違ってくる。だからその人にとっての正義の戦争はあると思う」。

 そこへ「『正義の戦争』の定義を教えてください」と、戸惑う学生のひとりが「助け船」を求めるが、石積教授は、「ここで議論することが、一人ひとりの答えにつながるのではないだろうか」と差し戻す。その瞬間、九〇分の授業はいっきに「白熱教室」へと変貌する。

 本書に収録された計8コマの「日本の白熱教室」を“受講”してみると、宗教、国際政治、倫理、哲学といった「根幹の問い」に対し、日本の若者たちもまた、この「対話型講義」に触発され、自己を再発見している様子がびりびりと伝わる。詰め込み式の日本の教育システムに対する、じつに健康的な反動の兆しではないか。

 本家、マイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」は、ディベート好きなアメリカでしか成り立たない授業スタイルではないか、と見るのは早計だ。知識や経験のまだ浅い学生たちこそが、「根幹の問い」への本質的な答えを求めて模索しているのである。読者もふと、教室の片隅にいるかのような臨場感を得るはずだ。

 本書1コマ目のサンデル教授のインタビューにくわえ、2コマ目“読者への特別講義”では、サンデル教授を日本に紹介した千葉大学の小林正弥教授が、「ステレオタイプの言説に飽きている多くの人びとの心を魅了」する対話型講義の秘密を明かしてくれている。

※週刊ポスト2011年6月17日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

女優・遠野なぎこ(45)の自宅マンションで身元不明の遺体が見つかってから2週間が経とうとしている(Instagram/ブログより)
《遠野なぎこ宅で遺体発見》“特殊清掃のリアル”を専門家が明かす 自宅はエアコンがついておらず、昼間は40℃近くに…「熱中症で死亡した場合は大変です」
NEWSポストセブン
俳優やMCなど幅広い活躍をみせる松下奈緒
《相葉雅紀がトイレに入っていたら“ゴンゴンゴン”…》松下奈緒、共演者たちが明かした意外な素顔 MC、俳優として幅広い活躍ぶり、174cmの高身長も“強み”に
NEWSポストセブン
和久井被告が法廷で“ブチギレ罵声”
【懲役15年】「ぶん殴ってでも返金させる」「そんなに刺した感触もなかった…」キャバクラ店経営女性をメッタ刺しにした和久井学被告、法廷で「後悔の念」見せず【新宿タワマン殺人・判決】
NEWSポストセブン
大谷と真美子さんの「冬のホーム」が観光地化の危機
《白パーカー私服姿とは異なり…》真美子さんが1年ぶりにレッドカーペット登場、注目される“ラグジュアリーなパンツドレス姿”【大谷翔平がオールスターゲーム出場】
NEWSポストセブン
初の海外公務を行う予定の愛子さま(写真/共同通信社 )
愛子さま、初の海外公務で11月にラオスへ、王室文化が浸透しているヨーロッパ諸国ではなく、アジアの内陸国が選ばれた理由 雅子さまにも通じる国際貢献への思い 
女性セブン
ロッカールームの写真が公開された(時事通信フォト)
「かわいらしいグミ」「透明の白いボックス」大谷翔平が公開したロッカールームに映り込んでいた“ふたつの異物”の正体
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
《ママとパパはあなたを支える…》前田健太投手、別々で暮らす元女子アナ妻は夫の地元で地上120メートルの絶景バックに「ラグジュアリーな誕生日会の夜」
NEWSポストセブン
グリーンの縞柄のワンピースをお召しになった紀子さま(7月3日撮影、時事通信フォト)
《佳子さまと同じブランドでは?》紀子さま、万博で着用された“縞柄ワンピ”に専門家は「ウエストの部分が…」別物だと指摘【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
和久井学被告が抱えていた恐ろしいほどの“復讐心”
「プラトニックな関係ならいいよ」和久井被告(52)が告白したキャバクラ経営被害女性からの“返答” 月収20〜30万円、実家暮らしの被告人が「結婚を疑わなかった理由」【新宿タワマン殺人・公判】
NEWSポストセブン
山下市郎容疑者(41)はなぜ凶行に走ったのか。その背景には男の”暴力性”や”執着心”があった
「あいつは俺の推し。あんな女、ほかにはいない」山下市郎容疑者の被害者への“ガチ恋”が強烈な殺意に変わった背景〈キレ癖、暴力性、執着心〉【浜松市ガールズバー刺殺】
NEWSポストセブン
英国の大学に通う中国人の留学生が性的暴行の罪で有罪に
「意識が朦朧とした女性が『STOP(やめて)』と抵抗して…」陪審員が涙した“英国史上最悪のレイプ犯の証拠動画”の存在《中国人留学生被告に終身刑言い渡し》
NEWSポストセブン
橋本環奈と中川大志が結婚へ
《橋本環奈と中川大志が結婚へ》破局説流れるなかでのプロポーズに「涙のYES」 “3億円マンション”で育んだ居心地の良い暮らし
NEWSポストセブン