心身の健康に欠かすことのできない睡眠だが、一方で眠りについて悩む人も多い。厚生労働省研究班が2014年7月に発表した「睡眠薬の適性使用・休薬ガイドライン」では、「睡眠の質が低下し、なんらかの不眠症状に悩む人は成人の30%以上」とあり、3人に1人が何らかの不眠症状に悩んでいることになる。さらに140か国以上でヘルスケア事業を展開するMSDが実施した「不眠に関する意識と実態調査」(全国20~79歳の男女、7827名対象)によると、対象者の約4割に“不眠症の疑いがある”、約2割に“不眠症の疑いが少しある”という結果が出た。
また同調査で、不眠による日中のパフォーマンスへの影響を100点満点の自己採点形式で質問したところ、「不眠症の疑いなし層」は87.3点だったのに対し、「不眠症の疑い少しあり層」は77.5点、「不眠症の疑いあり層」64.5点、「不眠症治療層」62.0点と、不眠が日中のパフォーマンスに悪影響を及ぼしている可能性が示された。1981年に日本初の睡眠障害専門外来を開設して以来、最前線で治療にあたってきた久留米大学医学部の内村直尚教授は、不眠の悪影響についてこう解説する。
「睡眠が足りないと、反射神経が鈍り、判断力や思考力が低下して生産性が下がります。それが機械などの操作ミスにつながり、交通事故や重大な産業事故の原因となることもあります。例えば、1979年のスリーマイル島、1986年のチェルノブイリの原発事故も、睡眠不足の作業員によるミスが原因のひとつとされています。1986年のスペースシャトル『チャレンジャー』の爆発事故も同様です。
睡眠の時間や質が充分でないと、日中に眠くなり、イライラする、落ち着かない、疲れやすいなどの不調が現れます。さらに、不眠は生活習慣病の原因になることも。例えば、眠れないと満腹ホルモンのレプチンが低下し、食欲増進ホルモンのグレリンが増えるので、過食がちになり、肥満につながります。また、交感神経が優位になれば血圧は上がりますし、インスリンの働きが悪くなり、血糖値も上がってしまいます。こうした体調の変化が、心筋梗塞や脳血管障害の引き金にもなるのです。
そのほか、免疫力が低下し、風邪やインフルエンザなどの感染症のリスクも高まりますし、うつ病や、アルツハイマー病などの認知症にも、不眠が影響することがわかっています」
内村教授は、現代社会に特有の生活スタイルや環境が、不眠の原因になることもあると指摘する。
「交代勤務や夜勤などに従事する人は、昼夜のメリハリがなくなり、不眠になりやすい。また、夜に強い光を浴びると、眠気は醒めてしまいます。例えば、コンビニエンスストアの灯りは約2000ルクスと非常に明るいですし、テレビやパソコン、スマホなど、とくに青白い光を放つ電子機器を扱うことも、同様の悪影響があります」(内村教授)
前出の調査でも、不眠の疑いのある人の約半数が「就寝前にPC・タブレット・スマホを操作する」など、脳の覚醒を促す行動を取っているという結果だった。こうした状況を踏まえた上で、不眠の治療においては、いくつかの有効な選択肢があるという。