「ある幹部と話をした記者は、『言い合いをしても泥沼になるので、マスコミのみなさんは好きに書いて下さい』と言われたらしい。それはもちろん建前で、今回の織田代表襲撃事件こそ、記者会見に対する返事と考えるのが妥当」(週刊誌記者)
暴力的すぎる批判への返答は、ターゲットとされた織田代表が無事だったことで失点となった。暴力団社会の受け取り方はさまざまで、「ボディガードを殺したのだから、いつでも織田代表に手が届くというメッセージになった。決して駄目な仕事とはいえない」という声もあるが、失態の汚名を返上するには、より暴力的な事件を起こし、殺害を成功させるしかない。
◆その日、司組長は東京へ
今回の襲撃によって、抗争事件がついに本格化したのは疑うことのない事実だ。暴力団には「血のバランスシート」という無軌道な論理がある。一人殺されれば、組織内で同程度の人間を殺してようやく、パワーバランスを取れるという等価交換の原則だ。その論理で考えれば、任侠山口組は最低でも亡くなったボディガードと同じ立場の人間を殺さねばならない。脱反社会勢力を公言している任侠山口組は、報復を自粛できるのか。
さらにいえば、未遂だったとはいえ、今回は組織のトップが狙われている。ヤクザの命は等価ではない。親分の命は、若い衆数人分の値打ちがあるとされる。山一抗争時代の週刊誌は、親分一人の命=若い衆30人分と煽っていた。
「抗争の実感は、自分と同じ立場の人間が殺されて初めて湧いてくる。襲撃された任侠山口組は、仲間の死によってリアルな憎しみを持っただろう。今回の事件で、抗争が全く異質なものとなった。一気に泥沼化する可能性は十分すぎるほどある」(他団体幹部)