硬式野球部監督の退任が発表された広陵高校・中井哲之氏
沖縄尚学の優勝で幕を閉じた今夏の甲子園。大会期間中、大きな関心を集めたのが広陵高校の暴力問題だった。「不祥事による大会途中での出場辞退」という史上初の事態となり、広陵高校は決勝直前に中井哲之監督の「交代」を発表。当事者はどう受け止めたのか。被害を受けた生徒の父親に取材したノンフィクションライターの柳川悠二氏がレポートする。
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更迭ではなく、交代。引責辞任ではなく、ただの退任。野球部の監督こそ離れるものの、広陵の副校長や理事に関しては留任――。
夏の甲子園がいよいよクライマックスを迎えようとしていた準決勝の日(8月21日)、高校野球における広島の名門・広陵高校は甲子園通算41勝を誇る中井哲之監督が退任し、同校のOBである松本健吾コーチに監督を交代すると発表した。しかし、その理由は「本校硬式野球部をめぐり多くのご意見をいただいている状況」を踏まえたとしか説明せず、中井監督のコメントもなかった。
また、現1、2年生による暴力やいじめがなかったことを確認し、新たな体制で来春のセンバツ甲子園につながる8月23日からの秋季大会に出場するとした。広島県高野連も声明文を発表、広陵に対して「被害者及び被害者家族に対して丁寧な対応と説明を行なうこと」といった複数の指導内容を提示した。
この決定に、呆れに近い感情を抱いているのが今年1月に硬式野球部内で発生した集団暴行事件の被害者A君(当時、1年生)の父親だ。A君の父親は広陵に対して、中井監督および堀正和校長の謝罪会見と、再発防止策の徹底を要求していた。A君の父親は今回の対応についてどう受け止めたのか。
「学校として、とりあえず中井監督に責任を取らせました、という事態を収束させるための一時的措置のような気がしてしまいます。引責辞任だという発表もしなかったため、副校長として野球部に影響力を持ち続けるのでは……」(A君の父親。以下同)
そう言って声を落とした。確かに、監督の責任については言及せず、引き続き学校の理事兼副校長を続けるとなれば、ほとぼりが冷めた頃を見計らって、野球部に復帰する腹づもりだろうと勘ぐってしまう。
新しく監督となった松本氏は、5人いたコーチのなかで、中井監督の長男で部長だった惇一氏に次いで若く、広島の高校野球に詳しいメディア関係者によると、「副部長という立場だが、これまで中井監督の後任の人事として名前が挙がったことのないコーチ」だという。さらに惇一氏に代わって部長に就任したのはこれまでバスケットボール部の顧問をしていた瀧口貴夫氏だ。
「関係者に新監督のことを聞くと、生徒の受けが良いコーチだそうです」
両者の就任によって野球部の風通しは良くなるだろう。しかし、当たり障りのない人事にも見え、長期的視野に立って名門野球部の再建を託す人材登用とも思えない。実際、中井監督の退任発表後、スポーツ紙などの取材に対して同校の事務局長は復帰の「可能性はゼロではない」と応答したと報じられている。63歳になる中井監督やその長男であり、近い将来の監督就任が噂されていた後継者の惇一氏が現場に復帰するまでの「つなぎ人事」とも考えられる。