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母の介護した作家 自著に「ママ、いつになったら死んで…」

<もう疲労で朦朧として生きているのに母は死なない>

<ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?>

 老いた母の死を願う、みずからも老いを意識し始めた娘の気持ちが、行間からはあふれ出てくる。『母の遺産 新聞小説』(中央公論新社)は1年4か月にわたって読売新聞に連載された長編小説。自らの体調悪化に苦しみながら、老いた母の介護に翻弄される主人公を襲う夫の不倫、姉との確執などを描いた。

 この小説を書いた水村美苗さんが、読売新聞社から新聞小説の依頼を受けたのは、もう10年も前のこと。

「そのときから、“今日、母が死んだ”という文章で始まって、物語が展開していく構想に決めていました。ただ、そのときは実際の私の母はまだ生きており、娘の新聞連載が始まるのを楽しみにしていました。それで、母を死んだことにして書き、何かいわれたら、“これは小説だから”とごまかすつもりだったのです」

 しかし、先に約束していた執筆依頼があったため、連載がスタートしたのは、依頼を受けてから8年後。その間に水村さんの実母は亡くなった。それにしても小説とはいえ、水村さん自身これほどまでに母の死を強く願ったのか。尋常ならざる母娘の確執は、さらに十数年前にさかのぼる。

「主人公の美津紀は、自分の体調が悪い中で、母のわがままに振り回されたり、介護に追われたり、老人を抱えて暮らす重圧に苦しんでいます。小説ですから、もちろんフィクションの部分はあります。でも基本的には、自分の仕事を持ちながら、父と母の面倒を長年見させられた私自身の体験が基になっています」

 水村さんの母親は、別々に暮らしながら、娘に頼り、時間も精力も取る。

「どこで何をしていようと、私は午後8時になると、母に電話をしなければなりませんでした。海外にいても日本時間の夜8時になると、必ず。私がしなければ、母からかかってくるので、行きつけのお店の人から、“お電話しなくていいんですか”といわれるほど有名でした(笑い)」

 高齢になって入退院を繰り返すようになっても、食べ物から服、雑貨まで、買ってくるものをベッドから指図した。

「常にきれいにしていたいという母の欲望にも振り回されました。また、筆まめな人でしたので、ペンが持てなくなってからは、手紙の代筆もどれだけさせられたか」

 施設にはいってからは、そこの食事だけでは気の毒だと、高級な刺し身を買い求めて、キッチンばさみで細かく刻んで食べさせるようにもなった。

 小説の中でも、娘には娘の人生があるのをわかっていても、母親は自分のわがままを優先させてしまう。娘のほうは、なぜここまで母親に束縛されなければならないのか、と思う。父親にひどかった母なので、なおさらである。母の立場になれば、実の親子なのだから当然だという居直りがある。読者はこんな母と娘の間を行ったり来たりしながら、生きること、老いること、死ぬことを見つめていく。

 母が逝ったあと、約1年4か月にわたる新聞連載も終わり、ついに単行本としてこの物語が出版されたいま、こんな質問をぶつけてみた。

「水村さんは、長生きしたいと思いますか?」

 一寸の間さえもおかず、水村さんはこう返答した。

「私は、長生きはしたくありません。自分の最期をわかっていたい。それが無理でも、少しずつ身辺整理をして、死に備えたいと思っています」

 母と格闘した十数年があったからこその思いなのだろう。

 有史以来、長寿は人類の悲願だったのに、それを手に入れた現在、「長生きはしたくない」が悲願になってしまうとは、なんとも皮肉な話である。

※女性セブン2012年6月7日号

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