八木:日本は伝統的に、天皇個人の意思で国が動くシステムは採っていない。それが近代になって立憲君主制という形になった。ところが8月8日のお言葉は個人の意思を述べられ、そこで具体的な制度変更を希望されました。これは憲法に抵触するので、政府は動けない。天皇陛下がテーマ設定をされたこと自体が、問題解決を困難にしている面があるわけです。水面下でご意向を示されて、政府が独自の提案理由で立法する形ならば良かったのだが。
小林:わしもそれを政府がやるべきだったと思う。でも内々に伝えてきたのを政府が無視したんだから、国民の前で思いを述べられる以外にやりようがない。政府が動かないから、ああいう手段を採らざるを得なかったんだよ。
そもそも、天皇陛下が自由意思で発言するのはおかしくも何ともない。
八木:いや、それはダメでしょう。
小林:なんで? 発言自体は問題ないでしょ。権力側がそれを聞くかどうかを決めればいいんだから。
八木:天皇が国民統合の象徴であるためには、国民の間で賛否のある論争の渦中に立ってはいけない。賛成派と反対派に二分されてしまう。
小林:もちろん、原発推進か反対かみたいな議論で個人的な意見を言っちゃダメ。でも天皇制をいかに維持するかという問題は、公的な発言でしょ。自分の経験に基づいて、国民に議論を喚起するために話された。それを受けた国民の90%が退位を希望しているのだから、それに見合う法律を作ることに何の問題もない。
八木:陛下のお気持ちは強いし、世論調査でも高い比率で支持されているので、政治的には退位を実現せざるを得ないと政府も考えている。ただ、法的な理屈が立たない。皇室典範改正であれ、一代限りの特別措置法であれ、政府としてそれを国会に提案する理由がどこにもない。天皇陛下のお言葉を受けてそのまま動けば、陛下が大事にされている憲法を否定してしまう。
小林:天皇陛下のお言葉ではなく、国民がそれを望んでいることを根拠にすればいいだけの話でしょ。
八木:国民の意思を把握するために、政府独自の世論調査も検討されている。
小林:別に政府がやんなくたって、テレビや新聞がさんざんやってんじゃない。
八木:しかし世論調査を根拠に法律を作ったことは過去に一度もない。だから政府は頭を抱えている。法律の最初に提示すべき「目的」を書くことができないんです。他の部分はほとんどできあがっているが、それが書けないと法律にならない。
小林:「皇位の安定性を維持するために」と書けば済むことじゃない。
八木:それは小林さんの意見であって、政府には「むしろ皇位の安定性を脅かす」という見方があるわけですから。そもそも憲法では、天皇が高齢になった場合の措置として「国事行為の臨時代行」と「摂政の設置」を規定している。政府としては、憲法のこの規定を採用せずに新たな法律を作る理由がありません。