国際情報

キューバ危機でロバート・“ボビー”・ケネディが囁いた言葉

 本物のタフネゴシエーターとはその交渉力によって世界を動かし、歴史を変えてきた人物のことだと、国際ジャーナリストの落合信彦氏は言う。キューバ危機において活躍したタフネゴシエーターについて落合氏が解説する。

* * *
1962年10月、世界は人類滅亡の危機に瀕していた。 キューバ上空を偵察飛行していたアメリカ軍のU‐2偵察機が、地上に配備されたソ連製の中距離ミサイルを確認した。ソ連が、アメリカの主要都市を射程に入れた核ミサイルを配備していたのだ。

「キューバ危機」である。アメリカ大統領はジョン・F・ケネディ。ソ連首相はニキータ・フルシチョフであった。

 アメリカはキューバの周辺海域を海上封鎖、ソ連の軍的輸送を行なう船に対する臨検態勢を敷いた。そんな中、ミサイルを積んだとされるソ連船が封鎖海域に迫るその様子が刻々とテレビで中継され、核戦争勃発のカウントダウンが始まっていたのだ。

 この時の米ソ間のネゴシエーションこそ、未曾有の危機から人類を救い、歴史を変えたものだったと言えよう。

 ケネディとフルシチョフは、実は“似たような立場”にあった。キューバのミサイルの存在が明らかになり、ケネディは軍とCIAから「キューバを空爆すべし」と猛烈な圧力を掛けられていた(当時の空軍参謀総長はタカ派として有名なカーティス・ルメイだった)。一方のフルシチョフも、共産党政治局内の激烈な権力闘争の中にあり、弱気は見せられない状況にあった。

 逃げ道をふさがれた2人のリーダーの“代理人”として直接向き合ったのが、ケネディの弟で、司法長官を務めていたロバート・“ボビー”・ケネディとソ連駐米大使のアナトリー・ドブルイニンだった。

 2人はABCネットワークの記者ジョン・スカーリの仲介で危機の最中に密会をしている。場所は人目につかないように深夜のワシントン市内の公園に設定された。

 ボビーはこの交渉に臨んだ時の決意を私に対して、「未来の子供たちのためにも、決裂させてはいけないと考えていた」と明かしている。究極的な状況に置かれた時のネゴシエーターは単なる近視眼的な国益だけに拘泥されないのだ。

 この深夜の密会交渉で、重要なカギを握ったのはある「情報」だった。

 密会からほんの少し前、ソ連で一人のCIAスパイが捕まっていた。ソ連陸軍参謀本部中央情報部(GRU)大佐でオレグ・ペンコフスキーという男だ。彼はソ連の中枢にいながら、西側に、ソ連の「核開発と核基地」の情報を詳細に伝えていた。つまり、ウラル山脈のどこに核ミサイルが配備されているか、キューバ危機発生時にホワイトハウスは把握していたのだ。

 一方、この時ソ連側はペンコフスキーがどの程度の情報をアメリカに渡していたのかわかっていなかった。

 場面を深夜の公園に戻す。ボビーはドブルイニンにこう言い放ったという。
「我々は先制攻撃によって、ソ連の核基地を徹底的に叩くことができる」ドブルイニンが虚勢を張ってこう言い返す。

「そんなことは我々もできる」そこで、ボビーは相手の耳元でこう一言囁いたのだ。「ペンコフスキー」

 その瞬間、ドブルイニンは全てを悟ったのだろう。ペンコフスキーがどんな情報を流していたのかを。ボビーの回想によれば、深夜の薄暗い公園だったにもかかわらず、相手の顔から血の気が引いていくのがわかったという。

 このやり取りはすぐにフルシチョフに報告され、キューバに配備されたミサイルは撤去された。交換条件としてケネディはトルコに配備されたジュピターミサイルを取り払うことと、キューバに決して侵攻せずの保証をフルシチョフに与えた。ジュピターは古くて対ソ戦略から既に外されていたし、キューバ侵攻はケネディがもともと、優先オプションとして考えていなかったので失ったものは何もない。

 フルシチョフが、国内での批判に晒されて暴発するのを防ぐため、敢えて相手の顔を立てたのだ。さらにケネディは部下に対して、この対決でアメリカが勝利したなどとは、決して口にしてはならないとクギを刺した。ケネディの卓越したネゴシエーション能力と人間性が示されている。

※SAPIO2011年1月6日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

本拠地で大活躍を見せた大谷翔平と、妻の真美子さん
《スイートルームを指差して…》大谷翔平がホームラン後に見せた“真美子さんポーズ”「妻が見に来てるんだ」周囲に明かす“等身大でいられる関係”
NEWSポストセブン
部下と“ラブホ密会”が報じられた前橋市の小川晶市長(左・時事通信フォト)
《「策士」との評価も》“ラブホ通いすぎ”小川晶・前橋市長がXのコメント欄を開放 続投するプラス材料に?本当の狙いとは
NEWSポストセブン
女性初の首相として新任会見に臨んだ高市氏(2025年10月写真撮影:小川裕夫)
《維新の消滅確率は90%?》高市早苗内閣発足、保守の受け皿として支持集めた政党は生き残れるのか? 存在意義が問われる維新の会や参政党
NEWSポストセブン
2021年ドラ1右腕・森木大智
《悔しいし、情けないし…》高卒4年目で戦力外通告の元阪神ドラ1右腕 育成降格でかけられた「藤川球児監督からの言葉」とは
NEWSポストセブン
滋賀県を訪問された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年10月25日、撮影/JMPA)
《すぐに売り切れ》佳子さま、6万9300円のミントグリーンのワンピースに信楽焼イヤリングを合わせてさわやかなコーデ スカーフを背中で結ばれ、ガーリーに
NEWSポストセブン
注目される次のキャリア(写真/共同通信社)
田久保真紀・伊東市長、次なるキャリアはまさかの「国政進出」か…メガソーラー反対の“広告塔”になる可能性
週刊ポスト
送検のため奈良西署を出る山上徹也容疑者(写真/時事通信フォト)
《安倍晋三元首相銃撃事件・初公判》「犯人の知的レベルの高さ」を鈴木エイト氏が証言、ポイントは「親族への尋問」…山上徹也被告の弁護側は「統一教会のせいで一家崩壊」主張の見通し
NEWSポストセブン
この笑顔はいつまで続くのか(左から吉村洋文氏、高市早苗・首相、藤田文武氏)
自民・維新連立の時限爆弾となる「橋下徹氏の鶴の一声」 高市首相とは過去に確執、維新党内では「橋下氏の影響下から独立すべき」との意見も
週刊ポスト
新恋人のA氏と腕を組み歩く姿
《そういう男性が集まりやすいのか…》安達祐実と新恋人・NHK敏腕Pの手つなぎアツアツデートに見えた「Tシャツがつなぐ元夫との奇妙な縁」
週刊ポスト
女優・八千草薫さんの自宅が取り壊されていることがわかった
《女優・八千草薫の取り壊された3億円豪邸の今》「亡き夫との庭を遺してほしい」医者から余命宣告に死の直前まで奔走した土地の現状
NEWSポストセブン
左から六代目山口組・司忍組長、六代目山口組・高山清司相談役/時事通信フォト、共同通信社)
「六代目山口組で敵う人はいない」司忍組長以上とも言われる高山清司相談役の“権力” 私生活は「100坪豪邸で動画配信サービス視聴」も
NEWSポストセブン
35万人以上のフォロワーを誇る人気インフルエンサーだった(本人インスタグラムより)
《クリスマスにマリファナキットを配布》フォロワー35万ビキニ美女インフルエンサー(23)は麻薬密売の「首謀者」だった、逃亡の末に友人宅で逮捕
NEWSポストセブン