落合信彦一覧

【落合信彦】に関するニュースを集めたページです。

金賢姫連載も…国際情報誌が報じた「激動の平成」平成8年~
金賢姫連載も…国際情報誌が報じた「激動の平成」平成8年~
 平成史を振り返る上で見逃せない「北朝鮮による日本人拉致問題」が国会で取り上げられたのは平成9年(1997年)のことだったが、国際情報誌・SAPIOはそれ以前から拉致の疑いについて報じてきた。同誌は、激動の平成をスクープ記事と深い検証記事で伝えてきた。その記事から平成8年~現在の出来事を振り返る。●金賢姫からのメッセージ【平成8年】(1996年6月12日号、連載エッセイ『煉獄を越えて』開始) 1987年の大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫は死刑判決を受けるが後に特赦された。韓国人となった彼女のソウル生活が8年に及んでいた頃、連載開始。北朝鮮で彼女の日本語教育係だった李恩恵について触れ、それが日本人、田口八重子さんであることを日本の警察も把握していると指摘。彼女の救出を訴えた。西村眞吾氏が国会で北朝鮮による日本人拉致を取り上げ、大手マスコミが大々的に報じるのは翌1997年のこと。●北朝鮮「日本人拉致」問題【平成11年】(1999年6月23日号、拉致被害者家族インタビュー) 1997年5月に日本政府は横田めぐみさんら、「7件10人が北朝鮮に拉致された疑いが濃い」と発表したが、救出に向けた動きは鈍かった。ジャーナリスト・落合信彦氏が蓮池薫さん、奥土祐木子さんの両親を取材。二人は1978年に柏崎の海岸近くで行方不明になっていた。残された家族はこれまで味わった苦しみと北朝鮮に対する憤り、そして腰の重い日本政府の対応に怒りを露わにした。北朝鮮で結婚した二人が帰国できたのは2002年。 ●米同時多発テロ【平成13年】(2001年10月10日号、世界「テロ地獄」特集) 世界中に衝撃を与えた9.11米同時多発テロは、21世紀の戦争が国家vs国家ではなく、相手がテロリストという非対称の戦争であることを示した。特集記事では今後、テロが世界各地で頻発するであろうことを指摘。また、アメリカが9.11の首謀者オサマ・ビンラディンの潜伏先であるアフガニスタンへ報復攻撃し、さらに反米勢力筆頭であるサダム・フセインも標的になっていることを指摘した。そして今なお世界各地でテロが続いている。  ●東日本大震災【平成23年】(2011年5月4・11日号、「オペレーション・トモダチ」) 未曽有の被害を出した東日本大震災で、防衛省は自衛隊員23万人の約半数にあたる10万人超を投入して救助、支援、復興にあたった。また米軍も「オペレーション・トモダチ」を展開、空前の規模の救援活動を行った。そのひとつ、気仙沼湾に孤立する大島の救援作戦に同行密着。同島には約2000人の島民が取り残されていた。一連の作戦を基地問題を抱える米軍のPRと捉える向きもあったが、多くの被災者が救われたのは紛れもない事実だ。 ●金正日死去【平成24年】(2012年1月11・18日号、金正恩「血みどろの権力闘争」) 世界に例を見ない「世襲」によって独裁者となった金正日総書記は、2011年12月17日に死去した(発表は19日)。死因は急性心筋梗塞と発表されたが、突然の死に暗殺説が囁かれた。特集記事では、「三代目」の金正恩が権力基盤を固めるため、血みどろの権力闘争に突入すると予測している。キーマンは金正日の長男で、中国と蜜月の関係にあった金正男。彼は5年後の2017年2月13日、マレーシアのクアラルンプール国際空港で暗殺された。一方の金正恩は韓国の文在寅と手を結び朝鮮半島支配を目論んでいる。※SAPIO2019年1・2月号
2019.01.31 07:00
SAPIO
北朝鮮収容所経験者「金王朝は死ぬなら国民も道連れにする」
北朝鮮収容所経験者「金王朝は死ぬなら国民も道連れにする」
 いま、韓国と北朝鮮の融和ムードが高まっている。しかし、金正恩は恐怖政治をやめる気配すらない。長年、北朝鮮について取材してきた落合信彦氏が、かつてインタビューした北朝鮮収容所経験者の証言を紹介する。 * * * かつて北朝鮮の収容所で10年間過ごし、中国経由で韓国に亡命した姜哲煥氏を1993年にインタビューしたことがある。彼の祖父は日本の京都の朝鮮総連系商工会の幹部をしていたが、ある日、訪れた平壌で行方不明になってしまった。姜氏によると、平壌の政治犯収容所に入れられたのではないかという。その直後、一家は平壌の北、咸鏡南道にある収容所に送られた。姜氏は当時9歳だった。「年齢は関係ありません。北朝鮮では誰かが“犯罪”を犯すと、必ず連帯処罰として家族全体を罰するので赤ん坊でも逃れられないのです。本人だけ捕らえると、あとでその子供が大きくなったとき復讐を考えるかもしれないという心配があるわけです」 収容所生活で辛かったのは寒さと餓えだったという。だが、それ以上に辛かったのは処刑場面を見ることだった。毎年15人ずつ処刑されたという。「餓えが限界にきて、食糧欲しさに反乱を起こしたり、逃走を謀ったりした人々です。絞首刑のときなど、われわれは死体に向かって石を投げるよう命令されました」 1987年に収容所を出た姜氏は、後に賄賂を使いながら鴨緑江を渡り中国経由で韓国に亡命した。金王朝で地獄を見た姜氏の金正日評は傾聴に値する。彼は次のように語った。「彼(金正日)は民族のことを一番に考えるような立派な指導者ではありません。念頭にあるのは政権維持だけです。少なくともこれまでの彼を見る限りそう言い切れます。 どこの国に毎晩キーセン・パーティーにうつつを抜かし、数多くの女をはべらせ、ポルノ映画ばかり見ている指導者がいますか。彼にとっては政権を失うということは死を意味します。だからどうせ自分が死ぬのなら国家と国民も道連れにしていこうと当然考えるでしょう」 その独善的思考はそのまま息子の金正恩に受け継がれている。そして今や彼は核を手にした。にもかかわらず、いまだに話し合いでこの男をなだめられるという思考がいかに危険かがわかるはずだ。※SAPIO 2018年3・4月号
2018.04.09 07:00
SAPIO
「金正男の暗殺」を金正日の甥が22年前に予言していた
「金正男の暗殺」を金正日の甥が22年前に予言していた
 平昌五輪を機に、文在寅政権は「南北融和」を演出した。しかし、現実の北朝鮮は、金ファミリーが身内や側近を殺害する恐怖政治をやめようともしない国家だ。長年、北朝鮮について取材してきた落合信彦氏が、かつてインタビューした金正日の甥の「予言」を紹介する。 * * * 金正恩が最高指導者になってから、北朝鮮では粛清の嵐が吹いている。2013年には叔父で後見人的存在だった張成沢が、「国家転覆陰謀行為」により処刑された。そして昨年、異母兄であり金正日の長男だった金正男をマレーシアのクアラルンプール国際空港でVXガスを吹き付けて暗殺した。 この容赦ない恐怖政治の予兆は、金正日の甥で正恩の親族である李韓永氏が私に明かした「ロイヤル・ファミリー」の実像からも感じられた。 金王朝の一族に生まれた李韓永氏はモスクワ外語大学に留学、卒業後、スイスのジュネーブに向かい、韓国に亡命した。当地で韓国の情報機関と接触、その後ソウルでインタビューした(1996年)。彼は「ロイヤル・ファミリー」について次のように述べた。「金正日指導者は孝行息子です。かなり父親に気を使っていましたし、1976年には数千万ドルをかけて豪華な主席宮を作ってあげたりもしました。しかし、彼が正式な後継者となって指導者として全国を統制し始めてからは目に見えない葛藤があったと思います(中略)。 1970年代末から1980年の初めにかけて金正日指導者は主席宮をすぐ封鎖できるシステムを国家刑事保安部の中につくったのです(中略)。 確かにキッカケはありました。金正日指導者の指示で労働党連絡部の工作員が外国の女性を連れてきたのです。キップムジョ(悦ばせ組)はすべて朝鮮の女性ばかりでしたから飽きたのでしょうね。それについて事後報告したら金日成主席がひどく怒って金正日指導者を叱責したというのです。そして父親の信頼を失ってしまったのではないかと思い始めた。さらには父親が自分に対して何らかの措置を取るのではと疑心暗鬼に陥ってしまった。結果として主席宮を監視し、いつでも封鎖できるようなシステムを作り上げたわけです」 身内に殺されるかもしれない──そんな恐怖に支配された金正日を見て育った金正恩が、粛清に次ぐ粛清を続けるのは至極当然のことなのだ。 そして李韓永氏のインタビューでもうひとつ大変気になる証言があった。それは、当時、金正日の後継者として最有力視されていた金正男の未来を暗示するものだった。「正男も現在自分の勢力を形成していて、同じぐらいの年ごろの男たちを傘下に集めているそうです。しかし、彼にも潜在的な敵がいないわけではありません。今、金正日指導者が一緒に暮らしているのは3番目の夫人で、高英姫という女性なんですが、彼女は1950年代に日本から渡った北送朝鮮人(「帰国事業」で北朝鮮に渡った在日朝鮮人)の娘だそうです(中略)。 彼女も自分の勢力を形成しているので、これからは金正男と高英姫夫人の側近勢力の対立が起き、大きな葛藤に発展する可能性は否定できませんね」 この話の通り、高英姫の息子、金正恩が権力闘争に勝利し、その後、正男は抹殺された。 激しい権力闘争を予想した李韓永氏自身は、インタビューの翌年、ソウル近郊で北朝鮮の工作員2名に頭部を銃撃され死亡した。さぞ無念だったろう。※SAPIO 2018年3・4月号
2018.03.26 07:00
SAPIO
金賢姫「北朝鮮は話し合える相手ではない」と断言していた
金賢姫「北朝鮮は話し合える相手ではない」と断言していた
 平昌五輪を機に、文在寅政権は「南北融和」を演出した。しかし、韓国がどんなに友好的態度を取ろうと、金正恩は決して核開発を止めない。長年、北朝鮮について取材してきた落合信彦氏が、かつてインタビューした大韓航空機爆破事件の実行犯・金賢姫の印象的な言葉を紹介する。 * * * 私は北朝鮮の異常さを繰り返し訴えてきた。が、いまだに核ミサイル問題を「話し合い」で解決できるという日本のメディアや政治家がなくならない。北朝鮮の正体が何もわかっていないのだ。 そこで、これまで私がインタビューしてきた脱北者たちの証言を元に改めて警告しておこう。 昨年11月20日、トランプ政権は北朝鮮をテロ支援国家に再指定した。そのこと自体は評価できるが、そもそも、2008年に指定を解除したブッシュ(ジュニア)政権に問題があると言える。当時、指定を外す見返りに北朝鮮が核開発を停止してくれるのではという期待がアメリカ側にあった。ナイーブとしか言いようがない。筆者は、レーガン政権が1988年に北朝鮮をテロ支援国家に指定する契機となった大韓航空機爆破事件(1987年)の実行犯・金賢姫にインタビューしたことがある。1993年のことだ。その時、彼女は北朝鮮が話し合いのできる相手ではないことを断言していた。「もし金正日が話してわかる人間なら、北朝鮮は今のような状態ではなかったでしょう。とっくにもっと良くなっています。日朝会談にしても、すでに進展や成果があったはずです。 金正日は普通の理論や常識が通じる人間ではありませんし、話し合いで事を解決するような人間でもありません。それは彼がこれまでにやってきたことを見れば明らかではないですか。 ビルマのアウン・サン廟、金浦空港爆破事件、それに私が直接の命令を受けた大韓航空機爆破など、こういうことは平和時にはまずあり得ないことですし、普通の常識から考えてあってはならないことです。これらのことを金正日が指導してきたという事実は、彼がいかに世界のルールや常識を無視した人間であるかを雄弁に物語っています。彼はごく当たり前の常識さえ通じない小さな自分だけの世界に住んでいるのです」 このことは支配者が子の金正恩になってからも変わっていない。北朝鮮の核ミサイル問題は話し合いで解決できるわけがないのだ。 一方で、放っておけば北朝鮮はそのうち内部から崩壊すると期待する者たちがいる。しかし、それもまた甘い夢想であることを金賢姫は指摘していた。「人民の生活があまりに悲惨なので、以前とくらべて一般の人々の不満が少しずつ表面化してきているという話は私も聞いていますが、それはシステムに対する組織だった暴動ではなく、単に食物欲しさに一部の人々が動いているといった程度のことだと思います。北朝鮮のような社会で組織だった暴動を起こすには、大変な勇気がいります。それこそ命がけでやらねばならないことだし、はたして一般人民がついてくるかというと大いに疑問です」 そして、現在の文在寅・韓国の平和ボケを予言するかのような言葉を発したことが大変印象に残っている。大韓航空機爆破事件から6年しか経っていなかった当時、すでに韓国では北朝鮮への関心が薄まり、緊張感が感じられなくなっていた。平和ボケに陥ってしまったのか、という私の質問に彼女はこう答えた。「それは私も感じています。多くの人々が北について知りたがっているし、統一を願ってはいますが、北がいかに経済的に貧しく、金体制がいかにひどいかなどという話には、あまり関心を持たないんですよね。実感もできないようですし、『北朝鮮はもともとそういう国家よ』と言ってまるで無関心なのです」※SAPIO 2018年3・4月号
2018.03.21 07:00
SAPIO
A・セナの名言「挫折や悲しみがあるから幸せも感じられる」
A・セナの名言「挫折や悲しみがあるから幸せも感じられる」
 本連載ではこれまでケネディ、サッチャーと世界を動かした政治家の言葉を取り上げてきた。だが、世界を動かすのは政治家だけではない。偉大なスポーツ選手もまた、経験に裏打ちされた言葉を通じて、世界を、人々の心を動かすのだ。 今回は落合信彦氏が、音速の貴公子と呼ばれ、伝説として語り継がれる天才F1ドライバー、アイルトン・セナの言葉を紹介する。落合氏は1991年8月、ハンガリー・グランプリ直前にハンガロリンク・サーキットの中で、1時間半に及ぶインタビューを行った。 * * * 彼は気持ち良いほど一貫して「努力」を訴えた。31歳の若者の言葉である。今、こんなことを説得力を持って語れるアスリートがいるだろうか。そういえば、インタビューの途中、彼が「若い私がこんなことを言うのは生意気だろうか」と漏らしたのが印象的だった。そんなことはない、あなたにはそれを言う資格がある、と私は言った。年齢ではなく実績がものを言うのだからと。 厳格な心構えを語るセナの表情は終始柔らかく、態度は温和で紳士だった。真の強者が持つ、優しさ、余裕を見た。セナも同じ人間だ。順風満帆のように見えて、当たり前のことだが、失敗もあった。だが、彼は常にポジティヴだった。「挫折や悲しみがあるからこそ幸せも感じられるのだ。挫折や苦難なしの人生など退屈きわまりないものではないか。ごまかしの道を拒否して真剣に生きてる者なら誰しも挫折を感じるはずだ。(中略) 自分の考えや信条を持たず、困難や挫折から目をそらし、毎日をいいかげんに生きている人間ほど哀れなものはない。このごく限られた地上での期間を無駄にしてしまっているのだからね。神はそんな人間を創ったおぼえはないと言うだろう」 若者たちには、この言葉のように挫折を恐れず果敢にチャレンジして欲しい。壁にぶつかった時には、それを糧として次につなげて欲しい。失敗を恐れるあまり、新しいことに挑戦しない人生など退屈ではないか。最後にセナが当時残した若者たちへのメッセージを紹介して締めくくりたい。「時を無駄にしないで欲しい。今という時は二度と帰ってこないのだ。そして耐えることを学んで欲しい。耐えると言ってもただ受け身的に耐えるのではない。そんなものは愚かな従属だ。攻撃的な姿勢で耐えるのだ。今耐えていることをどう次につなげるかをね。(中略)全力で走った時にかく汗とは実に気持ちの良いものだ。だから人生で大汗をかいて欲しい。そうすれば結果はどうあれ決して後悔はしない」 言葉通りに全力で人生を疾走したセナは、このインタビューの3年後、サンマリノグランプリで最期を遂げた。素晴らしい人ほど早くに逝ってしまう。残念でならなかったが、彼自身は後悔のない人生だったに違いない。※SAPIO2018年1・2月号
2018.02.22 07:00
SAPIO
A・セナの名言「この世に生を受けたことが最大のチャンス」
A・セナの名言「この世に生を受けたことが最大のチャンス」
 落合信彦氏による本連載ではケネディ、サッチャーと世界を動かした政治家の言葉を取り上げてきた。だが、世界を動かすのは政治家だけではない。偉大なスポーツ選手もまた、経験に裏打ちされた言葉を通じて、世界を、人々の心を動かすのだ。 今回は落合氏が、音速の貴公子と呼ばれ、伝説として語り継がれる天才F1ドライバー、アイルトン・セナの言葉を紹介する。落合氏は1991年8月、ハンガリー・グランプリ直前にハンガロリンク・サーキットの中で、1時間半に及ぶインタビューを行った。 * * * 努力を怠る人間ほど成功者を妬み、「あいつは運が良かったのだ」「恵まれた環境にあったのだ」と陰口を叩く。人間とは弱い生き物だとあらためて感じざるを得ないが、実は、F1の絶対王者・セナこそ、徹底的に妬まれ陰口を叩かれた人物だった。 彼の成功を素晴らしい家庭環境やチャンスに恵まれた幸運によるものだと言う者たちが絶えなかった。確かに、彼は裕福な家庭に生まれた。実業家として成功した父は、セナが4歳の時にゴーカートを買い与えている。私はストレートにそのことを問うた。チャンスをまったく与えられない者も多いではないか、と。彼の回答は明確だった。「それは違う。皆平等にチャンスは与えられている。この世に生を受けたということ、それ自体が最大のチャンスだろう。すべてこの世に生まれてきた者は、神からそれなりの能力と肉体的力、そして生きる目的を与えられている。神はこの上なく公平なものだ。どのような人間にもタレント(才能)を与えてくれている」 敬虔なカトリック教徒だった彼は、死と隣り合わせの世界で、努力を惜しまなかった。才能とチャンスを与えられているにもかかわらず、酔って後輩に暴行しているどこかの力士とは大違いだ。そもそも、土俵にあがれば真剣勝負の力士たちが、和気藹々と酒を酌み交わしていること自体がおかしい。 ストイックに努力するセナを周囲は完璧主義者と呼んだ。実態は違ったのだが、彼はその言葉を好きだと言った。「完璧主義という言葉は好きだ。そうありたいと願っている。だが、私も同じ人間だ。完全ではあり得ない。ただそうなるよう努めるしかない。それには与えられた状況の中で自己のベストを尽くすこと、極限からの戦いに挑むこと。この考えは私の血の中にあり、性格にしみ込んでいる」 残念なことに、最近、日本の若者たちの中にベストを尽くさずに80点、60点といった及第点で仕事を済ませようとする者が少なくないと聞く。人間は易きに流れる。だが、セナは違った。「時には努力を怠りたいような気持ちに陥る時もある。そんな時、私を駆り立ててくれるのが責任感だ。まず私にパフォーマンスのチャンスを与えてくれるために働いてくれる人々に対する責任感。(中略)また多くの人々から見られているという責任もある。(中略)さらに言えば自分自身に対する責任、自分の能力に対する責任を自覚することも大事だと思う」※SAPIO2018年1・2月号
2018.02.13 07:00
SAPIO
今の日本への警告として突き刺さるA・セナの26年前の名言
今の日本への警告として突き刺さるA・セナの26年前の名言
 本連載ではケネディ、サッチャーと世界を動かした政治家の言葉を取り上げてきた。だが、世界を動かすのは政治家だけではない。偉大なスポーツ選手もまた、経験に裏打ちされた言葉を通じて、世界を、人々の心を動かすのだ。落合信彦氏が、音速の貴公子と呼ばれ、伝説として語り継がれる天才F1ドライバー、アイルトン・セナの言葉を紹介する。 * * * 2018年は日本の“不正”を見たくないものだ。昨年、神戸製鋼所、三菱マテリアル、東レ子会社などの製品データ改竄が相次いだ。戦後、弛まぬ努力で品質改良、性能向上に努め、欧米メーカーを凌駕した「日本ブランド」が音を立てて崩れ始めている。いつから日本はこんな姑息なことをする国になったのかと思うとやりきれない。 そんななか、私が思い出すのはアイルトン・セナの言葉である。政治家でもなく、経営者でもなく、なぜF1レーサーなのかと疑問を抱く読者もいることだろう。だが、次の言葉を読めば誰もが納得するはずだ。80年代後半、F1で最強時代を築いたホンダについて言及したものだ。「ホンダがトップに立ったのはごく当然のことだった。彼らは誰よりも働き、誰よりも研究熱心で、誰よりも競争主義に徹していた。それがむくわれただけのことなのだ」 日本人の「勤勉」「努力」をセナは高く評価していた。翻って現在の日本人はどうか。勤勉さは失われ、努力せずに誤魔化す者ばかりではないか。セナの言葉はこれだけではない。かつて私は彼にロング・インタビューを行ったが、当時の言葉は色あせるどころかむしろ輝きを増している。現在の日本人にこそ、届けるべきだと思う。 アイルトン・セナ・ダ・シルヴァ、当時31歳のF1界の王者に私は、1991年8月、ハンガリー・グランプリ直前にハンガロリンク・サーキットの中で、1時間半に及ぶインタビューを行った。それほどF1には関心がなかった私が、セナに興味を抱いたきっかけは、オーストラリアのあるテレビ番組を見ていたからだった。番組内でかつてのF1チャンピオンがセナに次のような言葉をぶつけたのだ。「君は今、最も危険なドライバーと言われている。私の時代には危険と烙印されるようなドライバーはいなかった」 すると、セナは冷静にこう答えた。「あなたの時代には本当に勝ちたいと思ったドライバーがいなかったのだ」 淡々と元チャンピオンには勝利への執念が欠けていたと断言したセナに、傲慢さやいやらしさはなかった。発言の裏に、次々と記録を塗り替えていた実績と自信があったからだ。 私はセナという男の実績を高く評価し尊敬する一支持者として、彼の人生観、価値観、哲学を聞いた。前述のホンダへの言及の後、彼はこう続けた。「ホンダを模範にして自分たち(欧米自動車メーカー)ももっと必死にやらねばと決意を新たにする代わりに、彼らは妬みと批判という簡単な道を選んだ。ごく人間的な反応と言えばそれまでだが愚かなことだ。妬みや批判の代わりに彼らがやらねばならなかったことは、ホンダの努力から学び取ることだった」  インタビューから26年が経った今、この言葉は日本への警告として私たちの心に突き刺さる。日本人は、日本企業を追い越していった海外の企業を見下し、批判するだけ。自分たちのほうが優れていると盲信している。かつてホンダに嫉妬した欧米メーカーの姿勢そのままではないか。※SAPIO2018年1・2月号
2018.02.05 07:00
SAPIO
サッチャー氏の名言「甘いウソよりも苦い真実に直面せよ」
サッチャー氏の名言「甘いウソよりも苦い真実に直面せよ」
 北朝鮮の核ミサイルをはじめ、国際情勢は緊迫度を増し、国内においては政局がめまぐるしく変化している。混迷を深める現代に、偉人たちが残したメッセージは多くの示唆を与えてくれるはずだ。落合信彦氏が、イギリスを救った稀代の政治家、マーガレット・サッチャー元首相の言葉を紹介する。 * * * 1970年、ヒース内閣で教育大臣に就任したサッチャーは、それまで学校で7歳から11歳までの児童に無償配布されていたミルクの提供を大幅に縮小した。膨らむ一方の公的支出の削減に迫られたやむを得ぬ決断だった。このとき世論やマスコミは彼女を「ミルクスナッチャー(牛乳泥棒)」と非難した。しかし、彼女が志向した「小さな政府」がその後、イギリスを英国病から救い、立ち直らせたことは論を俟たない。 結果的にサッチャーが首相の座を退くことにつながる「人頭税」(納税能力にかかわらずすべての国民に同額の納税を課す)の提案も、イギリスが将来にわたって繁栄を続けるためには必要不可欠との信念があったからこそだった。彼女は人頭税の提案をまったく後悔していないことをインタビューで語っている。「これまであまりに多くの人々が要求だけはする、しかし、それに対しての支払いは一切したくないという姿勢を取ってきました。甘えの構造のほかなにものでもありません。この構造を断ち切るために作られたのがコミュニティ・チャージ(人頭税)だったのです。(中略)次の選挙を考えてあの法案を作ったのではなく、あくまで10 年、20年先のわが国にとって良しと信じて行ったことなのですから」 翻って日本はどうだろうか。与野党問わず政治屋たちは、選挙のたびに「子ども手当」や「保育・教育の無償化」などバラマキ政策を掲げ、その一方で増税の「延期」「凍結」を訴えて借金を雪だるま式に膨らませている。彼らの頭の中には、この国の未来を担う将来世代のことなど微塵もないのだろう。あるのは自身がいかに当選するかだけだ。 サッチャーは先のインタビューで若者たちに向けたメッセージとして、次のように発言している。彼女の人生哲学、政治哲学が凝縮された言葉なのでここで紹介したい。「将来のためを思えば、時にはきついこと、不人気なこともせねばなりません。ここに信念の大切さがあります。甘いウソよりも苦い真実に直面できる勇気を持つこと、そしてそれを人々にぶつけられる信念と情熱を持つことです」 信念を持って難局に臨んできたサッチャーの言葉だからこそ、重みを持つ。今の日本の政治家で、このように若者たちに語りかける「言葉」を持っている者がどの程度いるだろうか。皆無だろう。信念は独善とは違う。 彼女の実家は雑貨屋であった。庶民の生活を目の当たりにして育った彼女は、人々が何を思い、どんな悩みを抱えつつ日々暮らしているのか分かったうえで厳しい言葉も時に口にしていたのだ。何一つ不自由なく育ち、父親から「地盤」、「看板」、「鞄」を引き継いだ日本の2世、3世議員に、労働者たちが何を考えているか肌感覚で知ることはできまい。インタビューで彼女が続けて発した次の言葉は、若者たちだけでなく、日本の政治屋たちにこそ必要だろう。「肝に銘じて欲しいのは政治とは“人間の心”と同意語ということです。単なるロジックで政治はやってはいけません。ロジックだけで人間性がなければ政治はただのいやしい権力争いになってしまいます。人間の心を持っていて初めて大いなる知恵や判断力がつくのです」※SAPIO2017年11・12月号
2017.12.12 07:00
SAPIO
サッチャー元英首相 冷戦終結に導いた「人を見る目」
サッチャー元英首相 冷戦終結に導いた「人を見る目」
 国際情勢が緊迫度を増すなか、リーダーに求められるのは「人を見抜く目」だ。落合信彦氏が、イギリスを救った稀代の政治家、マーガレット・サッチャー元首相のエピソードを紹介する。 * * * 一国のリーダーに求められるのは決断力とともに人を見る目だ。たとえ敵国の要人であっても高い見識と能力を持ち、信ずるに値する人物ならば、有力なカウンターパートたり得る。胸襟を開き、難局を乗り切るため知恵を出し合い、時に連携することも可能だ。それを実践して見せたのがサッチャーだった。彼女がいなければ、東西冷戦の終結はなかったと言える。 ソ連のミハイル・ゴルバチョフを西側の政治家として誰よりも早く見いだし、当時、ソ連を悪の帝国と忌み嫌ったレーガンに会わせたのは他ならぬサッチャーだったからだ。 チェルネンコ政権の末期、当時ソ連共産党政治局員だったゴルバチョフがロンドンを訪問した。チェルネンコが病の床にあり、すでにポスト・チェルネンコの座を巡って何人かの有力な政治局員の名前があがっていたが、ゴルバチョフはその一人だった。彼と面会したサッチャーは、会話の内容やその態度から人物を見抜いた。サッチャーは私のインタビューでその時の様子をこう振り返った。「まず彼は、自分の言葉で自分の考えをストレートにぶつけてきました。ノートを見ながらそれを棒読みするそれまでの指導者とは大違いです。しかも言っていることに一貫性があり、真剣味と共に誠意もありました。相当な知性と勇気を持った人間だと感じさせられました。(中略)その結果私がたどり着いた結論は、ゴルバチョフ氏がそれまでのソ連の指導者と違って、一緒に仕事ができる人物ということでした」 ゴルバチョフとの会談の直後、サッチャーはこう断言した。「私はまだソ連という国は信用できないが、あなたなら信用する」 当時、すでにサッチャーと完全な信頼関係を築いていたレーガンが、彼女のアドバイスに従い、ゴルバチョフと何度も会談し、真剣に話し合ったことは言うまでも無い。 悲しいかな、わが国のリーダーはそのような人物を見抜く「目」を持ち合わせてはいない。安倍が日米同盟を過信し、首脳会談でトランプと見つめ合う気色悪いシーンは世界から失笑された。結局、“仲良し”を演出したこと以外、何も収穫はなかった。サッチャーのような決断力を持たないトランプにすがる姿は悲しくもある。※SAPIO2017年11・12月号
2017.11.25 07:00
SAPIO
サッチャー氏の名言に「9条死守」唱える護憲派への鋭い批判
サッチャー氏の名言に「9条死守」唱える護憲派への鋭い批判
 北朝鮮の核ミサイルをはじめ、国際情勢は緊迫度を増し、国内においては政局がめまぐるしく変化している。混迷を深める現代に、偉人たちが残したメッセージは多くの示唆を与えてくれるはずだ。落合信彦氏が、イギリスを救った稀代の政治家、マーガレット・サッチャー元首相の言葉を紹介する。 * * * 北朝鮮の核ミサイル開発を巡り、金正恩とトランプの間で低レベルの舌戦が繰り広げられている。決断力のないトランプに北朝鮮の暴走を止めることはできないだろう。一方、未曽有の国難を決断力と強い意志によって乗り越えたのが「鉄の女」と称されたマーガレット・サッチャーである。 1982年4月2日、アルゼンチン陸軍が英領フォークランド諸島に上陸すると、彼女は同月5日には機動部隊を出撃させた。近年、サッチャーを好戦的と見る者が少なくないがそれは事実に反する。彼女はむしろ戦争嫌いで、首相に就任してから他国への軍事介入を避けてきた。しかし、イギリスの主権と領土を侵すアルゼンチンの暴挙に対しては、一切のためらいもなく、すぐさま動いたのだ。かつて私のインタビュー取材に対して、彼女はその時の覚悟をこう語っていた。「確かに戦争は悪です。しかし、その戦争によってもっと巨大な悪をストップせねばならぬこともあります。もし連合国がヒットラーをストップしなかったら今頃世界はどうなっていましたか」 何も決断できずツイッターで小学生並みの罵詈雑言を吐くだけのトランプや、アメリカ任せで壊れたレコードのように「圧力強化」を繰り返すだけの安倍晋三は言うに及ばず、このサッチャーの言葉は「戦争反対」「憲法9条死守」を唱えるだけの護憲派にも鋭い批判となっている。同じインタビューでサッチャーはこうも語っている。「平和は貴いものです。しかし、自由はもっと貴いのです。独裁の中での平和よりも混乱の中での自由の方がはるかに人間的であると私は思います。その自由のシステムが存亡の危機にあるとき、自由を愛し、自由の恩恵に浴している人間は立ち上がらねばなりません」 しかし、大義がある戦争だからといって、サッチャーが現地に派遣された兵士たちの犠牲や痛みを軽視したわけではなかった。当時、彼女は毎朝報告される若い兵士たちの死者、負傷者数に衝撃を受け、心の大きな負担となっていた。しかしそれでも決断を翻すことなく、人前では冷静かつ毅然と振る舞い、本国から遠く離れたフォークランド紛争でイギリスを勝利へと導いた。 自衛隊を南スーダンPKOに派遣した民主党政権時代の菅直人首相や、その後、内戦状態に陥ったにもかかわらず派遣期間を延長した安倍政権のいったい誰が自衛隊員の「戦死」を覚悟し、彼らの心の痛みを理解しようとしただろうか。※SAPIO2017年11・12月号
2017.11.17 07:00
SAPIO
落合信彦氏 「アメリカはもはや世界の警察官にはなれない」
落合信彦氏 「アメリカはもはや世界の警察官にはなれない」
 混沌とする世界情勢にあっても、歴史の偉人たちは叡智を結集し、難局を乗り越えてきた。その時、彼らが武器としたのは「言葉」だった。長年、各国のリーダー、英雄たちを取材してきた落合信彦氏が、アメリカのリーダーたちが遺したメッセージを、未来を担う読者へお届けする。 * * * アメリカ合衆国第35代大統領のジョン・F・ケネディは、就任演説で彼の政治哲学、歴史観、理想と夢、そして現実的かつ具体的政策などすべてを盛り込んだスピーチを行った。東西冷戦の真っ只中、ケネディは西側諸国の結束を訴える。そしてソ連を筆頭とする東側諸国に対しては協調を説く。その上で国民にこう語った。「わが同胞アメリカ国民よ、国家があなた方のために何をするかではなく、あなた方が国家のために何ができるかを問うてもらいたい」 いかがだろうか。次の選挙で当選することしか頭にない、「議員であり続けること」を最重要課題とする今の政治屋たちには決して紡ぐことのできない言葉である。アメリカがわが世の春を謳歌していた時代にありながら犠牲を求める。繁栄と自己満足にひたっていたアメリカ国民に、冷戦という現実の厳しさを心得ながらも、知られざる未来に立ち向かっていく決意を抱かせたのだ。 そんなケネディが1963年に非業の死を遂げた後、アメリカに残された最後の希望はロバート(ボビー)・ケネディであった。 ケネディの後を継いだジョンソン大統領は、ケネディが慎重だったアメリカ正規軍のヴェトナムへの投入を決断する。ヴェトナム戦争は急激にエスカレーションの一途を辿り、泥沼化。アメリカ国内は八つ裂きの状態にあった。ボビーにとって一番の問題はヴェトナムをいかに解決するかであった。 ヴェトナムに関する彼のスピーチは、政策面よりもモラルの哲学の面から語ったものが多い。道義的に間違っているからストップするべきという主張だ。1967年3月、上院でボビーは議員たちに訴えた。「不完全なこの世界は、時には戦争という行為を必要とするかもしれぬ。しかし、心に正義を持った人間は、それらの行為がたった一人の子供にもたらす苦しみと痛みから目をそむけてはならない。(中略) ヴェトナムの子供たちを焼き殺しているのは、われわれの化学兵器であり、村々を破壊しているのはわれわれの爆弾なのだ」 このスピーチを思い起こす時、米大統領の劣化を嘆かずにはいられない。今年4月6日、米中首脳会談の最中に、アメリカの駆逐艦からシリアのアサド政権支配下の空軍基地に向けて59発のトマホークミサイルが発射された。 内戦状態にあるシリアで、政府軍が化学兵器を使用して多数の死者が出たことへの対抗措置だというが、その説明を鵜呑みにする者はいないだろう。トランプはそれに先立つ4月2日のフィナンシャル・タイムズのインタビューで、北朝鮮の核・ミサイル開発について「中国が解決しなければ、我々がする」と述べ、中国が北朝鮮に対する圧力を強化しなければアメリカは軍事行動を辞さないと仄めかしていた。 シリア攻撃はその本気度を見せつけるためだけに行われたと見る向きは多い。シリアの国営通信社は、そのミサイル攻撃で市民9人が死亡し、うち4人は子供だったと報じた。 駆け引きのためにミサイルをぶっ放す、それがトランプだ。ボビーは軍事行為が招く悲劇や痛みから目をそむけることなくきちんと正視し、そして正義のための決断を下した。そうしたボビーの精神を受け継ぐ者がいないアメリカは、もはや世界の警察官にはなれない。 話をヴェトナム戦争に戻そう。ジョンソンが軍事的勝利だけを追っている以上、ヴェトナム問題の真の解決を図るにはボビー自身が大統領になるしかなかった。大統領選出馬を決意したボビーが最初に臨んだインディアナ州の予備選から私はボランティアとして参加したが、そこで兄に劣らぬ政治家としての覚悟を見た。 インディアナ・キャンペーンが始まる1968年4月4日の夕方、前日にひと足先にインディアナポリス市入りしていたわれわれボランティアはボビーを迎えるため空港に行った。その時、われわれはまだ知らなかったが、最悪の事態がもち上がっていた。キング牧師がテネシー州のメンフィスで白人にライフルで撃ち殺されたのだ。 インディアナポリス空港にボビーの乗った飛行機が到着した。タラップを降りてゲートに向かおうとしたボビーに、インディアナポリス警察署の署長が立ちはだかり、こう言った。「セネター・ケネディ、あなたは命を狙われている。すでに二人のスナイパーがビルの屋上で見つかり私の部下が捕らえた。まだまだいる可能性がある。今日は町に入らない方がいい」 その夜、ボビーはインディアナポリスの黒人街のど真ん中でスピーチを行うことになっていた。キング牧師が殺されたとあっては、黒人も黙っていないかもしれない。しかし、ボビーは署長を見据えてこう言った。「命というものは意味がある時に使って初めて価値があるのだ。私は行く」それを聞いた署長の顔が真っ青になっていくのがわかった。彼はわきにどき道を空けた。 現代の政治家たちは理想のために命を使うのではなく、自らの政治生命を守ることが第一の目的になっている。 安倍首相の行った内閣改造などその典型だ。山積する政治的課題に取り組むためではなく、加計、森友といった疑惑によって下がった支持率を回復させるための内閣改造だ。 疑惑を招いた張本人は安倍自身なのに、他の閣僚を入れ替えれば政権維持が可能だと思っているのだ。有権者を馬鹿にするにもほどがある。 理念ある素晴らしき政治家はどこに消えたのか。※SAPIO2017年10月号
2017.10.10 07:00
SAPIO
冷戦とキング牧師に生命危機迫った時のJFKの名言
冷戦とキング牧師に生命危機迫った時のJFKの名言
 混沌とする世界情勢にあっても、歴史の偉人たちは叡智を結集し、難局を乗り越えてきた。その時、彼らが武器としたのは「言葉」だった。長年、各国のリーダー、英雄たちを取材してきた落合信彦氏が、アメリカ合衆国第35代大統領のジョン・F・ケネディが遺したメッセージを、未来を担う読者へお届けする。 * * * 政治家の言葉が貧しい。 内閣改造で初入閣した江﨑鐵磨沖縄北方担当相が国会答弁について「役所の原稿を朗読する」などと発言したことは論外だ。 彼を任命した安倍自身が「言葉」を持っていない。何を語っても、心に響かないのだ。彼は頻繁に外遊を繰り返しているが、スピーチのレベルの低さを現地の人々に笑われている。一国を背負うリーダーには、理念と哲学が必要だが、不勉強な安倍は到底手に入れることができない。 1961年1月20日、ワシントンDCでアメリカ合衆国第35代大統領に就任したジョン・F・ケネディは、就任演説で彼の政治哲学、歴史観、理想と夢、そして現実的かつ具体的政策などすべてを盛り込んだスピーチを行った。東西冷戦の真っ只中、ケネディは西側諸国の結束を訴える。そしてソ連を筆頭とする東側諸国に対しては協調を説く。その上で国民にこう語った。「わが同胞アメリカ国民よ、国家があなた方のために何をするかではなく、あなた方が国家のために何ができるかを問うてもらいたい」 いかがだろうか。次の選挙で当選することしか頭にない、「議員であり続けること」を最重要課題とする今の政治屋たちには決して紡ぐことのできない言葉である。アメリカがわが世の春を謳歌していた時代にありながら犠牲を求める。繁栄と自己満足にひたっていたアメリカ国民に、冷戦という現実の厳しさを心得ながらも、知られざる未来に立ち向かっていく決意を抱かせたのだ。 そしてケネディは国民に求めるだけでなく、こう続けた。「最後に、あなた方がアメリカ市民であろうと世界の市民であろうと、われわれがあなた方に求めると同じ高い水準の強さと犠牲を、われわれにも求めてもらいたい」 自分のすべてをアメリカという国家、理想とする世界のために捧げるという宣言に他ならない。これが本物の政治家(ステーツマン)というものだ。“お友達”が経営している森友学園や加計学園に便宜を図ったのではないかと国民が疑念を抱いている安倍のような政治屋(ポリティシャン)とは似て非なるものだ。 ステーツマンは理想や良心によって行動する。票がほしくて動くのではない。1960年10月19日、ジョージア州アトランタで仲間52人とデパートのレストランで座り込みをしていたキング牧師が逮捕された。 5日後、52人の仲間は釈放されたが、キング牧師だけは4か月の重労働の刑を科され州立刑務所に移送された。刑務所内で白人の服役囚にリンチされるか、看守によって殺されるか、いずれにせよキング牧師に生命の危機が迫っていた。 大統領選挙戦の最中にあったケネディとニクソンの姿勢は対照的だった。南部の白人票を失うのを恐れたニクソンはノー・コメント、ノー・リアクションを貫いた。一方、ケネディは白人票を意識する支援者たちから人種問題には介入しないよう警告を受けていたが、躊躇せず、良心に従って行動した。 彼は遊説先のシカゴのホテルから直接キング牧師の妻コレッタ・キングに電話を入れ、事態を非常に憂慮しており、できる限りのことをすると約束したのだ。 翌日、弟のロバート(ボビー)・ケネディが有罪判決を言い渡した判事に電話を入れ、キングを即刻釈放するよう説得した。かなり強引に説得したのだろう、キング牧師は即日釈放された。この一件で、それまでニクソンを支持していた黒人層の気持ちは変わった。キング牧師の父親はケネディ支持に立場を変えたことをこう語っている。「なぜならあの人(ケネディ)は、私の娘(キング夫人)が泣いている時その涙を拭い、苦しみを分かち合ってくれたからだ」(セオドアー・ホワイト著『ザ・メイキング・オブ・ザ・プレズィデント1960』) 票が欲しくて行動したわけではない。だが、結果的に黒人票が雪崩を打ってケネディ支持に回り、彼が大統領となる重要な要素のひとつとなった。理念を持って行動したケネディは、ツイッターで罵詈雑言を吐いて憎しみを煽るトランプとは対極にある。 ケネディのステーツマンとしての覚悟が現れた象徴的な発言が、いわゆる“公民権スピーチ”だ。1963年6月11日、ケネディはホワイトハウスの執務室から全米に向けてスピーチを行った。「リンカーン大統領が奴隷解放を行ってからすでに100年がすぎた。しかし、彼らの子孫、彼らの孫たちはまだ完全に自由ではない。彼らは未だ不正義の鎖から自由になってはいない。(中略)何もしない人間は恥だけではなく暴力をも招いているに等しい。大胆に活動する人間は正義と現実を認めているのである」 この8日後、ケネディは人種や宗教、性、出身国による差別を禁止する法案を議会に提出。翌年成立するが、残念ながら彼はその結果を知ることはできなかった。法案可決を待たずして1963年11月22日、ダラスで暗殺されたからだ。素晴らしい政治家ほど早く死んでしまう。誠に残念でならない。※SAPIO2017年10月号
2017.09.16 07:00
SAPIO
落合氏「ツイッターばかりやる男がなぜ大統領で居続けるのか」
落合氏「ツイッターばかりやる男がなぜ大統領で居続けるのか」
 ホワイトハウスを長くウォッチしてきたジャーナリストの落合信彦氏は、支持率が急落を始めたトランプ政権に関して極めて悲観的なスタンスをとっている。トランプ氏が大統領に就任して以降のこの半年間について、入国禁止の大統領令、TPP脱退、パリ協定脱退などを挙げつつ「世界に混乱と失望をもたらした半年間だった」と断じている。 * * * そんなトランプが就任前から一番力を入れていたことは何か。ツイッターだ。 7月初旬には、プロレスの場外乱闘で、顔が「CNN」のロゴになっている男性をトランプ自身が殴っている動画をツイッターに投稿した。これは、大統領就任以前にプロレスのイベントに参加した時の映像を加工したものだった。メディアへの暴力を助長するような動画には、大きな批判が集まった。 その前にも、テレビで自身を批判した女性キャスターについて、「IQが低い」「整形手術している」と書き込んだ。 ニューズウィークが、オーストラリア放送協会の論説委員クリス・ユールマンによるトランプについての的確な指摘を紹介している。 それによると、G20でのトランプは「孤立して友人もいない」「世界の先頭に立ちたいという欲求も、知的能力も示さなかった」。 そして「140文字(のツイッター)で不機嫌をぶちまけ、大統領としての貴重な日々を浪費する男だ」。 まさにその通りである。当然だが、ツイッターで暴言を吐き続けることが大統領の職務ではない。 トランプは、選挙公約で「オバマケアを中止する」「アメリカ国内のインフラ投資を増やす」「大規模な減税をする」などと主張していたが、そのどれも実現の目途が立っていない。仕事もせずにツイッターばかりやっている男を、なぜアメリカ国民がいつまでも大統領として君臨させ続けているのか、理解に苦しむ。 私が、著書『そして、アメリカは消える』で「アメリカが崩壊すれば、世界がジャングル化する」と指摘したのは昨年9月だった。 それから1年近くが経とうとしているが、その間、世界各地で大規模なテロが頻発し、中国は日本の領海を侵犯したり南シナ海への覇権を強めたりと横暴を尽くし、北朝鮮は弾道ミサイルを何発も打って世界の平和に挑戦する態度を明確にした。 残念ながら予想通り、いや、予想以上に、世界は「ジャングル化」してしまった。奇しくもこの連載のタイトル通り、「新世界大戦の時代」に突入したと言える。 恐ろしいのは、これまで日本のそばにいたアメリカという「強く大きなゾウ」がいなくなったことに、日本の政治屋たちも国民の多くも気付いていないことだ。かつての“世界の警官”はどこにもいない。今、日本は猛獣だらけのジャングルを一人、裸で歩いているのである。 すぐ隣にいる狂犬、北朝鮮は、日本への敵対姿勢をエスカレートさせている。アメリカはICBM(大陸間弾道ミサイル)の試験発射を事実上の「レッドライン(越えてはならない一線)」であるとしていたが、金正恩はそれをいとも簡単に踏み越えてきた。 金正恩がICBMの発射準備が「最終段階に達した」と主張した今年初め、トランプは大好きなツイッターで「そのようなことは起きない」と投稿していたが、その希望的観測はあっさりと打ち砕かれたのだ。北朝鮮が「レッドライン」を越えても、アメリカは何もできない、何もしないことがはっきりした。 そんな時代なのに、我が国の政治屋たちは相変わらず自分の立場と高額な議員報酬を守ることばかり考えている。 メディアは、誰それが失言した、出会い系バーに行ったなどと、面白おかしく取り上げることばかりに夢中になっている。だが、国民は、そんな情報に踊らされてはならない。国家の未来、国益について真剣に考えている政治家だけを選び、カネのことばかり考えている馬鹿議員たちを一掃すべきだ。 そうしなければ、「ジャングル化」した世界の中で、多くの国民の命が危険に晒されることになるだろう。今一度、それをここで予言しておく。※SAPIO2017年9月号
2017.08.23 07:00
SAPIO
トランプ大統領の実績は世界に混乱と失望をもたらした半年間
トランプ大統領の実績は世界に混乱と失望をもたらした半年間
 ホワイトハウスを長くウォッチしてきたジャーナリストの落合信彦氏はいま、支持率が急落を始めたトランプ政権に関して悲観的なスタンスをとっている。 * * * トランプの支持率低下を決定的にしたのは、“ロシアゲート疑惑”の闇が想像以上に深かったことだ。 最近になって、長男のドナルド・トランプ・ジュニアが大統領選中、クリントンのネガティブ情報の提供を約束されて、ロシア政府とごく近い女性弁護士のナタリア・ベセルニツカヤと会っていた疑惑が浮上した。しかも、会ったのはニューヨークのトランプ・タワー。大統領の娘婿で上級顧問のジャレッド・クシュナーに加え、元ソ連軍に所属していた諜報員が同席していたことが報じられている。 さらに、ロシアと深い関係にあった諜報員らが、2人のトランプ側近と接触していたことも報じられている。その1人は元外交顧問のカーター・ペイジ、もう1人は元選対本部長のポール・マナフォートだ。2人はロシア側との度重なる接触などがあったという。 共謀疑惑との関係は不明ながら、政権入りしたクシュナーや側近で司法長官のジェフ・セッションズも、昨年の選挙戦中にロシア駐米大使セルゲイ・キスリャクらロシア関係者と話していたことが分かっている。クシュナー、マナフォートの2人はジュニアとロシア人弁護士との面会にも同席しており、ロシア側との頻繁な接触が今回あらためて裏付けられた。 ロバート・モラー特別検察官はジュニアからも事情を聞く方針だと伝えた。民主党の上院院内総務、チャック・シューマーもジュニアを議会証言に立たせるべきだと述べるなどしている。要は、トランプは「ロシアの息のかかった大統領」なのである。 ジュニアはその後、ロシア人女性弁護士と会うに至った理由として、仲介者とのメールを公開した。そこでは、クリントンに不利になるような情報をロシア側が提供するという提案に対して、ジュニアが「話が本当なら素晴らしい!」と返信していた。 なぜ疑惑を深めるようなメールを自ら公開したのか。 内部告発サイト「ウィキリークス」創始者のジュリアン・アサンジは、「自分が公表を勧めた」と暴露した。メールについては、ニューヨーク・タイムズがコピーを手に入れ、報道することをジュニアに通告していた。だからアサンジは「“敵”がメールを持っているのなら、都合よく切り取られたり小出しにされたりするのを防ぐために、自分から公表すべきだ」と勧めたと明かしたのである。 この一連の流れに、トランプ政権に横たわる2つの根本的な問題がある。 まず、トランプ一家は、アメリカの将来などまったく考えていないこと。自分たちが政権の座につくためなら、そして大統領の立場を守るためなら何でもやる。そこに国家的なヴィジョンはまったくない。 もうひとつは、すぐ周囲に流されてフラフラする「危うい政権」だということだ。「クリントンを負かすネタがある」と言われればノコノコ出て行って誰とでも会うし、スクープを潰すために「メールを公開したほうがいい」と言われれば、後先考えずに公開する。“ロシアスパイが生んだ大統領”の支持率が落ち込むのも当然だろう。トランプが国民の支持を失った理由としてもう一つ指摘しておかなければならないのは、「就任以来、何の実績もないこと」だ。この半年間、トランプがやってきたことを列記してみよう。 まず、中東やアフリカなど6か国からの入国を禁止する大統領令を出して、アメリカを混乱に陥れた。TPP脱退を表明して、各国の貿易交渉を暗礁に乗り上げさせた。続いて、いきなりパリ協定からの脱退を宣言して、世界の環境対策への努力をぶち壊した。 要するに、世界に混乱と失望をもたらした半年間だったのである。※SAPIO2017年9月号
2017.08.21 16:00
SAPIO
国民をバカにしてきたトランプ氏と安倍氏 支持率急落に共通点
国民をバカにしてきたトランプ氏と安倍氏 支持率急落に共通点
 日米の政権中枢を長くウォッチしてきたジャーナリストの落合信彦氏はいま、現政権の先行きに関して極めて悲観的なスタンスをとっている。 * * * 44%から、36%へ。55%から、35%へ。 何の数字か、分かるだろうか。前者は、トランプの今年1月から直近までの支持率の変化だ。後者は……もう分かっていただけたと思う(トランプ大統領の支持率はワシントン・ポストとABCテレビの共同調査、安倍首相の支持率はNHK調べ)  トランプと安倍が仲良く大統領専用機「エアフォースワン」に乗り、27ホールも一緒にラウンドして「互いに信頼関係を築いた」と蜜月を演出していたのはおよそ6か月前のことである。そこから、これまた仲良く支持率を落としたわけだ。2人とも本人や家族、側近に次々と疑惑が噴出し、「暴言」「失言」で国民の心が離れていくところまで、悲しいことにそっくりである。 トランプは、就任後半年の支持率としては戦後最低の数字となった。それでもこの男はツイッターで、「この時期に支持率40%程度なのは、悪い数字ではない」「まぁ、大統領選挙の時に、やつらの世論調査が一番間違っていたけどな!」と強弁した。 安倍は、メディアによっては20%台まで下がった支持率を受けて、さすがに「国民の信頼回復に向けて努力を重ねる」と殊勝な物言いをしたが、ここまで信頼を失ったのは、「どうせ加計問題も森友問題も、誤魔化し通すことができる」と、トランプ同様に国民をバカにしてきたからだ。 ここまでそっくりなトランプと安倍、最後は2人仲良く辞任するという結末を迎えるのではないか。※SAPIO2017年9月号
2017.08.20 16:00
SAPIO

トピックス

安倍政権の年金改悪路線を引き継いでいる岸田文雄・首相(時事通信フォト)
岸田政権 アベノミクスの見直し打ち出すも、安倍氏の「年金改悪路線」は継承
週刊ポスト
元TBSアナウンサーの林みなほ(オフィシャルサイトより)
元TBS・林みなほアナ離婚、インスタで匂わせていた「貧乳源一郎」との別れ
NEWSポストセブン
高橋真麻
高橋真麻「おでんの卵8個食べても太らない」女性が憧れる美スタイルの理由
NEWSポストセブン
「タレントパワーランキング」で公表された「F1層(20~34歳女性)に人気のタレントランキング」(2021年11月調査)で堂々の1位を獲得
戸田恵梨香、ファン歓喜の「仕事復帰」 夜の路上で輝いたクールビューティー
NEWSポストセブン
眞子さまの箱根旅行のお姿。耳には目立つイヤリングも(2018年)
小室圭さんの妻・眞子さん 華やかだった4年前の「箱根・女子旅ファッション」
NEWSポストセブン
元TBSの林みなほアナ(写真/時事通信フォト)
元TBS林みなほアナが離婚 TBSラジオ名物プロデューサーとの結婚生活は5年あまりでピリオド
NEWSポストセブン
小泉孝太郎 炎上必至の「古風な結婚感」明かすもバッシングされなかった理由
小泉孝太郎 炎上必至の「古風な結婚感」明かすもバッシングされなかった理由
NEWSポストセブン
米ロサンゼルスで警察官となった日本人女性YURI氏
LAポリス・YURIが7年ぶりに見た日本の姿「防犯意識の低さに驚きました」【前編】
NEWSポストセブン
小室圭さんと眞子さん
小室圭さん妻・眞子さんがNYで行きつけのスーパーから見えてきた“妻の気遣い”「日本でいえば『成城石井』」 
NEWSポストセブン
さとう珠緒が「枕営業」などについて語った(写真は2009年)
さとう珠緒が暴露した枕営業の実態「権力のない人のほうが迫ってくる」
NEWSポストセブン
ご体調への不安が募る(写真/JMPA)
雅子さまと愛子さま、“ポツンと一軒家”の孤独感 閉ざされた御所での巣ごもり生活
女性セブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン