彼は、だから「やってよかった」という話ではなく「そういう時代があった」という事実を話している。彼はメディアについても同様に語る。
「テレビのゴールデンタイム、アイドル水泳大会で裸担当の女性がおっぱいポロンですからね。その辺の一般人にドッキリを仕掛けたり、容姿の醜さや性自認をバカにしたりの番組もあった。業界に限らず、いまの中高年から上は多かれ少なかれ、そういう時代に生きて、そういう社会で、自分の学校や家庭で意識せずとも当時の価値観のままに行動していたと思うのです。みんな自分のことは言わないだけ、私だってそういう時代にアニメの仕事をジャニーズにしていただいた、それだけの話です」
最大の当事者であったジャニー喜多川はこの世にいない。しがらみのない海外メディアが「黒船」となって取材したこと、被害者が勇気を出して告発したこと、そして当時はなかったインターネットの力によって以前のような抑え込みがきかなくなり、今回のジャニーズ事件に発展した。社会も変わり、価値観も変わったから被害者の側に多くがついた。
その上で、彼はジャニーズだけでない、他への飛び火を語る。
「他の芸能事務所だって他人事じゃないですよ。仕事や人気のためにそういう要求や強要なんてたくさんあったことは事実ですから。当時の未成年で被害に遭った方々が名乗り出るとも限らない。ハリウッドであった事件のように」
ハリウッドで絶大な力を誇った映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインは1990年代から多数の新人女優や若手女優志望者、子役に至るまで自分の欲望の餌食にした事実をニューヨークタイムズに告発され、グウィネス・パルトロウのような大女優まで「被害者」として名乗り出て、2017年に逮捕された。ワインスタインはそれまでメディアへの圧力を掛けていたし、告発した被害者にも関わらず心ない非難を浴びる女優もいたりした。
こうした権力者がいかがわしい強要の過去を告発されることは、その加害者の名をとって「ワインスタイン効果」とまで呼ばれている。加害当事者の生死の違いや被害者の性別を除けば、まさにジャニーズ問題と同じ構図である。
また実業家で投資家だったジェフリー・エプスタインは映画産業、コンテンツビジネスのあらゆるメディアにネットワークを広げ、児童を性利用してきたとされる。2019年に逮捕後、拘留施設で自殺したと発表されたが、これにより関わりを疑われた政財界の疑惑も含め、すべての真相は闇に葬られた。
「昔といっても30年とか40年です。日本でも、まだコンプライアンスの低かった時代の業界関係者で生きている人は多いですし、現役の役員だっています。他の芸能関係にも飛び火すれば、日本の芸能界というか、テレビ業界そのものがひっくり返る可能性だってありますよ」
※敬称略
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。