その頼朝よりも外国人の目から見れば「天皇になるチャンスがあった」のが、今年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公、北条義時なのである。なぜなら、後白河法皇は決して頼朝とは戦おうとはしなかったが、承久の乱の首謀者後鳥羽上皇はまさに北条一族および鎌倉幕府を倒そうと兵を向けてきたではないか。まさに絶好のチャンス、正当防衛で相手を「殺し」ても、世界中どこの国でも文句は言われない。「先に攻めてきたほうが悪い」のであるから、徹底的に敵を殲滅してもまったく問題無い。それが世界の常識である。しかし義時は戦争に勝ったとき、天皇家に手を回して後鳥羽上皇を島流しにはしたものの天皇家本家には手を付けなかった。結局、藤原氏と同じで「回り道」をしなければならないのである。藤原氏の「回り道」は摂関政治で、武士たちの「回り道」が幕府政治というわけだ。

 武士たちは実質的には天皇家の権力を奪い取ったのだが、形の上では「天皇家から任命された武士の代表の征夷大将軍(あるいはその番頭の執権)が天皇の代理として日本を統治する」という建前を貫かざるを得なかった。自分たちは決して天皇にならないからである。だからこそ、約七百年にわたった武家政治の終わり、つまり幕末にはその建前を逆手にとって「幕府がお預かりしていた日本の統治権を天皇家にお返しする」つまり大政奉還という形で決着をつけることが可能だったのである。またこの流れを知っていれば、その「回り道」を拒否してまったく新しい権力を築こうとした織田信長のユニークさも明確になる。神の子孫である天皇を超えるには、自分が神となるしかない。だから信長は自己神格化をめざした。日本の「ルール」のなかでは、それをやらないと天皇家に取って代われないのである。頭がおかしくなったのでも、思い上がったのでも無い、そうせざるを得なかったのだ。それゆえ兄貴分の信長の失敗を見ていた徳川家康は宗教面のブレーンとして専門家の天海僧正を採用し、最終的に自分を東照大権現という神に祀り上げることに成功したのである。

 おわかりだろう。「日本史の最大の特徴は天皇の存在である」ことがわかっていなければ、日本史などわかりようもないのである。

晩年は肥満体だった明治帝

 大日本帝国の成立もそうである。近代的な西欧型の国家を作るためにもっとも重要なことは、「万人平等の市民社会」をどうやって建設するかだ。これは、朱子学を基本思想としている朝鮮国(大韓帝国)や清帝国では絶対に実現不可能な課題である。しかし大日本帝国は、というより江戸時代以来いわゆる「勤皇の志士」たちは、その朱子学を逆手にとって神道と一体化させることによって「四民平等」という困難な課題を達成した。言うまでも無く、大日本帝国憲法では「大日本帝国は天皇が統治する国家である」と規定している。したがってこの時代の日本史つまり大日本帝国史においては、天皇がどのような人物でどのように活動したかということも重要な分析事項になる。

 現在も日本国憲法において天皇は「国民統合の象徴」であるが、こうした天皇重視の伝統が日本国憲法が将来改正されるとき(必ず改正される)に変わるかどうかはわからない。しかし、それ以前の歴史については、明治時代の終わりつまり歴史の分岐点を、明治天皇の崩御でとらえなければならないだろう。そこで少し時間を戻して、明治天皇とはどういう人物であったかを少し述べよう。こうしたとき、まず百科事典の客観的で通説的な評価を紹介するのがこの『逆説の日本史』の基本的なやり方だが、明治天皇に関する記述はあまりにも多く、全部を引用しているとそれだけでこの回が終わってしまうので、私がもっとも「簡にして要を得」ていると考える明治天皇の履歴を紹介しよう。それは次のようなものである。

〈第122代天皇。在位1867―1912。
嘉永(かえい)5年9月22日生まれ。孝明天皇の第2皇子。母は中山慶子(よしこ)。父の死により16歳で践祚(せんそ)。その10ヵ月後幕府は大政を奉還。五箇条の誓文を公布し、新政府の基本方針をしめす。明治と改元して一世一元とさだめ、京都から東京へ遷都。欧米の制度や文化をみならい、政治、経済、社会、教育、軍事を改革し、大日本帝国憲法や教育勅語などを発布して、立憲国家・近代国家確立に献身した。在位中、日清(にっしん)・日露両戦争、大逆事件がおこり、韓国併合がおこなわれた。和歌をこのみ、約10万首の詠歌をのこした。明治45年7月29日死去。61歳。墓所は伏見桃山陵(ふしみのももやまのみささぎ)(京都市伏見区)。幼称は祐(さちの)宮。諱(いみな)は睦仁(むつひと)。
【格言など】四方(よも)の海みなはらからと思ふ世になど波風の立ち騒ぐらむ〉(『日本人名大辞典』講談社刊)

 この簡潔な紹介でも四百字詰め原稿用紙一枚分ぐらいは食ってしまうが、それだけ本人の功績が偉大で膨大であるということでもある。ただ、せっかく紹介しておいてケチをつけるのもなんだが、最後の一文は【格言など】という言い方では無く、「御製の和歌」と正確に記すべきだろう。せっかく本文に「和歌をこのみ、約10万首の詠歌をのこした」とあるのだし、この歌は孫である昭和天皇が一九四一年(昭和16)の日米開戦直前に平和を望み繰り返し詠じたことでも知られているのだから。ちなみに、明治天皇と昭憲皇太后夫妻の霊を合祀した東京の明治神宮では、おみくじに二人の御製のどちらかが載せられている。

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