世界最古の旅館・西山温泉「慶雲館」
創業200年を超える企業は、なんと3000以上。世界髄一の老舗大国である日本は、同時に世界一の「温泉大国」でもある。中でも1300年の歴史を誇る癒しの湯が兵庫、石川、山梨にある。時代を超えて日本人をもてなしてきた「千年旅館」について、ノンフィクション作家・野村進氏が解説する。
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日本は世界一の“温泉大国”である。温泉の質、量や施設の充実ぶりはもちろん、幅広い階層の国民が、昔からこれほど温泉に親しんできた国はほかにない。
ヨーロッパの温泉は、長らく貴族・支配階層の占有物であった。庶民が温泉を楽しめるようになったのは、意外にも19世紀以降のことなのである。アジアでも台湾や中国の温泉が最近にぎわいを見せているが、いずれも日本文化の影響が色濃い。
日本はまた、世界一の“老舗大国”でもある。世界最古の企業として知られる大阪の建設会社・金剛組は、古墳時代末の西暦578年の創業で、なんとムハンマドがイスラム教を開いた年よりも前から続いている。
200年以上存続する企業の数は、韓国0、中国9、インド3に対して、日本は実に3000以上。次点はドイツの約800だから、ダントツの1位である。さらに、1000年以上の“超”長寿企業も、ベストテンのほとんどを日本の会社が占めている。老舗は、この極東の島国に集中しているのである。
つまり、日本は世界一の温泉大国にして、老舗大国なのだ。それを象徴するのが、業歴1300年余を誇り、世界最古の旅館としてギネスブックにも認定された山梨県・西山温泉の慶雲館である。52代目の当主・深澤雄二社長は、こう語る。
「いまにして思いますと、とにかく立地条件がよかった。私も若いころは、こんな辺鄙な山奥にどうして、と思ったこともありますが、ここには戦乱も及ばなければ、外からの資本も入ってきません。すばらしい自然環境もずっと保たれていて、いまでは得がたい立地条件だなと感じるようになりました」