ジャニー喜多川一覧

【ジャニー喜多川】に関するニュースを集めたページです。

プロデューサー・酒井政利氏が明かす
酒井政利氏「ジャニーさんは信念の人、二度と現れない偉人」
 南沙織、郷ひろみ、山口百恵、松田聖子など、多くのスターを生み出し、ヒットメーカーとしても知られる音楽プロデューサーの酒井政利さん。先日、今年度の文化功労者にも選ばれた彼は、どんな経緯で音楽の世界に入ったのか? 酒井さんに話を聞いた。 酒井さんは1935年に和歌山県で生まれる。立教大学へ進学するために上京し、卒業後に就職したのは『松竹』だった。「大の映画好きだったのでうれしかった。ところが1959年、当時の皇太子さまと美智子妃のご成婚ブームを機にカラーテレビが普及し、私が入社した1961年には映画産業の斜陽は明白でした」(酒井さん・以下同) 愕然としていたところ、先輩からコロムビア・レコードで文芸部員を募集しているから受けてみたら? とすすめられて挑戦。3000人の応募者の中から採用された。「文芸部員って、今でいうところのディレクターのことですよ。私が23才だった1958年当時のスターといえば、美空ひばりや村田英雄。つまり歌謡曲のメインは演歌だったのです。でも、演歌という言葉はまだなくて、作家の五木寛之さんが音楽業界を舞台にした小説『艶歌』(1968年、講談社刊)を発表してから定着したように私は認識しています」 小説の中で演歌は「人々の恨みや哀しみをしっとりとした曲調に乗せて歌う」と定義づけられており、歌謡曲は「演歌」と「流行歌」とに細分化された。「あるとき、『愛と死をみつめて』という本を読んで感動しましてね。顔の軟骨肉腫って、今でいうがんに侵された女子大生と、その恋人の往復書簡で、後に大ベストセラーになりました。 私は早い段階で出版元である大和書房の社長に交渉してレコード化の権利を得たのです。文芸作品から映画が生まれるように、音楽が生まれるのもアリだと閃いて。しかも、作詞家も作曲家も歌手も新人でやりたいと考えた。古い体制を打破したいと思っていたのです。意気盛んというより生意気でしたね(笑い)」 こうして生まれた『愛と死をみつめて』は、新人歌手・青山和子によって歌われ、吉永小百合、浜田光夫出演による映画化や、橋田壽賀子脚本、石井ふく子プロデュースによるドラマ化の人気と相まって大ヒットに。1964年の「日本レコード大賞」に輝いた。故・ジャニー喜多川さんは信念の人だった ここから酒井さんの快進撃が始まるのだが、そのカギとなるのが作家・寺山修司との運命的な出会いだ。「私は寺山さんの劇団『天井桟敷』の舞台を観て、アイドル路線とは対極的な世界観に圧倒されました。寺山さんとの親交を深め、やがて劇団員だったカルメン・マキの歌う『時には母のない子のように』を手がけます。これはCBS・ソニー初のミリオンセラーとなり、私は仕事の幅を広げることに成功しました。 ジャニー喜多川さんを紹介してくれたのも寺山さんです。フォーリーブスの音楽プロデュースをすることになり、その後、郷ひろみへとつながります。ジャニーさんは信念の人。当時は若い男の子ばかり集めてどうするのという風潮でしたから。逆風の中、男版宝塚を作るんだと夢を語っていたことが忘れられません。見事に実現しましたからねぇ。あんな偉人は二度と現れないと思いますね」【プロフィール】酒井政利(さかい・まさとし)/1935年、和歌山県生まれ。立教大学卒業後、松竹、日本コロムビアを経てCBS・ソニーに入社。プロデューサーとして南沙織、郷ひろみ、山口百恵、松田聖子など多くのスターを生み出す。『愛と死をみつめて』(1964年)、『魅せられて』(1979年)で日本レコード大賞を受賞するほか、受賞作多数。現在は、酒井プロデュースオフィス代表取締役として音楽プロデュース業のかたわら、次世代のプロデューサーの育成に励んでいる。取材・文/丸山あかね※女性セブン2020年11月19日号
2020.11.09 16:00
女性セブン
ジャニーさんから「郷ひろみに友達はいらない」と言われたことも
郷ひろみ号泣 中居正広が明かしたジャニー氏からの深い愛情
 神妙な表情を浮かべた中居正広(48才)が言葉を発する。しかし、肝心な音声は聞こえてこない。代わりに流れたのは《個人的なことなので詳細は放送できないが、中居が伝えたのは、事務所を去った郷へのジャニー喜多川の深い愛情》というナレーション。その後に映し出されたのは、目を真っ赤にして涙を流す郷ひろみ(65才)の姿だった。「どんな話だったのか気になってしょうがない。号泣するほどの愛情って何なのか……」(郷ひろみのファン) そこで明かされた恩師との深く、固い絆とは──。 コロナ禍で延期になっていた全国ツアーを10月1日からスタートさせた郷。10月18日には65才の誕生日を迎え、当日は自身初となるインターネットでの配信ライブを行った。「今年6月には、著書『黄金の60代』(幻冬舎)を発売しました。それは、郷さんの日頃の考え方や行動について雑誌で連載していたエッセイを収録したものです。10代の頃の話や近年のトレーニング方法なども紹介されています。最近の郷さんは、来年、芸能生活50周年の節目を迎えるにあたり、過去を振り返りつつあるように感じます」(芸能関係者) 著書だけではない。半世紀にわたり芸能界の最前線で活躍してきた郷が、その芸能生活について深く踏み込んだのが、10月9日に放送された『中居正広のキンスマスペシャル』(TBS系)だ。 郷が芸能界でのスタートを切ったのは1971年、ジャニーズ事務所だった。オーディション会場でジャニー喜多川さん(享年87)に見いだされ、とんとん拍子にデビューが決まる。「郷ひろみ」という芸名も、ジャニーさんが考えたものだった。「当時、ジャニーズ事務所は所属タレント10人にも満たない小さな事務所でした。郷さんは仲間たちと合宿生活を送っていましたが、ジャニーさんは郷さんだけを特別扱いし、食事もほかの合宿生とは違う豪華なものを与えていた。しかし、褒められたことはなく、いつも怒られていたそうです。それだけ郷さんへの期待が高かったということなのでしょう」(テレビ局関係者) ジャニーさんについて郷は『黄金の60代』で、《傍らにはいつもジャニー喜多川さんがいてくれた。僕にとってその存在は、師であり、芸能界の生みの親でもあった。なので、ジャニーさんのいうことはすべて僕には正しく、教わることの一つひとつが確実に僕の脳にインプットされていった》と回顧している。しかし、デビューから3年後、郷は恩師のもとを離れ、事務所を移籍する。その真相について郷は初めて番組内で、こう明かした。「ジャニーさんの目の届くところで自分が成長していくよりも、違うところで自分自身を成長させていかなきゃいけないのかなって」 番組では、中居がジャニーさんと郷をつなげようとしていたことも明かされた。6年ほど前のNHK紅白歌合戦のリハーサルで、郷と会った中居は元気がなくなってきたジャニーさんを気遣い、「電話して声を聞かせてあげてほしい」とジャニーさんの携帯電話の番号を郷に教えたという。音楽プロデューサーの酒井政利さんが明かす。「ジャニーさんの電話番号は、郷ひろみさんの名前にちなんだものでした。それぐらい郷さんは彼にとって特別な存在だったのではないか。中居さんから電話の話を聞いて郷さんは深く感動したようです」 そのエピソードを再び中居が明かしたのが、冒頭のカットされたシーンだという。「この秘話と共に、中居さんはジャニーさんが郷さんのことを長年気にかけていたことも語り、郷さんは堪らず号泣したのです。ジャニーさん自身は決して明かさなかったので、“片思い”に近い愛情ともいえるかもしれません」(番組関係者) 中居も郷と同じくジャニーさんという“親元”を去った身。「親の心子知らず」のような状態にさせてはいけないという思いがあったのかもしれない。「中居さんもジャニーさんへの強い恩義を感じているかたです。個人情報を含むので地上波ではカットされる可能性も承知の上で、それでも郷さんと話したかったのでしょう」(前出・番組関係者) 草葉の陰でジャニーさんも微笑んでいることだろう。※女性セブン2020年11月5・12日号
2020.10.24 16:00
女性セブン
東山が見せる””理想のジャニーズとは?(時事通信フォト)
ジャニーさんが「最高傑作」と語った少年隊 その永遠の輝き
 少年隊の錦織一清(55才)と植草克秀(54才)が、ジャニーズ事務所から退所することが発表された。ジャニー喜多川さんが「ぼくの最高傑作」と語った少年隊について、放送作家の山田美保子氏が語る。 * * *歌やダンスのスキルがずば抜けていた「別格」グループ「少年隊」の錦織一清サンと植草克秀サンが今年いっぱいでジャニーズ事務所を退所。でも「少年隊」というグループ名は「残る」という発表が9月20日、ありましたね。ジャニー喜多川さん(享年87)は「少年隊」のことを「ぼくの最高傑作」とおっしゃっていたそうです。それは、A.B.C-Zの舞台『ジャニーズ伝説』を見ていても、わかることでした。 同舞台は、ジャニーズ事務所の第1号グループである「ジャニーズ」のアメリカ進出がメインで描かれているのですが、作品内で紹介されるジャニーさん所有の秘蔵VTRの中に、もっとも登場しているのは「少年隊」とお見受けしました。 人気絶頂のときにアメリカに渡るも、約束していた日本での仕事をするために帰国。その後、本当なら自分たちが歌うハズだった「Never My Love」が別のアーティストのものとなり、全米チャートで1位を獲得したというエピソードをジャニーさんが公にしたのは『ジャニーズ伝説』の初演前のことでした。本格的な全米進出はジャニーさんの悲願ともいっていいことであり、その想いを背負って「少年隊」は数多くの海外のテレビ番組に出演したものです。 1980年、田原俊彦サン(59才)のデビューと共に、男性アイドルのNo.1事務所として席巻してきたジャニーズ事務所さんにあって、「少年隊」は、そのネーミングからして「別格」でした。歌やダンスのスキルがずば抜けていて、アップテンポな曲からスローバラードまで、大ヒット曲もたくさんありました。 ショーということでは、青山劇場で行われていたミュージカル『PLAYZONE』が秀逸でしたね。ジャニーさんの演出のこだわりが、青山劇場の天井の設計まで変えてしまったことは有名な話。堂本光一クン(41才)の『Endless SHOCK』や、滝沢秀明クン(38才)の『滝沢歌舞伎』『滝沢演舞城』などの演出の原点は『PLAYZONE』にあったと言っても過言ではありません。「青山劇場」『PLAYZONE』と言えば個人的に大切な想い出があります。10周年イヤーに入ったKis-My-Ft2の北山宏光クン(35才)、藤ヶ谷太輔クン(33才)、玉森裕太クン(30才)が主演で、千賀健永クン(29才)、宮田俊哉クン(32才)、横尾渉クン(34才)、二階堂高嗣クン(30才)も並んで出演していた『PLAYZONE 2009 太陽からの手紙』です。 ありがたいことに、事務所のかたからお誘いいただくも、当時、ジャニーズJr.のことをあまり知らなかった私は「どうしよう」と行くのをためらっていました。が、同舞台は「ニッキの初演出」と聞き、「ならば」と行かせていただいたのです。そこで“キスマイ沼”にハマり、暑苦しく応援し続けているのは、「山田EYEモード」を読んでくださっているかたはよ~くご存じですよね? その『太陽からの手紙』の千秋楽、キスマイのメンバーに呼び込まれて「演出・錦織一清」が舞台に現れたのです。そのときニッキはゴルフウエアに身を包み、キャディーバッグを背負っていました(笑い)。ニッキならではのシャレなのですが、キスマイメンバーは「稽古を見てくれなくて、すぐゴルフに行っちゃう」などと大先輩にツッコんでいました。そのとき思ったのは、すでにニッキはアイドルを卒業し、自由にやっているんだなということでした。 今回、退所挨拶のメッセージで自身を「甘えん坊」と表現したニッキ。どういうところをそう思っていたのかわかりませんが、私は、ニッキほど男気にあふれた人はいないと思っていました。ジャニーズ事務所を出て2002年に再結成した「フォーリーブス」のコンサートを訪れ、「フォーリーブスさんがいなかったらいまのぼくはいない」と舞台で明言したニッキ。青山孝史さん(享年57)や北公次さん(享年63)の葬儀に自分の名前で供花を贈っていたのもニッキだけでした。ジャニーズ事務所の「社歌」ともいえる『仮面舞踏会』 そしてカッちゃん。最後に彼の姿を間近で見たのは、2015年、『Endless SHOCK』で前田美波里サン(72才)がけがで降板され、急遽、代役として呼ばれたカッちゃん。これまでにも「オーナー・ウエクサ」として出演していたとはいえ、完璧にこなし、カンパニー(劇中のエンターテインメント集団)にもハイスピードでなじんだカッちゃん。やはり、舞台にこだわり続けたジャニーさんの最高傑作の1人ということですよね。そして、「Show must go on」(=何があってもショーを続けなければならない)をカッちゃんは見事に体現してくれたワケです。『さすらい刑事旅情編』(テレビ朝日系)や『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)のカッちゃんも大好きでした。ああやって大人の俳優さんの中にジャニーズが入っても「しっかり、やっていける」という道筋を作ってくれたのはカッちゃんだったのではないかと思います。 そしてヒガシです。実は、いちばんインタビューさせていただいたのはヒガシで、直近では『サンデーLIVE!!』(テレビ朝日系)のスタジオに行かせていただきました。いつ会っても「いつもお世話になってます」と言った後、周囲のかたたちに「山田サンには本当に長年よくしていただいて」などと声をかけてくださり、お礼状などもキッチリされています。 後輩に背中を見せてきた……という点で「少年隊」の3人は全員が、それにあたるのですが、「カウコン」(=カウントダウンライブ)をはじめ、後輩たちがヒガシと一緒に『仮面舞踏会』を歌うときの見事に揃ったダンスと、彼らの誇らしい顔を見るのが私は本当に大好き! そのたびに「ジャニーズ、ここにあり」と思うのです。10代の頃と変わらぬスタイルで、週3~4でジムに通い、「少年隊の東山紀之」であり続けるヒガシを心から尊敬します。 そんなヒガシの周辺から聞こえてきていたのは、デビュー35周年の記念イベントの話でした。周年をとても大事にしてくれる事務所が、それを考えていなかったハズはなく、日々、事務所のかたと話す機会がもっとも多いヒガシは前向きだったと予想されるのですが……、ニッキやカッちゃんの気持ちはどうだったのか。この先、ライブはあるのかないのか、とても気になります。「少年隊」が、ジャニーさんの最高傑作ならば、『仮面舞踏会』は、ジャニーズ事務所の社歌のようなもの。もう一度、3人が『仮面舞踏会』を歌う姿がどうしても見てみたいです。それがなかったとしても、最強の3つの個性が切磋琢磨した「少年隊」という最強グループは、後輩たちにとって憧れであり不滅の存在として輝き続けることに間違いありません。 12月にリリースされるベストアルバムや『PLAYZONE』の未収録部分も入るDVD-BOX、必ず買わせていただきます!■構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキング』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。※女性セブン2020年10月15日号
2020.10.04 07:00
女性セブン
105枚目のシングルを発表(写真は2020年現在)
郷ひろみ「女性の精神性は男性と比較にならないくらい高い」
 現在64才の郷ひろみ。1972年のデビューから、現在まで芸能界の第一線で活躍し続けている。今年も7月に105枚目のシングル『ウォンチュー!!!』をリリース、さらに月刊誌『ゲーテ』(幻冬舎)で連載された60回に及ぶエッセイを収録した著書『黄金の60代』(同)も出版された。そんな、今なお精力的に活動する郷ひろみに、インタビューを行った。 * * * 郷が、芸能界に入ったのは15才のとき。近所に住んでいた女性が東宝映画『潮騒』のオーディションに応募したことがきっかけだった。映画のオーディションには落選したものの、会場にいたジャニー喜多川さんに声を掛けられ、ジャニーズ事務所に所属。フォーリーブスと同じステージに上ったところ絶大な人気を博し、「ゴーゴーヒロミ!」というファンの掛け声から芸名を「郷ひろみ」にしたのだとか。 1972年、16才でNHK大河ドラマ『新・平家物語』に平清盛の弟、経盛役で出演し、役者デビュー。同年、8月に『男の子女の子』で歌手デビューし、一気にスターダムを駆け上った。20才でバーニングプロダクションに移籍してからもヒット曲を連発し、獅子奮迅の勢いでスターとして揺るがぬ地位を手中に収めた。「20代までは運に支えられていたんですよ。どんどん人生の転機につながる人に出会って、その人たちがどんどん運んできてくれた。これはすごいことです。でも30代からは運だけでは無理なんです。成功するために必要なものが4つあると考えているのですが、それは『感謝』と『勇気』と『コミットメント』と『運』です。歌にしても踊りにしても、努力して自分を磨いたり、どう自分を見せていくかを考えたりして、自己責任のもとに行動を起こしていく。そうやって運命を勝ち取っていかなくてはいけないということに、ぼくは40代に入ってから気づいたんです。 ラッキーだったのはソロだったこと。ずっとひとりでやってきたから、うまくいかないことがあっても誰かのせいにはできなかった。どんなときも逃げずにグッと堪えたから、いまの自分があると確信しています」(郷ひろみ・以下同) とはいえ30代からは自力で、というのは芸能界に限ったことではないかもしれない。「そのとおり。ぼくは特別な道を歩んできたとは思っていません。大人になったら自分のことは自分でしましょうという当たり前なことを実践してきただけなんです。ただし人間の成長の度合いとか速度というのは千差万別。ですから、自立して生きていくことの大切さに気づくタイミングも、人それぞれでいいのかなって思います」 そして今、郷は“黄金の60代”と呼ばれるようになった。「自分のことを正確に測ることのできる物差しがあったとしたら、正確に測れる時期が10代なのか、20代なのか、それとも30代なのか、40代なのか。ぼくの場合は、体力や気力、経験値、人間力などいろいろなことのバランスがもっとも整うのは60代だろうと仮定して、50代までを生きていたのです。 いいことも悪いことも、60代を輝かせるために必要な心の肥料となると考えて、精進してきたつもりです」「すごいです!」と伝えると、「ありがとうございます」と言った後、「でもすごくはないです」と付け加えた。「女性の精神性は、男性とは比べものにならないくらい高いとぼくは常々思っています。たとえば男性は野心に突き動かされて仕事をします。『家族のため』という男性がいたら、それは奥さんに対するエクスキューズでしょう。 片や女性に野心はない。あるのは誰かのためにという母性愛。しかもその犠牲的精神は、すべての女性が生まれ持って備えているものです。ゆえに男性は女性には敵わない。女性の中から生まれてきたのだということを考えても明白ですね」【プロフィール】◆郷ひろみ/1955年10月18日生まれ、福岡県出身。1971年、映画オーディションで故・ジャニー喜多川さんにスカウトされ、1972年にデビュー。これまで発表したシングルは105枚、『NHK紅白歌合戦』への出場は32回にのぼる。日本の男性ソロアーティストとして歴代4位の1300万枚のセールスを記録している。撮影/大平晋也、女性セブン写真部※女性セブン2020年9月10日号 
2020.08.29 07:00
女性セブン
武田鉄矢が語るたのきん、近藤の人気で田原の目の色変わった
武田鉄矢が語るたのきん、近藤の人気で田原の目の色変わった
 数々のスターを生み出したジャニーズ事務所だが、その歴史の中で絶対に避けて通れないのが『たのきんトリオ』だ。 当時、ジャニーズ事務所に所属していた田原俊彦(た/トシちゃん)、野村義男(の/ヨッちゃん)、近藤真彦(きん/マッチ)の3人による『たのきんトリオ』。ドラマ『3年B組金八先生』(TBS系、1979年)の第1シリーズ出演後にブレークし、ジャニーズ事務所社長だった故ジャニー喜多川さん命名した。1枚のシングルも出さないまま、1983年8月、大阪球場で解散コンサートを行った。 そして、『3年B組金八先生』とは、1979年から2011年まで32年にわたり、断続的に第8シリーズまで放送された学園ドラマ(TBS系)。第1シリーズの最高視聴率は39.9%。武田鉄矢(71才)演じる教師・坂本金八が15才の妊娠という衝撃的なテーマを扱い、社会現象にもなった。たのきんトリオをはじめ、以降のシリーズでは亀梨和也、風間俊介、浅野忠信、上戸彩、高畑充希など多くのスターを輩出した。 武田鉄矢に、たのきんトリオの思い出を語ってもらった。 *「1979年に始まった『3年B組金八先生』シリーズは、累計8作で、教え子は200人!」と、武田は胸を張る。たのきんトリオの生みの親が故ジャニー喜多川社長なら、武田は育ての親で、ブレークの陰の立役者といえる大きな存在だ。「そもそも、すでに生徒役のオーディションが終わっていたところに、無理矢理ジャニー社長が10人くらいのメンバーを連れてきて、たまたまその中にいた3人がプロデューサーの目にとまり、追加で生徒役に選ばれたんです。それが彼らでした」と、武田は当時を振り返る。「近藤は、ちょっと角刈りで、やかましくてね。人が寄ってくるとワンワンワンってよく吠える秋田犬みたいな子。 田原は、彼だけ役柄より実年齢が2才上で、教壇から見ていても、やっぱりそれが嫌だったんじゃないかな。周りについていけないっていう大人の顔をしていました。そして、クニャクニャで、デレーっとしてるのがヨッちゃん(笑い)」(武田・以下同) 3人が出演した第1シリーズで当初注目されたのは杉田かおる(55才)だった。「当時は、子役から活躍していた杉田かおるが15才で妊娠するという難しい役を演じていて、ベテランの赤木春恵さん(享年94)らを相手に一歩も引かない見事な演技をする中で、それ以外の生徒役の子たちは、自分たちをガヤ専門だと思っている…そんな演技格差に悩む日々でしたね」 その“ガヤ意識”を取っ払ったのが、近藤真彦だ。「15才の妊娠というセンセーショナルな内容で、少しずつ視聴率が上がり始めて、そこから後半につなげるために、7話はいわば息抜き的な回で、近藤がメインの話だったんです。だから、スタッフ全員が視聴率は落ちると思っていたのに、反して、その回だけバーンと19.9%に跳ね上がっちゃって。そこからクラス全員の“ガヤ意識”がガラリと変わりました。もう、バラしても怒んないだろうな…いちばん変わったのが田原の目の色です。所詮10代のガキですからね、教壇からはよく見えるんですよ(笑い)」 ところが、近藤の活躍で変わったのは、生徒たちの意識だけではなかった。「その回以降、朝、荒川の土手ロケに行くと、6時半くらいから人影が並んでるんですよ。聞けば、近藤の人気がすごいことになってるって。最初は10人くらいだったのに、撮影終了の頃には、あの土手の道全部に女の子がズラーっと並んで(笑い)」 ほかにも1人、近藤の成長に魅せられていた人物がいた。「前半はひとり飛びぬけて演技がうまいために、周囲の学生たちとの距離が大きかった杉田が、近藤の回以降、楽しそうにクラスに溶け込み始めたんです。これはもう本当に驚きで。全員の意識の高まりでクラスに一体感が出たんでしょうね」 実際、杉田は2017年11月28日に放送された情報番組『ビビット』(TBS系)に出演した際、いまでも近藤のことを役名の“清くん”と呼んでいると話し、「恋心まではいかないんだけど、かっこいいな~っていうのがあって」と告白。クラスに打ちとけていたのがわかる。 1980年3月まで放送された金八先生の視聴率はうなぎのぼり(最終回は39.9%)。爆発的な人気を得た3人は同年5月、たのきんトリオを結成する。“たのきん”という名は、 ジャニー喜多川さんの発案だ。もともとこの3人をグループとして選抜したわけではなかったことから「悪ガキトリオ」「新々御三家」「金八トリオ」など、新聞や雑誌によってさまざまな呼称で呼ばれていた。田原は後に自著でこう語っている。「たのきんトリオの響きはどこかおっちょこちょいなイメージがあり今でこそ言えることだけれど、僕個人はあまり嬉しくなかった」 キラキラ王子様の田原らしい言葉だが、武田はそれがよかったのではないかと言う。「“たのきんトリオ”って名前、力が抜けてますよね。彼らがお金持ちの子供が通う有名私立中学校出身じゃなくて、下町の公立校・桜中学から生まれたのもよかったんじゃないかな」(武田) 下町生まれのスターの人気は、そこから加速し、社会現象と化していくのだ。※女性セブン2020年8月13日号
2020.08.03 07:00
女性セブン
24時間テレビのメイン・NEWS増田貴久「動き出すきっかけに」
24時間テレビのメイン・NEWS増田貴久「動き出すきっかけに」
 コロナ禍のいまだからこそ、できることを──。番組の放送が危ぶまれる中、世の中の困っている方々の役に立つという番組の趣旨に立ち返り、今年も開催されることになった日本テレビ系『24時間テレビ43 愛は地球を救う』(8月22日、23日放送)。ジャニーズの5グループから選抜で選ばれたメインパーソナリティーを中心に、「動く」をテーマに掲げて走り始めた。無観客、恒例のマラソン企画はなしと、いままでとは違う形式の中、世代もグループも超えて集まった5人の表情は決意に満ちていた。 そこで、5人のメインパーソナリティーの意気込みを紹介する。■井ノ原快彦(V6・44才) キャプテンを務めさせていただくこととなりました。ぼくが物心ついた頃には、24時間テレビは当たり前のように毎年やっていました。面白いのは、年代とともに、見方が変わってきて、40代になってみると頑張っている人を見ると泣けてくるんです(笑い)。(今回は)20代、30代、40代とグループの垣根を越えて集まったわけなんですけど、それぞれのリアルな気持ちをぶつけていけたらなと思います。■増田貴久(NEWS・34才) 井ノ原さんと同じく3回目のメインパーソナリティーを務めさせていただきます。外出自粛で家にいるときに、自分に何ができるんだろう、どんなことをすれば誰かがよろこんでくれるんだろう…ということを常に考えて生活していました。改めて、動き出す勇気というか、そういうきっかけになる番組にできたらいいなと思っております。■北山宏光(Kis-My-Ft2・34才) テーマが「動く」ということですけど、動けないからこそ、みんなで動くそのピースのひとつになれたらいいなと思っています。エンターテインメントの力を信じて、テレビを通して発信していけることをうれしく思っていますし、(ジャニー喜多川)社長が言っていた「Show must go on」というのも、こういう形でもできるな…ということをものすごく感じております。■重岡大毅(ジャニーズWEST・27才) この5人でというのは、ジャニーズファミリーのチーム感、絆みたいなものを強く感じています。テーマが「動く」ですけど、ぼくもいろいろ工夫して、動け出せたらなという気持ちです。ずっとテレビで24時間テレビを見させてもらっていて、すごく温かい番組だなと感じてたんです。はじめての参加ですけど、自分なりに温かさというのを感じながら、このチームで何かをさせていただけたらいいなと思ってます。■岸優太(King & Prince・24才) 先輩がたと出られるということで、今回、勉強させていただく思いでいます。King & Princeとして選抜されてきていますので、自分なりにまたグループに還元したいです。『24時間テレビ』を通して、いろんなことを学んで、人としても成長していきたいと心の底から思ってます。メンバーも自分のことのように今回のことを喜んでくれて、グループ愛を感じました。※女性セブン2020年7月23日号
2020.07.10 07:00
女性セブン
KinKi Kids新曲『KANZAI BOYA』はジャニーさんへの思い溢れる
KinKi Kids新曲『KANZAI BOYA』はジャニーさんへの思い溢れる
「KinKi Kidsになる前は、KANZAI BOYAという名前だったんです」。 堂本剛(41才)が幻のユニット名にまつわる秘話を告白したのは、昨年12月に行われた東京ドームでのコンサート(「KinKi Kids Concert Tour 2019-2020 ThanKs 2 YOU」、2019年12月15日・東京ドーム)だった。 1998年に初のコンサートを行ってから2017年まで20年連続で東京ドーム公演を行ってきたが、2018年は剛の突発性難聴の病を考慮して開催は見送られた。完治には至っていない中、2年ぶりに東京ドームに立った理由は、2019年7月に逝去したジャニー喜多川氏(享年87)への溢れる剛と堂本光一(41才)2人の思いがあったからだ。 光一がコンサートの冒頭で「ジャニーさんへの思いがにじみ出てしまっていて…。どこかしら常に、ジャニーさんを感じていただけるような構成にしました」と言ったように、MCでもジャニーさんとの思い出話がたびたび披露された。 そんな中、このコンサートのためにと剛が作詞・作曲したのが『KANZAI BOYA』だ。「KANZAI BOYAは、ジャニーさんがぼくらに最初に付けた名前。KinKi Kidsのファンならば、KANZAI BOYAという名前に敬意を表して、このワードを声高らかに…ジャニーさんに届くように叫んでほしい!」と剛はステージで思いを吐露。このときは剛のソロ曲で、ジャニーさんに扮した光一がラストだけ登場する…というスタイルで披露された。 自分たちの原点とジャニーさんに対する深い思いを込めた『KANZAI BOYA』が、光一も参加する形で、ついにシングルリリースされる。ジャニーさんへの愛を2人が形にしたコンサートを、いま一度、噛みしめたい。【info】『KANZAI BOYA』6月17日リリースジャニーズ・エンタテイメント900円+税(通常盤)初回盤AはMV付き(DVD1400円+税、Blu-ray1500円+税)、初回盤Bはグッズ付き(3400円+税)。※女性セブン2020年6月18日号
2020.06.10 07:00
女性セブン
嵐は…
TOKIOの動向が不安定、長瀬智也がもたらした波紋と今後の動向
「外出自粛中は、同じマンションに住む、ファッションデザイナーの友人の家と自宅を行き来しているようですよ。テイクアウトした食事をしながら、忙しいときは見られないような海外ドラマをイッキ見したりしているようです」 こう話すのは、TOKIO・長瀬智也(41才)の知人だ。 TOKIOファンは目下、長瀬の動向に注目している。今年2月、『週刊文春』(2月27日発売号)が、「2021年4月にジャニーズ事務所を退所し、TOKIOも解散」と報じると、それ以降、ネガティブな情報が続いているからだ。 4月に入ると、この報道を裏付けるような“友人”の証言が飛び出した。 かつて『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)で共演し、息の合ったコンビを演じた窪塚洋介(41才)は、4月15日にインスタライブを開催。ワインボトルをラッパ飲みする“おうち時間”を披露しながら、「長瀬くんもジャニーズ引退するって言ってたよ」とさらりと言ってのけたのだ。「昨年秋に長瀬さんは窪塚さんのインスタグラムに登場しています。2人がいまも友人なのは事実なので、泥酔した窪塚さんの“悪ノリ”だと言い切れない可能性もあります」(芸能関係者) さらに、事件は続く。5月13日、コロナ禍の特別体制で放送された『TOKIOカケル』(フジテレビ系)の総集編で、城島茂(49才)だけが収録に参加し、ほかのメンバーにアポなしで電話をかけるという企画でのことだ。 長瀬は、TOKIOのもう1つのレギュラー番組『ザ!鉄腕DASH!!』(日本テレビ系)にも、3月29日に出演したきり、2か月近く姿を見せていなかったこともあり、久々の登場が期待されていた。 しかし松岡昌宏(43才)と国分太一(45才)がそれぞれ電話に出て、ドラマ撮影のための体形管理や子育てについて近況を語る中、長瀬は電話にすら出なかったのだ。「さすがにほかのメンバーたちも長瀬さんの行動にあ然としたようです。“仕事中で電話に出られませんでした”とテロップが出ましたが、アポなしとはいえ、これだって仕事のはずで、“ボイコットしたのか?”と言う人までいたそうです。 翌週20日の放送にはリモート出演し、ヒゲがもみあげからアゴまでつながった熊のような風貌を披露し、メンバーを驚かせました。国分さんが、長瀬さんに“ご飯、大丈夫なの?”と聞いていて、本当に久しぶりに顔を合わせたんだなって。長瀬さんの奔放ぶりにメンバーやスタッフは笑っているようですが、内心、青ざめているのでは?」(テレビ局関係者) ファンの不安がピークに達したのが、ジャニーズ事務所がコロナ禍に結成した期間限定ユニット『Twenty★Twenty』(略してトニトニ)への不参加だ。「亡くなったジャニー喜多川さん(享年87)の意向を汲み、滝沢秀明さんの呼びかけで実現したものです。トニトニという名称も、ジャニーさんが考えたもので、もともとは東京五輪のために結成されるはずでしたが、こうした状況になり、五輪も延期になったため、エンターテインメントで社会貢献をしようと発足しました」(前出・芸能関係者) 参加メンバーはV6やKinKi Kids、嵐など、デビュー済みのグループの75名だが、そこにTOKIOの名前はなかった。「ほかの不参加メンバーは、未成年の女の子とホテルで酒席を開催したSnow Manの岩本照さん、そして新型コロナの外出自粛期間中に、飲み会をし、ついに芸能活動休止に追いやられたNEWSの手越祐也さんだけです。TOKIOはいま、音楽活動を休止しているとはいえ、トニトニは不祥事を起こしたメンバー以外は参加しています。不参加を決意したのは、TOKIOの音楽を全面的にプロデュースする長瀬さんの一存だという声もあります」(前出・テレビ局関係者) この時期、TOKIOファンにとっては落ち着かない、まさに春の嵐が吹き荒れていた。こうしたとき、常にメンバーの間に立ち、関係の改善に努めてきたのが松岡だった。「TOKIOのリーダーは城島さんですが、メンバーの仲介役となって仲を取り持っているのは、松岡さんなんです。松岡さんは、2018年5月の山口達也さん脱退後の会見でも明らかになったように、自分たちの状況をしっかりと把握し、親しいメンバーに対しても客観的に、時には厳しい意見も口にできる。その冷静さが、山口さんが抜けた後の4人をしっかりとつなぎ止めました」(前出・芸能関係者) さらに、長瀬とはある共通の思いを抱いている。「音楽活動の再開です。バラエティーやドラマにも取り組んでいますが、2人には自分たちはミュージシャンだという意識がとても強い。同じ思いがあるからこそ、長瀬さんは2つ年上の先輩である松岡さんには唯一さまざまなことを相談できました。しかし、それだけ信頼されていた松岡さんでも、長瀬さんの最近の言動には何も言えず、見守るしかないようです」(別のテレビ局関係者) しかし、TOKIOには、以前から決まっていた国際的な仕事がある。「TOKIOは、延期後も東京五輪のアンバサダーを継続して務めます。東京五輪は、ジャニーさんも楽しみにしていたビッグイベント。開催前にTOKIOのフロントマンである長瀬さんが欠けることはあり得ない。いま長瀬さんは音楽活動の再開や自身の活動の幅を広げるための“助走期間”と考えている。次のステージでもメンバーと笑っているはずです」(前出・テレビ局関係者) 長瀬の漕ぐ船は、いまどこへ進んでいるのだろうか。※女性セブン2020年6月11日号
2020.05.28 07:00
女性セブン
東山が見せる””理想のジャニーズとは?(時事通信フォト)
デビュー35周年、「ジャニーズ最強」と評された少年隊の実力
 今年、デビュー35周年を迎える少年隊が復活する日は来るのだろうか──。錦織一清、植草克秀、東山紀之の少年隊は1985年12月、『仮面舞踏会』でデビュー。オリコン初登場1位を獲得し、当時の人気歌番組『ザ・ベストテン』(TBS系)でも6週連続1位に輝いた。その後も、『バラードのように眠れ』『ABC』などヒットを飛ばし続け、NHK紅白歌合戦にも8年連続出場した。 1962年のジャニーズ事務所創業以来、ジャニー喜多川氏は何組ものグループを育ててきたが、少年隊への力の入れ具合は格別だった。 デビュー前の約4年間、3か月に1度ほどのペースで海外に渡り、本場のエンターテイメントを学ばせた。ブロードウェイのミュージカルを何度も鑑賞し、マイケル・ジャクソンの『スリラー』の振付師であるマイケル・ピータースの1日8時間に及ぶダンスレッスンを受けさせたこともあった。 1980年に田原俊彦と近藤真彦がデビューしてジャニーズ事務所は再興したが、1984年にはチェッカーズや吉川晃司など、他事務所からアイドルが台頭。そんな状況下で、アクロバティックさとしなやかなさを兼ね備える少年隊が爆発的な人気を得て、事務所の勢いは増した。 2019年9月4日放送の『TOKIOカケル SP』(フジテレビ系)では、TOKIOの国分太一がジャニー氏に「最強のグループは?」と質問した際、「少年隊」と即答されたという秘話を明かした。5枚目のシングル『stripe blue』でバックダンサーを務め、ミュージカル『PLAYZONE ’87 TIME-19』にも出演した元CHA-CHAの木野正人が述懐する。「ジャニーさんはどんどんアイディアが浮かんでくるので、公演直前に演出や振付を変えることもよくありました。でも、何を要求しても、少年隊は必ず応えていた。だから、信頼感があったのでしょうし、プロデューサーとしてすごく面白かったのだと思います」 東山紀之は自著で〈ジャニーさんほど芸に厳しい人もいない。実は、僕はジャニーさんにほめられた記憶がほとんどなく、叱られ通しで今日に至ったという感がある〉(『カワサキ・キッド』朝日新聞出版、2010年6月発行)と振り返っているが、それも期待の裏返しだったのだろう。 その証拠に、少年隊には何人もの一流の振付師が付いた。山田卓、西条満、名倉加代子、三浦亨、ボビー吉野など日本を代表する面々に加え、舞台『PLAYZONE』では1986年にマイケル・ピータース、1999年、2000年にトラヴィス・ペイン、2006年にヴィンセント・パターソンと、マイケル・ジャクソンの作品を手掛けた逸材とコラボレーションした。「先生によって振付のテイストは違うので、普通は担当が変わると、対応に時間が掛かります。得意なダンスはすぐ覚えられても、苦手なダンスは思うようにはできない。でも、少年隊はどんな種類のダンスでも、すぐに習得してしまう。ボビーさんが1、2回お手本を見せただけで振付を覚えていました。半端ない早さなんです」(木野) 少年隊なら要求に応えられるという確信があったからこそ、ジャニー氏はマイケルの振付師を招聘したのだろう。そんな“歴代最強グループ”も、2006年7月の『想 SOH』を最後に新曲発売はなく、2008年に舞台『PLAYZONE』が終了して以降、ほとんど活動していない。『PLAYZONE』最終年、少年隊の今後を3人はこう述べていた。〈死ぬまでやります〉(東山)〈やめてくれって言われなければ〉(錦織)〈少年隊というものを一番大事にして、また新しい形に作り上げていきたい〉(植草)(以上、2008年7月7日・日刊スポーツ) 今から4年前、錦織は将来を想像して、こう話していた。〈腰の曲がった3人がなんとなくステップを踏んでいたらかっこいい。『おじいちゃんたちが踊るの!?』って子供たちをびっくりさせたい〉(2016年9月3日・サンケイスポーツ) 今も、グループは存続している。新型コロナウイルスの影響でライブなどは難しそうだが、デビュー35周年の今年、何らかの発信を3人で行なってくれることを願いたい。■文/岡野誠:ライター。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)では、ジャニー喜多川氏の秘話も随所に掲載。4月30日19時から元CHA-CHA木野正人とネット配信トークイベント『1980年代 ジャニーズ名曲ヒストリー ~少年隊・東山紀之から貰ったシャケ・イクラ弁当~』を開催。詳細は下北沢本屋B&Bのホームページにて。
2020.04.26 16:00
NEWSポストセブン
仕事にストイックな安住紳一郎アナ
中居正広 「ジャニーズ退所のきっかけは安住アナ説」の真相
「局内で気まずそうに話している安住アナを見かけました。中居さんのことで、“退所のきっかけは安住なの?”と言われたとかで…」(TBS関係者) TBSの安住紳一郎アナウンサー(46才)と中居正広(47才)。2人は『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(以下、金スマ)や、毎年夏に放送される音楽特番『音楽の日』でタッグを組む、20年来の仲で知られる。だが、ここに来て“不穏な関係”が取り沙汰されている。 2月21日、中居がジャニーズ事務所を3月いっぱいで退所すると発表した。30年以上も所属した事務所からの退所に、ファンだけでなく日本中が驚きに包まれた。「退所会見で中居くんはすべての質問に答えていました。受け答えも軽妙で面白く、まさに中居劇場だった。あまりにも和やかムードだったため、厳しい質問ができなかったのも事実。そのため、会見後はさまざまな噂が流れました」(テレビ局関係者) その1つが、“安住アナとの関係”だった。芸能関係者が明かす。「TBSの五輪番組は、2004年から夏季冬季合わせて8期連続で中居さんがMCを務めてきました。しかし、今年の東京五輪は、中居さんではなく安住アナに変更されました。この“交代劇”が中居さんの退所にも影響したのではないか、という声が出ているんです」 中居はこれまでアイドル業以外にも、ドラマ、バラエティーからスポーツ番組のMCまで唯一無二の活躍を続けてきた。なかでもスポーツ番組には強いこだわりを見せてきた。「中居さんにとって東京五輪は集大成としてふさわしい場。タレントが8期連続メインMCを務めた例は過去にはありません。当然、東京五輪も中居さんだと思われていた。それなのに中居さんではなく、2004年のアテネ五輪以来、一度もメインMCとしてかかわってこなかった安住アナを抜擢するとは…。確かに局内でも“あからさまな中居さん外し”といわれるほど、この降板劇にはいろいろな疑問があがっていました。 中居さん自身が降板を申し出たという話もありますが、安住アナへのバトンタッチはTBSが独断で決めたことなんです。東京五輪では、アスリートを主役にしたNHKっぽいといいますか“スポーツ報道”を目指すことになり、タレントの出演を極力抑える方針となったのです。ただ、それを中居さんがどう受け取ったのかはわかりません」(前出・TBS関係者)◆2人で食事は一度もない 安住アナの総合司会就任が発表されたのは昨年7月。出演する『ぴったんこカン・カン』のスペシャルでのことだった。放送前には新聞ラテ欄にも「大切なお知らせ」と告知されていた。あまりにも大袈裟な告知だったため、安住アナの退社&フリーへの転身かと注目されたほど。 一方で、中居が退所を事務所に告げたのは昨年の6月頃だったと中居自身が会見で明かしている。「時期が一致するんです。それまで極秘だった、安住アナの五輪総合司会就任が関係者に漏れ始めた時期が、まさに昨年の5月か6月あたり。“五輪降板”を中居さんが知ったことで、退所を決断したのではないか、という人は少なくない」(前出・TBS関係者) かくして今回の中居の退所に安住アナとの“不穏な関係”が取り沙汰されるようになった。 中居の退所に、五輪番組降板はどれだけ関係しているのだろうか。中居に近い関係者はこう話す。「何かしらの思いはあるでしょうが、直接関係があったとは思えません。五輪の仕事は確かに長年続けてきてやり甲斐も感じていたし、本人もやりたい気持ちがあったでしょう。でも、中居さんが退所を本気で考え始めたのは2018年頃。その後、ジャニー喜多川さんもちゃんと看取り、時間をかけて準備をして退所を発表した。五輪キャスターの仕事がないことも本人はだいぶ前から知っていたはずですから、それが長年お世話になった事務所を離れる理由にはならないでしょう」 一方の安住アナは、中居のファンから「五輪を横取りしたと思われている」ことをどう考えているのか。「安住アナはそれなりに気にしているようですね。中居さんは共演者やスタッフを大切にすることで知られ、よく食事会を開きます。退所会見当日もみんなでご飯に繰り出していましたよね。 でも安住さんとの間には微妙な距離がある。タッグは長く同世代ですが、2人で食事に行ったことは一度もないはず。住所はもちろん、電話番号も交換していません。中居さんも安住アナもプロですから、タレントと会社員という立場の線引きをしっかり守っていたということかもしれませんが、あれだけ共演している割には、ちょっと…。 2015年に中居さんのお父さんが亡くなった頃から、少しずつ中居さんが口をきくようになったような気はしますが、それまでは収録前に安住アナが話しかけてもあまり会話すらなかった。だからこそ今回のことは、安住アナにとってはとばっちりというか、余計に気にしてしまう部分はあったのかもしれません。ただ、退所会見後の番組収録では中居さんと仲よく話していたから、2人の間では“誤解”は解けていると思いますよ」(別のTBS関係者) 2月下旬、足早に出社する安住アナに話を聞いたが、「質問に答えることは禁止されているんですよ。サラリーマンなので。これから仕事で…申し訳ないけど失礼します!」 そう言うと、その場を立ち去っていった。 他局の五輪キャスターの顔ぶれは豪華だ。NHKが嵐、フジテレビが関ジャニ∞の村上信五(38才)、日本テレビがくりぃむしちゅーの上田晋也(49才)と有働由美子アナ(50才)、明石家さんま(64才)、残るテレビ朝日は松岡修造(52才)と福山雅治(51才)の起用が噂されている。 局アナ抜擢はTBSだけ。確かに異質に見えるが、安住アナのMC力で、中居の後継者として奮起してもらいたい。※女性セブン2020年3月19日号
2020.03.05 07:00
女性セブン
中居正広 撮影/浅野剛
断絶から急転、中居会見後に木村拓哉がコメント出した背景
 2月22日、木村拓哉(47才)が、ジャニーズ事務所を3月末で退所する中居正広(47才)に向けてエールを送った。《それぞれが決めたこれからの人生、お互いに前に進もう。》 同じ高校に通い、Wデートをしたこともあった。SMAP結成後はリーダー、エースとして国民的アイドルに上り詰めた。時に意見がぶつかり合い、けんかすることもあった。それでも関係が続いたのは、SMAPという共通の大事なものがあったからだ。しかし、2016年末にSMAPを解散して以来、一度も言葉を交わすことはなかった。 昨夏、ジャニー喜多川さん(享年87)の「お別れの会」でも隣同士になろうとせず、視線が合うこともなかった。それだけに、たった24文字の言葉が重く感じる。 さかのぼれば、2017年9月に稲垣吾郎(46才)、草なぎ剛(45才)、香取慎吾(43才)がジャニーズ事務所を退所した際は、木村はコメントを出さず、出演する番組で彼らに触れることもなかった。 なぜ、いま沈黙を破ったのか――それは木村なりの中居への答えだった。 * SMAPメンバーで1人、ジャニーズ事務所に残ることになった木村は、あらゆる面で中居とは対照的な行動を取ってきた。「中居さんは人脈とは広く深くかかわり、その場を最大限に盛り上げるMCタイプ。一方の木村さんは、自分自身を深く見つめ、孤独を恐れずに高みを目指すアーティストタイプで、人とのかかわり方は深いが狭い。両極端な人が同じグループにいたからSMAPが際立っていたのも事実ですが、3人がいなくなってみると、その違いがあまりに目立つようになった」(テレビ局関係者) 孤高を極めようとする木村の姿勢に惹かれる人も少なくない。同じ事務所では、「友達不要」と公言してきた二宮和也(36才)がいる。「映画『検察側の罪人』で共演して以降、交友が深まりました。二宮さんは出不精なのに、わざわざ木村さんの家にまで遊びに行く関係でほかの人には話さないような悩みを相談してきたそうです」(映画関係者) 二宮だけではない。木村座長の元で時間を共にした共演陣からの信頼は厚い。「元AKB48の大島優子さん(31才)もそうですね。彼女は子供の頃からこの世界にいて、いろんな人を見てきたから、人の本質を見抜く目を持っています。木村さんのことは信頼しきっています。ファンや家族のことを考え抜いて事務所を辞めないという選択をした木村さんに、芸能人というより、人としての共感も抱いているそうです」(芸能関係者) 2月20日に幕を下ろした木村の初めてのソロコンサートでは、SMAP時代の楽曲が歌われたが、そのことは元SMAPの4人には事前に伝えられていなかったという。「事前に連絡すべきだったという人もいますが、むしろ、木村さんらしいと思います。そうした連絡をして断りを入れるのは無粋で、解散はしても元SMAPという間柄なら、言葉に出さずともわかり合えるはずだと考えているのでしょう」(前出・テレビ局関係者) 自分の思いを知ってもらうため、周囲に対して言葉を尽くし態度でも示す中居と、言葉が少ないことで誤解されるならそれでもいいとどこか達観する木村。「それぞれの美学の問題ですから、どちらが良い、悪いという話ではありません。その2人の断絶状態だった関係が、中居さんの会見を機に、急展開を迎えたんです」(前出・テレビ局関係者)◆自分たちがわかっていればいい 会見で質問されたSMAP不仲説に対して、中居は「何で知っているんだろうとは思いました」と冗談で返した上で、こう付け加えている。「不仲でいいんじゃないですか? 別にいいんですよ、本人たちがわかっていれば。よく夫婦とか恋人、家族、友達でも周りから言われるでしょうけど、自分たちがわかっていればいいことであって」 その言葉は、自分たちはわかり合っているという木村の自信と通ずる。「中居さんと木村さんは対極にいるからこそ、適度な距離感を保とうと携帯電話の連絡先も交換しないほどでした。SMAPの28年間の活動は、そうしたバランスの上で成り立っていたのです」(前出・芸能関係者) 中居は会見で記者から木村へのメッセージを求められると、「直接、話します」と胸の内を明かさなかった。「今回の会見はファンへ直接思いを届けるものでしたが、木村さんへ思いを伝える場でもあったと思うんです。だから、取り繕った言葉を発言するのではなく、“直接、話します”と木村さんにメッセージを送ったんだと思います」(前出・テレビ局関係者) その呼びかけに呼応するように、会見の翌日、木村はコメントを発表した。「中居さんの思いが伝わったから、今度は木村さんがメッセージを送り返したんです。中居さんが木村さんの流儀を尊重し、木村さんも中居さんの流儀を尊重した結果と言えるでしょう。コメントを出すことは、木村さんから事務所に掛け合ったそうですよ」(前出・テレビ局関係者) 元SMAPの3人も《一緒に頑張ってきた中居くんの新しいスタートにエールを送りたいと思います》とコメントを発表した。 その数日後、中居の独立についてどう思っているのか、あらためて草なぎに話を聞きに行った。「中居さんが独立されたお気持ちを」という呼びかけに、「コメントを出したので」と返した後、「あの、うん…頑張っていただきたいです」と笑顔で付け加えた。 会見で中居はSMAP再結成の可能性について「1%から99%」と幅を持たせた。その鍵を握っているのは当然、中居と木村になるだろう。いつか5人で――そんな姿を見られる日を気長に待ちたい。※女性セブン2020年3月12日号
2020.02.28 07:00
女性セブン
4時間もの会合を経ても、中居は疲労の色を見せなかった
中居正広、退所会見の夜に個室居酒屋で会った相手は?
 2月21日の会見で、3月末でジャニーズ事務所を退所することを明らかにした中居正広(47才)。その日の夜、彼の姿は都内の繁華街にあった。 中居は午後4時から会見を行い、独立の理由、故・ジャニー喜多川さんへの思い、元SMAP4人のことなど、どんな質問にもNGなく丁寧に応じた。そのため、会見の時間は、1時間50分に及んだ。  会見が終わると、司会を務める『ニュースな会』(テレビ朝日系)の収録に臨んだ。収録後は周囲に気を配りながら車に乗り込んだ。車が向かったのは都内繁華街にある和食系居酒屋だった。同店は産地を厳選した肉や減農薬の野菜を使うなど、素材にこだわる店として知られる。「このお店は誰とも会わずに個室に入れるため、芸能人やプロ野球選手がお忍びで訪れることでも知られています。また、味も絶品で一度来たらまた訪れたくなる料理ばかりです」(業界関係者) 個室には中居のほか、15人ほどのテレビ局関係者が集まり、『ニュースな会』のスタッフとの打ち上げが行われていた。「中居さんがスタッフを誘ったそうです。お店ではワンフロアを貸し切って、スタッフとお酒を酌み交わしながら、これからの番組のことなどをざっくばらんに話したそうです」(テレビ朝日関係者)  打ち上げは午後9時から始まり、日付をまたいで午前1時まで続いたが、中居は疲労の色を一切見せなかったという。4月以降も5本のレギュラー番組は継続するという中居。衰えない勢いでますます活躍してくれそうだ。
2020.02.26 16:00
NEWSポストセブン
横山裕 「汚い被り物」をしてジャニー氏に怒られた思い出
横山裕 「汚い被り物」をしてジャニー氏に怒られた思い出
 ドラマ『絶対零度~未然犯罪潜入捜査~』(フジテレビ系、毎週月曜21時~)で、監察官・山内徹を熱演している関ジャニ∞の横山裕(38才)に話を聞いた。「作品ごとに自分の中で何か得ないと、意味がないと思っている」と言うように、役者として作品に向き合う姿勢は実に真摯だ。言葉の端々から、モノ作りの現場を愛してやまない熱い想いが溢れている。さらに、“絶対”にまつわる10の質問には、軽妙な答えで飾らぬ素顔を見せてくれた。 * * * 前作(2018年)の撮影中から、「もしかしたら続編があるかもね」と沢村(一樹)さんと話していたので、本当に決まった時には、率直にうれしかったです。シリーズ化するということは、それだけファンのかたがたくさんいらっしゃる作品だということ。その期待を「やられた」と思われるくらい、いい意味で裏切りたいと思っています! アクションはもちろん見どころですし、台本がとにかくおもしろいから、ぼくたち役者がどう命を吹き込んで演じるか…というおもしろさがある。潜入捜査で変装することも多いので、多面性を出せる楽しさと難しさを感じながら演じています。 ドラマってバラエティー番組とは違って、物語の結末というゴールが決まっている。そのゴールに向かって、みんなで1つのモノを作るのがおもしろいんですよね。ドラマの現場って大変なんですよ。2分くらいのシーンなのに、3~4時間かけて撮ることもあるし、効率はめちゃくちゃ悪い(笑い)。 でも、大変さを含めてみんなで試行錯誤することも、モノづくりの醍醐味だと思います。スタッフさんを含め、みんなが同じ方向を向いて熱い思いを持って作っているその“熱さ”が好き。ドラマの現場にいると、「仕事してるな」って実感するんです! ◆“絶対”に関する10の質問Q.1 絶対に行ってみたい場所は?「ヨーロッパ。行ったことがないので、死ぬまでには行きたいですね」Q.2 絶対に克服できないものは?「キュウリ。子供の頃から食べられない」Q.3 絶対に変わらないと思うことは?「絶対に色白なんやろな~」Q.4 絶対に会ってみたい人は?「NBA選手。特にステフィン・カリー選手、レブロン・ジェームズ選手に、めっちゃ会いたい。いっしょに写真を撮りたいな~」Q.5 絶対に譲れないこだわりといえば?「お風呂に入らなければ、絶対に布団で寝ない! 例えば、酔ってお風呂に入れないならソファで寝ます」Q.6 絶対に見たい東京五輪種目といえば?「バスケ! アメリカがどんなオールスターで来るのか楽しみですね」Q.7 絶対にコンビニで買ってしまうものは?「歯ブラシ。泊まりの仕事がある時には、絶対買ってますね」Q.8 絶対に誤解されているんじゃないかな…と思うことは?「ぜんっぜん、ない!(笑い)。パブリックイメージも、そう思われてるんや~くらいで気にしない」Q.9 絶対に確保したい睡眠時間は?「3時間。短いけど、それだけ寝れたら仕事はできます」Q.10 絶対に忘れられないハプニングといえば?「Jr.の頃ライブで、ウンチの被り物をして出るコーナーがあって、とにかくウンチになりきったんですよ。あれは、ジャニーさんにめちゃめちゃ怒られましたね~。“何、汚いことやってるの!”って。それで、あ、ウンチってやったら悪いことなんだって知りました(笑い)」※女性セブン2020年2月27日号
2020.02.17 07:00
女性セブン
「HiHi Jets」活動自粛メンバーの復帰をファンはどう見たか
「HiHi Jets」活動自粛メンバーの復帰をファンはどう見たか
 2019年9月、ジャニーズ事務所は、所属タレントであるジャニーズJr.のグループ「HiHi Jets(ハイハイジェッツ)」(以下、ハイハイ)の橋本涼、作間龍斗、2名の年内活動自粛を発表した。謹慎期間が解除された今年の元日、両名はファンクラブ(ジャニーズジュニア情報局)にて謝罪文を掲載。そこでは復帰への意欲とファンへの感謝の気持ちが述べられていた。 復帰後は公式YouTubeチャンネルや『ザ少年倶楽部』(NHK BSプレミアム)への出演で、久しぶりにファンの前に姿を見せている。さらにジャニーズ所属タレントの素顔に迫る連続ドキュメンタリー『RIDE ON TIME』(フジテレビ系)では、彼らの「自粛」期間と、復帰直後の様子にも迫るなど、“攻めた”内容が話題を呼んだ。 彼らの活動自粛と復帰を「ハイハイ」のファンはどのような心境で見ているのだろうか。作間のファンであるという女性Aさん(23歳)は、こう語る。「女性関係のトラブルによって活動自粛となったので、復帰にあたり、さくちゃん(※作間)の姿を見るのが正直怖かった。早く復帰してほしい、でも姿を見るのも怖い。この葛藤の日々でした。痩せこけていたらどうしようと想像していましたが、復帰後は少しふっくらした様子で、相変わらずの笑顔を見せてくれたのでひとまず安心しましたね。 謝罪文や『RIDE ON TIME』のインタビューでも発言していましたが、さくちゃんは『グループの夢を自分の夢にすると決めた』と、はっきり語ってくれました。正直、その決意をもう少し早くしてほしかった。彼は本当に才能がある素晴らしいアイドルです。復帰を待っていたファンの優しさ、グループを守ってくれた3人のメンバーへの感謝を忘れず、これからも頑張ってほしい」(Aさん) 一方、ハイハイの「箱推し」(グループ全体を推すファン)だというBさん(21歳)は、こう語る。「復帰後、いつもはあっけらかんとしている“はしもっちゃん”(※橋本)のこわばった表情が印象的でした。やはり人前に出ることへの恐怖を感じていたんだと、顔から伝わってきた。長年彼のことを見てきたファンだからわかります。自分が悪かったとはいえ、苦しい期間だったはず。 黒髪、短髪にして、眉毛の形も変えていて、イメージチェンジした見た目からも反省が伝わったし、復帰後初の『少クラ』(ザ少年倶楽部)では、深くお辞儀をしていたのが印象的でした。2人の自粛中、残された3人が必死でグループを守ってくれたからこそ、こうして5人でスタートが切れた。彼らがより大きくなって、“伝説のグループになる”ための試練だと思って、今回の自粛期間を受け止めました」(Bさん)  今回の件で「デビューが遠ざかった」という不安の声も上がるなか、グループ存続を死守した3人のメンバー。そして心機一転、再びファンの前に姿を現した2人。ジャニー喜多川さんから絶大な期待を寄せられていたことでも知られる「ハイハイ」の未来に、多くのファンが注目している。
2020.02.15 16:00
NEWSポストセブン
ソロとして初めてのライブツアーをスタート
木村拓哉、ソロツアー初日会場に中居正広の車 ファンも騒然
 冬晴れの夕方。日が沈みかけ、冷え切った空気の中、2月8日の東京・国立代々木競技場第一体育館前は熱気に溢れていた。グッズを買うために列に並ぶ人や、展示されている巨大パネルの写真を撮影する人。ファンは祭典の開幕を今か今かと待ちわびていた。 この日、木村拓哉(47才)にとってソロとして初めてとなるライブツアー『TAKUYA KIMURA Live Tour 2020 Go with the Flow』の初日公演が国立代々木競技場第一体育館で行われた。 開演が近づくと、関係者入り口も人の動きが激しくなる。続々と芸能人が客席に入り始め、及川光博(50才)、冨永愛(37才)、中村アン(32才)は待ち合わせをしていたのか同じタイミングで会場に入る。開演5分前には明石家さんま(64才)が慌てて駆け込んだ。 熱気うずまく数時間前、一台の車が入り口近くへと滑り込むのを見た数人のファンは、はっとしたように口元を押さえていた。40代女性が興奮気味にこう話す。「あの車って彼が使っている車ですよね? 今日、来てるんですね!?」 彼女たちが見たのは「来るはずがない」とみられていた人物の車だった──。◆中打ち上げで見せた「座長」としての矜持 ほかにもドラマで共演経験がある間宮祥太朗(26才)、大島優子(31才)、三浦翔平(31才)らがステージを見守っていた。 ロビーには後輩の堂本剛(40才)、長瀬智也(41才)や親交がある宮根誠司(56才)、槇原敬之(50才)、浜田雅功(56才)ら30人近い芸能人からのスタンド花も並べられていた。「本当に豪華で、“この人はあのドラマで共演した”とか“やっぱり仲がいいんだね”などと言いながら、たくさんの人が写真を撮っていました。でも、やっぱり中居正広さん(47才)からのお花はなかったですね…」(コンサートを見たファン) それだけに、冒頭で紹介した“関係者用の入り口につけた車”を見たファンは思わず叫び声を上げた。「あの車、仕事で中居くんが使っている車なんです! SMAP時代からあのナンバーは中居くんってファンならみんな知ってます。中居くんが木村くんのライブに来たってことですよね」(ファンの40代女性) 木村のいる会場の楽屋裏に止まっていて、誰も乗っていないその車を記念撮影するファンもいた。 SMAP解散以降、木村と中居の共演はない。ジャニー喜多川氏(享年87)の家族葬が行われた東京ドームで、同じ会場に居合わせたことがニュースになったほどだ。「今回の代々木で中居くんを見かけた人はいないんです。でも中居さん本人か、中居さんに近い関係者が来ていたということでしょう? そう考えると、かつてより距離が近づいたということだと思います。木村くんが歌った2曲もどんな形であれ中居くんは聞いているはずです」(50代ファン) * ソロアーティストとしてのスタートを切った木村はライブ2日目の9日、都内の有名焼き肉店にいた。「国産A5ランクの黒毛和牛、それも脂の口溶けがよいとされる雌牛を備長炭で焼いて味わえる本格派の店です。おいしいだけでなくてリーズナブルと食通の間では評判です。そうと知らなければ通り過ぎてしまいそうな、隠れ家的な場所にあり、店内は自然素材が贅沢に使われて落ち着いた雰囲気です」(グルメ誌ライター) 木村の周りを固めるのは、今回のライブを支える30人ほどのスタッフたちだった。「追加ライブが11日に控えていましたが、ひとまず2日間を無事に終えたことを慰労する中打ち上げでした。会場を選んだのはスタッフで、木村さんはライブ終了後、1時間半ほどで到着しました。木村さん自らがスタッフにお酒をすすめ、挨拶の音頭もとっていました。1人1万円のコースだったんですが、お支払いは木村さん。今後のライブにさらにはずみがつきました」(コンサート関係者) 中打ち上げは3時間以上続き、木村が店を後にした頃には、日付が変わろうとしていた。木村が車に乗る直前に見上げた夜空ノムコウには、何が見えていたのだろうか。※女性セブン2020年2月27日号
2020.02.13 16:00
女性セブン

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