ライフ

閉店が決まった歌舞伎町の中華料理店 至高のメニューを再録

中国菜館名物の焼き豚

 歌舞伎町で長く愛されてきた名物中華料理店が6月末に閉店する。この店にかつて足繁く通い、取材したこともあるフリーライター・神田憲行氏が紹介する。

 * * *
 店の名前は「中国菜館」という。入居している建物の建て替え工事にともない、6月28日の閉店が決まった。20年間同店のママを務める謝美珠さんは、

「体調も悪いから、他でお店を開くこともせずしばらく休むの。チャンスがあったら、また考えるわ。あはは」

 と朗らかに笑う。だが常連客には「中国菜館、閉店」は衝撃のニュースだ。グルメサイトの「食べログ」では閉店を惜しむレビューがさっそく上がった。また私が訪れた日も平日にかかわらず夕方5時の開店と同時に客がどんどん入店してきて、6時にはほぼ満卓になっていた。

「この間も20年ぐらい通ってくれていた40代の男のお客さんがが泣き出したの。『あら、あなた花粉症?』って聞いたら他の人が『違うよ、悲しくて泣いているんだよ』って。私、悪いこと言っちゃって。あははは」

 また家族連れで食べに来ていた常連客は、小学生の息子が書いた「感謝状」を携えてやってきたという。

 美味しくて価格はリーズナブルだが、店は平凡な佇まい。そのどこが熱くこんなに客を呼び寄せるかというと、ひとえにママの謝さんの明るく、優しい人柄に他ならない。どんなに忙しくてもテーブルの間を縫うように歩きながら笑顔で注文を取り、「元気ぃー」「久しぶりー」と声を掛けて回る。「これ試しに作ってみたの。サービスぅ」と注文していない料理が来ることもあった。

 私も夜の取材前にここで腹ごしらえしたり、取材帰りに立ち寄って謝さんとたわいも無い会話をするのが楽しみだった。

「私はお客さんを家族だと思って接していたの。だからお客さんも私を家族だと思ってくれている。それが嬉しい」

 あるとき満卓なのに新しい客が来た。するとすでにテーブルについていた夫婦が、出されたばかりの料理を全て「お土産にするから包んでくれ」と出て行ったことがあった。テーブルを新しい客に譲るためである。謝さんが客を大事にし、客も謝さんも店も大事にした。空いた食器を下げたり、テーブルを拭く客もいた。私も注文に悩む隣の若いサラリーマンに、お節介にもお勧めメニューを紹介したことがある。彼が「これ美味いですね」と喜んでくれたとき、私も嬉しかった。

 歌舞伎町という非常にビジネスライクで、カネがあればなんでも買えるがカネがなければどうしようもない街で、この店はカネでは買えないものを客たちに与えていたと思う。

 謝さんは1953年、台湾生まれ。80年に来日した。先にご主人の劉朝凉さんが来日して東京・蒲田の中華レストランで修行を始め、生活の目処を立ててから謝さんを呼び寄せた。といっても生活は楽ではなかった。部屋は四畳半で、風呂なし・共同トイレからのスタートだった。日本全体がバブルで浮かれる中、2人はコツコツと中華料理の腕を磨いた。仕事も昼間の仕事以外に、清掃など夜の仕事も二つ掛け持ちした。

 夫婦揃って「中国菜館」に移ってきたのは20年前のこと。やっとひと息つけるかと思いきや、今度は客層が悪かった。当時の歌舞伎町は中国人マフィアが跳梁していた。連中は大勢で店にやってきては、当たりお構いなしに中国語で窃盗や強盗の相談をする。謝さんは怖くて料理を運ぶ手も震え、精神安定剤を飲んで寝る毎日だったという。

関連キーワード

関連記事

トピックス

大谷の妻・真美子さん(写真:西村尚己/アフロスポーツ)と水原一平容疑者(時事通信)
《水原一平ショックの影響》大谷翔平 真美子さんのポニーテール観戦で見えた「私も一緒に戦うという覚悟」と夫婦の結束
NEWSポストセブン
大ヒット中の映画『4月になれば彼女は』
『四月になれば彼女は』主演の佐藤健が見せた「座長」としての覚悟 スタッフを感動させた「極寒の海でのサプライズ」
NEWSポストセブン
国が認めた初めての“女ヤクザ”西村まこさん
犬の糞を焼きそばパンに…悪魔の子と呼ばれた少女時代 裏社会史上初の女暴力団員が350万円で売りつけた女性の末路【ヤクザ博士インタビュー】
NEWSポストセブン
華々しい復帰を飾った石原さとみ
【俳優活動再開】石原さとみ 大学生から“肌荒れした母親”まで、映画&連ドラ復帰作で見せた“激しい振り幅”
週刊ポスト
中国「抗日作品」多数出演の井上朋子さん
中国「抗日作品」多数出演の日本人女優・井上朋子さん告白 現地の芸能界は「強烈な縁故社会」女優が事務所社長に露骨な誘いも
NEWSポストセブン
死体損壊容疑で逮捕された平山容疑者(インスタグラムより)
【那須焼損2遺体】「アニキに頼まれただけ」容疑者はサッカー部キャプテンまで務めた「仲間思いで頼まれたらやる男」同級生の意外な共通認識
NEWSポストセブン
学歴詐称疑惑が再燃し、苦境に立つ小池百合子・東京都知事(写真左/時事通信フォト)
小池百合子・東京都知事、学歴詐称問題再燃も馬耳東風 国政復帰を念頭に“小池政治塾”2期生を募集し準備に余念なし
週刊ポスト
(左から)中畑清氏、江本孟紀氏、達川光男氏による名物座談会
【江本孟紀×中畑清×達川光男 順位予想やり直し座談会】「サトテル、変わってないぞ!」「筒香は巨人に欲しかった」言いたい放題の120分
週刊ポスト
大谷翔平
大谷翔平、ハワイの25億円別荘購入に心配の声多数 “お金がらみ”で繰り返される「水原容疑者の悪しき影響」
NEWSポストセブン
【全文公開】中森明菜が活動再開 実兄が告白「病床の父の状況を伝えたい」「独立した今なら話ができるかも」、再会を願う家族の切実な思い
【全文公開】中森明菜が活動再開 実兄が告白「病床の父の状況を伝えたい」「独立した今なら話ができるかも」、再会を願う家族の切実な思い
女性セブン
ホワイトのロングドレスで初めて明治神宮を参拝された(4月、東京・渋谷区。写真/JMPA)
宮内庁インスタグラムがもたらす愛子さまと悠仁さまの“分断” 「いいね」の数が人気投票化、女性天皇を巡る議論に影響も
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン